武道ガールズ

いそいそ

プロローグ 黙想

 すでに十分締まっている真新しい黒帯を、今一度ギュッと締め、見るとはなしに正面を見つめる。足裏で畳の感触を確かめる。畳の目のざらつきが足裏にしっくりとはまる。左膝、そして右膝と折りたたみ正座。両足の親指をわずかに重ね、あらためて背筋を伸ばす。天井から頭のてっぺんを糸で引っ張られているように、上へ上へと背筋を伸ばす。

 そして静かに目を閉じる。

 ゆっくりと呼吸をする。

 たっぷりと3秒ほどかけて、鼻から体に空気を取り込み、細く、長く、口から吐き出す。目を閉じたまま、その呼吸を繰り返し、体内の気を入れ替える。いい空気を取り込み、悪い気を外にだす。ゆっくりと、時間の流れから離脱する。


 黙想。


 音だけの世界。蝉時雨。生徒達のざわめき。子供の遊び声。遠くを通りすぎるバイクのエンジン音。空調の音。

 心が凪ぎ、やがて音がなくなる。内へ内へ。自分の呼吸だけを感じる。


 道場でのこの時間が一番好きだ。

 実際の稽古よりも、稽古が始まる前、稽古を終えた後の、この静謐な時間。

 内へ内へ向かう穏やかな心。

 この時間が一番好きだ。


 最初は一人きりだった。一人が二人になり、三人になり、いつの間にか私の左には十人を超える武道ガールズが横一列に座し、目を閉じている。

 静寂のなか、皆の呼吸がひとつになっていく。聞こえはしない。ただ感じる。長く、静かに、吸って、吐く。

 私は静かに目を開ける。立ち上がり、ドンドンドンと足音を立てて上座に座る。

 私の足音を合図に、皆、目を開け、正面を見つめる。

 凛とした空気を背中で感じ、道場全体に響くように、腹の底から声をだす。

「正面に、礼!!」

 畳の上に両手で三角形を作り、全員が頭を下げる。

 私は皆に向き直り、今一度声を張り上げる。

「お互いに、礼!!」

「よろしくお願いします!!」

 道場に皆の声が響き渡る。

 さあ、今日も始めよう。

 大好きな稽古を。

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