第44話
「おひいさん、力抜けって忠告したよな?」
「せ、セシル……」
「今日はおひいさんは特別課外授業だ」
「は?」
朝いちばんに制服に着替えて、通学用の馬車に乗り込んだときだった。毎日、くたくたになっても寝食を惜しんで、未来視のこと、プリメラ草に対する対処法や隣国との外交問題に発展するかもしれないと考える日々。正直、セシルに以前忠告されているから、こうして直接顔を合わせるのは嫌だった。
「おひいさんの、そんな間抜け面、初めて見た」
突然、特別課外授業だと言って私を馬車から降ろし、別の馬車へと乗せた。その行動の意味は分からなかったが、学院をお休みすることになるのだけは理解した。
「待って、待ちなさい、セシル。お父さまはこの件を了解しているの?」
「もちろん、おひいさんを外に連れ出してやってくれって言ったのは主様だ」
「そ、そう……」
静かに走り出す馬車内で、父に許可は取っているのかと聞けば取っているというではないか。本当かどうかは抜きにして、父は私の行動を知っていたことになる。すべてが筒抜けになっていることに、初めてそこで気が付いた。
「おひいさんはさ、頑張ってるよ。でも、もうちょっとほかの人に仕事を割り振ってもいいんじゃないのか?」
「……、それはできないわ」
「なぜ」
「私の立場を、理解しているでしょう、あなたは」
「おひいさん、それはアンタの勘違いだ」
未だに走り続ける馬車、その中ではポツリと会話が交わされるだけだった。気まずい、そう思うのも無理はないと思う。親しい間柄とはいえ、気まずいこともある。
結局、その後に会話が続くことがないまま、どこかに馬車が停車した。セシルにエスコートされて外に出れば、そこは活気あふれる王都の街並みだった。自分の住む国をこんな風に眺めるのは初めてで、さっきまでの沈んだ気持ちが上がっていく。
「セシル! すごいよ、あのお店!」
「おひいさん、そんなはしゃぐなって!」
セシルを引っ張りまわして、お店を外から見たりとわくわくするようなことばかり。パン屋を見るのも、洋服屋を見るのも、すべて初めてだ。キラキラと輝く笑顔を浮かべる人々を見て、私は思った。守りたいものがちゃんとあったと。
「おひいさん、こっちきて」
「なに、セシル」
「ここ、おひいさんに見せたかったんだ」
「ここは、古書のお店……」
「そう、おひいさんの探し物が見つかるかもって思ってな」
「あ、ありがとう……」
紹介された場所に入ると、古書特有の香りがふわっと香る。店内は静かで、店主に会釈して目的の内容が載ってそうなものを探す。昔の文字で書かれたものが多いので、古文も授業に入っていてよかったと心底思った。
「これだ……」
小さな声が、漏れた。その古書にまるで惹かれるように、手に取っていた。そしてパラっと開いたページはまさに私が探し求めていた内容で。これは運命かもしれないと、柄にもなく思った。
「おじいさん。これを下さい」
「お代はいらんよ、お姫様。これは、わしにではなく、未来あるあなた様に必要なものだから。いつか来ることは、わかっていたよ」
「おじい、さん……?」
しいっ、とお茶目にウィンクをしつつ指を口元に持って行ったおじいさん。それを見て知ってしまった。彼は未来視があったけど、隠していた人なのだと。私一人だけでないことを知って、少しほっとした。
「それと、忠告じゃ。変えることは悪いことじゃない、じゃが、気をつけなさい。それの代償があることを」
おじいさんは、セシルがこちらにいない間に、そう言った。その代償の意味が分からなかったけれど、心の留め置くように頷いた。
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