10-4

 何処どこからともなく飛んできた“何か”が、鎌の軌道をさまたげる。

 矢のように飛んできてアスファルトに突き刺さったそれは――“十文字槍”だった。

 その槍が鎌を受け止め、女性を救う。


 死霊はその思わぬ出来事に変わらない表情ながら驚いていた様子だったが、次の瞬間半回転すると、真後ろに鎌を振るう。その鎌を金属音と共に受け止めたのもまた――“十文字槍”だった。


 死霊が振り返ったそこで鍔迫つばぜり合う槍を握るのは、まるで戦国武将の甲冑のような――黒と銀を基調としたいかめしい“器”姿の大柄な人物だった。低く凄みのある声がとどろく。


「欲望が暴走したか。最早見境すら失くしたようだな」


 その闘志を内に燃やす声の持ち主は、幹公木かんこうぎ善二郎ぜんじろう

 鎌と槍を合わせにらみ合う二人の背後では、同じく武将のような“器”姿の、が女性を抱え上げていた。


 死霊がそちらに視線を奪われるが(眼のない顔だが)、その直後鎌を弾かれ、また目の前の幹公木に視線を向けさせられる。


「もう逃がしはせん!」


 そう気炎を吐く幹公木の背後から――さらに“幹公木”が現れる。

 今度は街路樹の裏から。次は通りの向こうから。

 死霊は回りながら周辺を見渡す。気付けば死霊は、“複数の幹公木”に取り囲まれていた。

 周囲の幹公木たちが、一斉に十文字槍を死霊に構える。


往生おうじょうするがいい!!」


 鋭利に輝く無数の穂先が、一点、死霊を狙って襲いかかる――。

 だがその時、死霊はこつんと鎌の柄で地面を叩いた。


 その瞬間、まるでアスファルトがみかんの皮を剥くように、死霊の身体の下を中心にめくれ上がる。


「むっ!」


 幹公木たちはそれに反応して素早く後ろに跳躍する。

 波が立ったように捲れたアスファルトは、幹公木たちの前にさながら壁のようにそびええ立つ。

 その中心で死霊は上昇し、この戦線を離脱しようとしていた。

 しかし幹公木の眼力はそれを見逃さない。


「させるかッ!」


 すぐさま幹公木は槍を逆手に持ち変えると、まさしく“槍投げ”をする。

 槍は矢のように正確に真っ直ぐに飛ぶと、死霊の“胸”を鋭く貫いた。

 射貫いぬかれた死霊は、ふらふらと墜落していく。


 幹公木たちは駆けだすとすぐに死霊の落下点にまで向かった。

 死霊は地にまで墜ちると、胸を貫く十文字槍を片手でずるりと引き抜き、乱雑に放り捨てた。

 そしてその時までに、幹公木たちは死霊を半円状に囲んでいた。

 再度 幾重いくえもの突きをお見舞いしようと幹公木たちがその手に力を入れた――

 突然、幹公木の耳に“何かの音”が入ってくる――それは、恐らく――。


 疑問に思った幹公木たちが、周りに視線を向ける。

 そしてその内の“ひとり”の幹公木が、その音の“元凶”を見つけ出す――。


 が、宙に浮いて此方こちら


「ナニィ?!」


 幹公木たちが横向きのトラックにはらわれ、弾き飛ばされていく。

 いくつかの幹公木はそのまま霧になって消えていった。



 死霊は息を潜めその現場を見届けると、そのまま背を向け飛び去ろうとした。

 ――だが、その死霊の眉間から、


 死霊の背後では、“器”姿の幹公木が槍を突き出していた。

 死霊が動き出す前に幹公木が吐き捨てる。


「貫かれる数でも数えておけ――」


 疾風しっぷう怒濤どとうの無数の突き。死霊の身体はまるで強風に揉まれるように踊る。

 そしてその身体には、着実に穴が増えていく――。


 その怒濤の突きが十数秒続き、やっと幹公木の手が止まる。

 その頃には死霊は穴だらけになっていた。

 へなへなと、地面に崩れ落ちる。幹公木はそれを冷徹に見下ろしていた。

 そして言う。


「任務、完――」


 言いながら式札しきふだを腰から取り出そうとしていた時だった。幹公木の声が、止まる。


 何故ならば――崩れ落ちた死霊が、姿を見たからだ。

 元々ボロ布のようだった服に、無数に空いた穴。

 そこから覗く穴だらけのどす黒い身体。

 そして――


「なんだと――っ」


 驚愕きょうがくする幹公木に対して、死霊は歯をカタカタと打ち鳴らして嘲笑あざわらう――。

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