10-2

 月夜の中でぼうっと明るく灯る建物の中に、令たちは入っていく。

 見た目は町役場のような冴えない作りをしているが、此処ここも立派なSCCAの施設である。

 SCCA支局は、より地域に密着し、リヴァイヴ能力者関連の相談や関連事件がないかを調べることを目的としている。

 しかし事件の捜査はせず捜査官は配属されていないため、此処に流れる空気は何処どこか本局とは違った。やはり、何処となく役所然としている。


 令は受付で局員と二三言喋って、それから待合席に座るよう光輝こうきうながした。


「傷の手当てしてくるから、ちょっと待っててくれな」


 席に座った光輝はそう言われ、不安そうな眼差しを令に送る。

 それに対して令は困ったようにちょっと笑って、光輝をなだめる。


「心配するな、何かあったらすぐに出てくる。それに此処に居る一般職員も警察官みたいなもんで、ちゃんと訓練を受けてるから」


 令が努めて穏やかに光輝に伝えると、光輝は納得したようにちょっと頷いた。 

 もちろん、そこに“本当は居て欲しい”という気持ちを察してはいたが、令は職員に案内されて奥に進んでいく。

 歩きながら、こそこそと男の職員に「あの子も同行させては?」と令は訊ねられた。

 令も光輝に聞こえないように、潜めた声で職員に返す。


「あの子は不安定な状態なんだ。こんなエグい傷見せたらパニックになっちまうよ」


 職員は令に少し傷を見せられて、納得してちいさく首を振った。



 令が離れていったことで、代わりにカウンターからひとりの女性職員が光輝のそばに行く。

 光輝はちょっとだけ顔を上げて、不安そうな顔を女性職員に向けた。

 女性職員は微笑むと、穏やかに喋り出す。


「大丈夫よ。最近指示があって、出入り口や窓に各種センサーを取り付けたところだから。たとえ“見えない敵”が来たって、すぐに分っちゃうから」


 光輝を不安にさせまいと言ったことだったが、それでも光輝は不安そうな顔のままうつむく。

 女性職員はそんな光輝に、眉をひそめて心配そうに首をかしげて訊く。


「よかったらお水でも飲む?」


 訊かれて、光輝は急に渇きを覚える。思えば、ずっと何も口にしていない。

 湿度の高さで気付かなかったが、喉は乾いていた。

 光輝はこくんと頷く。やっと反応らしい反応が返ってきたので、女性職員はにっこりと笑い、ウォーターサーバーへと歩いていった。


「今、応援を頼んで捜査官が駆けつけてくれてるからね」


 女性職員は紙コップに水を注ぎながら、背中越しに光輝に喋りかけた。

 光輝は無反応だったが、女性職員は水を運びながら喋り続ける。


「あと、一般職員でも銃は携帯できるから、安心して」


 片手に紙コップを持った女性職員は、喋りながらちらりと上着の裾をめくって腰のホルスターを見せる。

 光輝が伏していた顔を少し上げてみれば、確かにそこにはホルスターから銃のストックが覗いていた。


 ――


 その音に、戦慄が走る。光輝は、瞠目どうもくして女性職員を――いや、その後ろの“ウォーターサーバー”を見た。

 間もなく、サーバーの中の水が“沸騰”したように


「ど、どうしてっ!」


 喉にこもりながらも悲鳴に似た叫びを上げて立ち上がった光輝に驚いてから、女性職員は光輝が視線を送る背後を振り返ろうとする。


「なにがあっ――」

「逃げ――っ!」


 二人の声が交錯し、光輝が発した逃げるのを促そうとする言葉が終わり切る前に、女性職員は


 光輝に向けられた背中から飛び散る血液――紙コップが宙を舞い、水を撒き散らす――。

 光輝には、何もかもがスローモーションに感じられた。

 ゆっくりと倒れていく女性職員――。血――。水――。


 光輝の目の前で、女性職員が床に崩れ去る。

 光輝の眼下で、女性職員の背中につけられたから、だらだらと血が流れ出し始める。

 光輝の顔はこれ以上ないくらいにっていた。口から狼狽ろうばいした声が意味もなく漏れ出す。


(ぼっ、僕のせいだ――!! 僕のせいでこの人は――っ!)


 光輝は恐怖に支配されながらも、無意識に令が消えていった先を見詰めていた。


(僕が居る限り、周りのひとが傷ついてゆく――ッ!! こんなのは嫌だっ!! 僕さえ……僕さえ居なければ……っ!!)





 傷の手当てを終えて、令が戻ってくる。すぐに令は、光輝と女性職員の姿が見えないことに気が付いた。

 不審に感じた令は、ゆっくりとした足取りでロビーまで歩いていく。

 受付のカウンターを越えて――そこで初めて、令はカウンターのかげに倒れていた女性職員の姿を見つけた。そしてその背に刻まれた、“あの傷痕”も。


「なっ、なにっ!? バカなっ! 何の警報も作動しなかったんだぞ!?」


 令は一瞬辺りを警戒してから、すぐに女性職員の下へと駆け寄る。

 そこで令は女性職員にまだ息があることを確認した。すぐに叫ぶ。


「救急車をっ!! 応急処置も頼む!!」

「はっ、ハイ!!」


 職員は慌てて電話に駆け寄り、通報する。異変を察して、先ほど令の治療に当たってくれた職員も奥から出てくる。令はその職員に応急処置を任せ、そこを離れる。

 入り口まで駆け寄って、自動ドアが開くと令は外に飛び出て辺りをうかがった。

 月明かりがあるとはいえ、十分に闇は深い。そこに光輝の姿を見つけることは、出来なかった。


(クソッ! 俺のミスだ!! 追われてる気配はなかったっていうのに!!)


 令は悔しさを顔ににじませたまま振り向いて叫ぶ。


「身体預かっててくれ!!」

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