其の七

 車が静岡に入ると、外の空気が変わった。ジョージにエアコンを止めて貰い、窓を開ける。


 緑が目に痛い。


 ここまで来ると、夏の暑さが少しは和らいで感じられる。


(本当に車でいいんですか?新幹線の方が良いんでは?)


 俺は何度も彼女に聞いた。


(大丈夫です。お構いなく。麻痺が残っているだけで、こう見えて私身体は丈夫なんですのよ。それに・・・・)


 彼女は少し間を置いてから言った。


(電車じゃ、拳銃を持っていくのは難しいんじゃなくって?)


 柄にもなく、俺は苦笑してしまった。


 依頼人に心を読まれるとはね・・・・。


 電車なら飛行機ほどうるさくはないものの、昨今の状況が状況だ。

 

 おまけに夏休み、日本人が民族大移動をするこの時期、どこも満員だ。


 運よく客席が確保できたとしても、持ってるものが持ってるものだからな。


 掏摸スリにでも遭ったら、たまったもんじゃない。


 気を付けるに越したことはなかろう。


 そうなると残りの選択肢は車しかない。


 しかし何度も断っている如く、俺は運転が『』だ。


 加えて高速に乗らなければならないとなると猶更なおさらである。


 世の中で何が怖いって、高速道路でハンドルを握るほどの恐怖はない。

 

 俺が幾ら強面こわもてで売っているからって、苦手なものはあるのだ。


 そこで『プロのドライバー』(厳密にはとするべきだろう)の

ジョージに頼むことにした。


 ジョージは最初、渋ってやがった。


 いや、というのが正確だろう。


(あのさ、旦那、俺はあんたの専属じゃないんだ。バットモービルじゃあるまいし、お呼びとあらば・・・・って、そんな都合のいい存在になれっかよ。)


 嫌に含みを持たせた物言いをしやがる。


 俺が『をつけてやるよ。』というと、狡そうな微笑みを浮かべ、


『ならいい』と奴は答えた。



『本当に持ってきたの?』


 最上百合は俺の顔を少し不安そうな面持ちで眺める。


 薄茶のカーディガンに、ミントブルーのノースリーブのサマーセーター、クリーム色のパンツ・・・・服装だけ見ると、とても80代半ば過ぎ、それに右半身にいささかの麻痺が残っているとは思えない。


 俺は黙ってジャケットをめくり、ホルスターからM1917を取り出し、弾倉レンコンを開き、彼女の方に見せた。


 ケツを六発、ハーフムーンクリップにませた、・45ACP弾が六発、きちんと収まっている。


『・・・・私が本当に「」をしたら・・・・・』


『当然、撃ちます。誓約書を交わしましたからね』


『それで構いませんわ・・・・』


 彼女は涼し気な顔で静かに笑ってみせた。

 『ただ、アポイントメントも取らずに行って、会ってくれるかしら?』

  その点だけは彼女も不安そうだったが、

『そこが付け目です。あんまり先入観を持ちたくはありませんが、ああいう小狡い人間は逢うと言っておいて逃げる可能性が大ですからな。』


俺はそう言ってまたホルスターに拳銃をしまった。




 窓の外の緑が、一層濃くなる。



『お客さん、もうそろそろ高速を降りますぜ。目的地まであと1時間!』


 ジョージが陽気な声で運転席から言った。


 


 かっきり1時間後、車は目的地の、静岡県の山あいにあるT町に着いた。


 本当に長閑のどかな田舎町である。


 場所はすぐに分かった。


 道端の停留所でバスを待っていた老人に聞くと、その寺は町はずれのすぐのところにあるという。


『この先だそうだ』


『オーケィ』


 ジョージがアクセルを踏もうとすると、後ろから聞きなれたサイレンの音をさせながら、赤色灯を回した白黒ツートンカラーの車・・・・警察車両パトカーが二台、俺達を追い抜いていった。

 

 







 





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