クリームソーダ

白雪花房

氷の町


 地図の通りに進んでいくと、行き止まりにたどり着く。

 目の前に霧が立ち込めており、先を見通せない。

 荒野で赤毛の青年は一人、立ち尽くす。

 炎天下。ただそこにいるだけで汗が噴き出す。されども、引き返す気はなかった。せいぜい、さすがは周りとの関係を断っている町だと、あきれるのみ。


 青年フランが町へ向かう羽目になったのは、ギルドの上司からの依頼だ。


「財宝が眠っているらしいのよ」


 胸元を露出した女が、悪巧みをしていそうな表情をした。


「はあ」


 気の抜けた返事。


「町の名はグラセ。真偽は定かではないわ。ただ、悪い噂もあるみたいじゃない。だから、それを確かめなければならない」


 ゆえにフランに白刃の矢が立った。


 彼らが所属するギルドは怪しい場所の調査を仕事にしている。例えば、裏がありそうな場所だ。表では慈善行為をしていても、裏ではただの犯罪者だったりする。そういった団体を潰すのが、ギルドの目的だ。


 とにもかくにも、町に周りには結界が張ってあるのは明白だ。霧の向こうから魔力を感じる。

 フランはナイフを取り出し、霧へ向かって振りかざす。ちょうどドアのサイズに空間が開く。先へと進めるようだ。フランは静かに足を一歩、前に出す。


 かくして町に侵入する。

 今の季節は夏。フランも半袖を着ていて、涼しげな格好をしている。対して、グラセの住民は皆、厚着だ。暑くはないのかと聞かれると、きっと彼らは涼しいと答える。なぜなら、この町は周りの環境と異なっているからだ。まるで、クーラーを利かせたかのように、ひんやりとしている。

 おかげでフランは周りから浮いていた。町の人々からの凍てつく視線も厳しい。彼は何者なのだろうかと怪しんでいる様子が伝わってくる。

 彼はひそかに苦笑いをした。


 グラセの町並みは、整ってはいる。だが無機質で面白みがない。普通の町よりも一回り、薄暗い。黒いベールを淡く視界に重ねたような雰囲気だ。街灯の光も青白く、寒々しい。道行く人間は皆、個性のない顔立ちをしている。格好すら指定のものに統一されているようにも見えて、人間味が薄い。


 ひとまず、観光客のような気分で町をさまよう。

 奥へ奥へと進むと、神殿にたどり着いた。見るからに神々しい。本当に神を祀っているかのようだ。神聖な場らしい空気が立ち込めていて、思わず畏まる。

 しかしながら、彼は聖職者ではない。神殿でやる仕事もなく、おとなしく市街地に戻ってくる。


 まいったことに進展がない。住民たちは「さっさと出ていけと」暗に視線で促す。もっとも、早々に出ていくわけにはいかない。なんせ調査の依頼を受けている。なんの成果も得られぬままギルドに引き返すわけにはいかなかった。


「ぅおらあああああ!」


 不意に怒号が耳をかすめた。

 顔を上げて、そちらを向く。ピリピリと電流のような感覚が、肌に通った。

 フランはすぐさま声のした方へ走った。

 現場に駆けつけると二人の男が対峙していた。足元には貴金属の塊が落ちている。物の奪い合い。殴る蹴るの喧嘩は通り越し、今は刃を互いに向け合い、傷つけ合う。アスファルトには鮮血が飛び散る。男たちのうめき声が先ほどから、痛々しい。そんな凄惨な光景を住民たちは黙って眺めている。仲裁する者は、出てこない。これはさすがにおかしい。


「止めないのか?」


 尋ねても彼らは人形のように立っているのみだ。

 その態度にやるせなさを感じる。


 そうした中、飄々とした様子で近づく影が一つ。


「ああ、よそ者か?」


 現れたのは武装した戦士だった。ヘルムで表情はよく見えないものの、つり上がった口元から大層な自信がうかがえる。


「彼らのルールは情を持たないこと。それ以外はセーフとして扱われる」


 住民は論理感よりも町のルールを優先している。それはある意味では正しい。なにごともルール厳守が基本だ。だが、他人が傷つく光景を目の当たりにしながら無視をする――それは本当に正しいのだろうか。

 かくいうフラン自身も、なにをするべきか分からずにいた。

 そうこうしているうちに争いは終わる。男たちは互いにガンを飛ばしながら、離れていく。

 見物人もぞろぞろと去る。

 青年は町の真ん中で一人になった。否、正確にいうと、もう一人残っている。


「俺はルイ、よろしくな。なんなら一緒に宿でも探してやるか?」


 兵士らしき彼は自己紹介をして、そのような提案を出す。

 協力者を得られるのはフランにとっては都合がいい。彼はあっさりと相手を受け入れ、共に町を巡ることになった。


 それからいくつかの建物を巡る。泊めてくれる者は一人も出てこない。当然だ。よそ者を歓迎する意味はない。

 気がつくと日が沈んでいた。

 宿は変わらず見つからない。困った。


「どうしてこんなにあいつらは冷たいんだ?」

「俺は知らない。だが昔、ある事件があったらしい」

「事件?」


 穏やかではない単語に反応する。


「ああ。昔、親切にしてやったら恩を仇で返されたという事件があってな。それ以来、我らは誰も信用しておらんのだ」


 過去が過去なら、侵入者に厳しい態度を取るのは、無理もない。

 だが、それはそれとして、レイが力を貸してくれるのはなぜなのか。疑問に思ったものの、彼は口を開かなかった。かわりに、次のように訴える。


「俺は違うよ」


 必死になって主張する。

 されども、相手の態度は変わらない。

 からかうわけでも『信じない』と一蹴するわけでもない。ただ、聞き流された。

 レイはともかく、住民にはこちらの声は届かないだろう。不思議とそんな気持ちが強まってきた。

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