7-4

 殺害現場から刑事を引き連れて帰ってきた幹公木かんこうぎに、令は声をかけた。


「幹公木さん、ちょっと気になる少年が居るんですが……」


 そこまで言ったところで、令はぎろりと幹公木に睨みつけられる。

 鬼すら裸足で逃げだしそうなその迫力に、令も首をすくめる。


「お前は黙って自分の任務をまっとうしていろ」


 その言葉は暗に、“捜査に首を突っ込むな”ということを言っていた。

 幹公木は令などお構いなしに歩き去っていってしまう。

 令はその背を見詰めながら、頭を掻く。


(しかしどーもあの少年気になるんだよなあ……)


 令は小走りで後を少し追いかけながら、思い切って幹公木に訊いてみた。


「あのぉー……ちょっと別行動してもいいですかねー……?」


 その言葉を言った途端に幹公木が足を止めて振り向いたので、令はぎくりとする。

 幹公木のその形相ぎょうそうに、令はどんな凹むことを言われるのかと身構えたが、幹公木から出た言葉は簡潔だった。


「勝手にしろ」


 令が一瞬胸を撫で下ろすや否や、幹公木の言葉が続けられる。


「元々お前に守られる気などない。お前に守られるくらいなら、敵に殺される方がマシだ」


 強烈な捨て台詞を残して、幹公木は去っていく。 

 結局はひとのこころにダメージを負わせていく辺りが流石だと、令は変に感心した。

 しかし、負傷の対価に、自由は手に入った。

 一応幹公木の背に「何かあったら連絡くださいねー!」とは言ってみたが、案の定返事は返ってこなかった。


 令はさて……と息を吐いて、スマホを取り出す。

 そして令にとっての有力な情報源に電話を掛けた。


「……なあ秋津佐あきづさ、ちょっと調べて欲しいことがあるんだが――」


 コール音が鳴って、秋津佐が電話に出た瞬間に令はそう切り出した。

 すぐに秋津佐の呆れたような声が返ってくる。


「なに? あんた幹公木さんの護衛やってるんじゃないの?」

「そうなんだけどさ、ちょっと気になることがあるんだよ……」

「護衛すっぽかすつもり? ――名執に怒られるわよ~……?」


 まるで子供を幽霊話で驚かせるような声色で秋津佐が令をあおり、令は苦笑する。

 だが令は至って真面目な声で、秋津佐にこう返した。


「お前、幹公木さんが本当に俺に守られると思うか? ……マジで下手なことしたら殺されそうだよ……」

「――うぅーーーーん…………まあそうでしょうね」


 長考の結果、秋津佐も令と同じ見解に辿り着いた。

 しかしながら秋津佐はすぐに意見する。


「でも何か捜査したいなら清条せいじょうに電話したら? 臨時でもあんたは今ウチの人間でしょ」

「いやあ……、捜査する為に呼ばれた訳じゃあないし、“本来の任務”すっぽかしてる手前、気が引けて……」


 しおらしく声を潜める令に、秋津佐は短い沈黙の後、一度深く溜息を吐く。


「仕方ないわねぇ……。どーせ幹公木さんが今担当している事件絡みなんでしょ? ――まあ、今回はウチの案件だから、特別に“タダ”で協力してあげるわよ」

「やった! ありがとう秋津佐!」


 本当に仕方なさそうに言った秋津佐に、令は感謝感激する。

 秋津佐が“タダ”なんて本当に珍しい。あるいは、令の仕事放棄の片棒を担いだ挙句、金まで貰っていたら……というこれまた名執に怒られそうな状況に対する危機管理能力が働いたか。


 秋津佐は気怠そうに電話口から令に問いかける。


「で? なに知りたいの?」

「事件現場に来ていた少年について知りたいんだ。付近の監視カメラ映像から誰なのか特定して欲しいんだ」


 秋津佐は令からの要望を受けて、タブレット端末を操作し始める。

 そしてすぐにその手を止めた。


「あぁー……、現場付近の監視カメラは全部壊されたんだって。この事件の犯人の仕業ね」

「マジかよ……。じゃああの子については分からず仕舞いか……」


 落胆する令に対して、秋津佐は疑問を投げかける。


「そもそもその“少年”ってなんなの? 犯人?」

「さあ……それは俺にもよく分からない。犯人は現場に戻ってくる傾向があるし、その可能性もあるだろうが……。どうも俺にはあの子の表情が事件と無関係の人間がするものとは思えないんだ」


 令の見解に秋津佐は「ふうん」と取りあえずの納得を見せる。

 そしてさらに訊ねた。


「で、その子って学生? あんた制服の校章とか見なかったの?」

「それが、ちょうど人で隠れてて……」

「よく思い出しなさいよ。なにかヒントはないの?」


 言われて令も必死に記憶を掘り起こす。

 記憶についても令はそう悪い方ではない。


「うーん……」


 唸り声を上げて、そこでパッと頭の中にイメージが湧く。


「“白い蓮”のロゴ……。いやあれは前に居た人のカバンに描かれてたやつか……」

「有力ななにかはないの?」


 秋津佐に煽り立てられて令は必死に考えるが、少年の身元を特定するような情報は思い浮かばない。


「紺のブレザーってことくらいしか……」

「そんなん死ぬほどあるわよ」


 秋津佐に冷たくツッコまれるが思い浮かばないものは思い浮かばない。


「ダメだ……。こうなったら少年が去っていった方向を探すしかないか……」

「うわあ原始的。それで見つかるんだったらあんた運良すぎよ」


 令の案に引いている秋津佐に対して、令は何処どこか自信あり気にちいさく言ってみせる。


「幸い“トラブルに巻き込まれる運”だけは強いから、それを頼りにしてみるよ」

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