6-4


(わたしがみんなを守るんだ――!! このひとは、ここでやっつける!!)


 決意を胸に、なごみはそのか細い両腕を力強く横に広げる。それはまるで武術の型のように、迷いなく昂然と。


(わたしのバリアには“二種類のモード”があるっ! 全てを呑み込み、吐き出すモード! そしてもうひとつは――全てを“拒む”モード!!)


 なごみの周りの“見えない球体”が、風船が膨らむようにどんどん拡がっていく。それは部屋にあるものをなぎ倒し、押し退けていく。


(バリアを部屋いっぱいにひろげれば、壁とわたしのバリアにはさまれて押しつぶされちゃう!!)


 じりじりと、なごみはバリアを拡げていく。

 それは敵となごみとの、チキンレース。

 ソファやテーブルは押され、バラバラの光景で分かり難いが、部屋の隅に追いやられていく。

 もうミシミシと、テーブルは壁に挟まれ崩壊を始めていた。部屋の中の緊迫した雰囲気を、テーブルのそのがよりあおり立てる。

 もうすぐバリアが部屋を満たす――その“直前”だった。


 突然、部屋の扉が音を立てて開かれる。

 そしてが部屋を飛び出すような音がして、突如として部屋の光景が元に戻った。


「逃げたっ!! ――だめっ! 追わなきゃ!!」


 なごみもバリアを縮めると、バリアによって凄惨な状態となってしまった休憩室を飛び出す。


 部屋を出たそこには、いつもと変わらない光景が広がっていた。

 敵を追うところだが、なごみも思わずそのことにほっとする。そしてなごみはすぐに考えはじめる――自分が何処どこへ進めばいいのかを。


(たしか、エレベーターはパスがないと動かせなくって、階段へのとびらもパスがないと開けないって千一くんが言ってた! 姿を見えなくしてこっそり忍び込んだんなら、きっとパスは持ってないはず! なら、行くのはホールしかない――!)


 答えを見出だして、なごみは無人でがらりとした長い廊下を走り出そうとする。

 ――その、だった。


 嫌な予感がなごみの頭の中をよぎる。いや――“何か”が視界の端によぎったのを、無意識は無視しようとしたのに、意識がのだ。

 なごみは、じわっと嫌な汗を掻きながら、自分の足元を覗く――。


 なごみの華奢きゃしゃ百日紅さるすべりのようにつるりとした白い脚に――絡みついていたのだ、そのまだら模様の“蛇”は、ちろちろと舌を出しながら。


「いっ、ヤアアアアアア!!!」


 なごみは目をつむって半狂乱に脚を振り回し、必死に蛇を振り払おうとする。

 しばらくなごみは出鱈目でたらめに動きまくり、やがて怯えながらも確認するために小さく目を開ける。

 するとそこには――もう


「あ、あれ……?」


 そこでやっとなごみは気付く。

 ――“蛇”が触れた感触など、最初からしていなかったことに。


(そっか……これはウソの映像なんだっ!! “光”を操って、存在しないものをわたしに見せているんだ……!!)


 そこまで考えてなごみは察する。敵のその行動の意味に。


(わたしを近づけないようにしてる……! 逃げるつもりなら、わたしなんてかまわずさっさといなくなっちゃってるはず……! やっぱりみんなを襲うつもりなんだっ!! ――みんなが危ないっ!!)


 なごみは意を決し、また小さな勇気を振り絞って、長い廊下を歩み始める。

 だがそうした途端に、すぐになごみの“頭の上”から、見るのもおぞましい黒い“蟲”の雨が降ってきた。

 さらにそれだけに留まらず、廊下の端々からはそれらの蟲がくる。

 なごみはほとんどそれらに焦点を合わさずに、ぎゅっと目を瞑った。


(これは幻っ! これは幻ッ!!)


 なごみは全身に鳥肌を立たせながら、念仏を唱えるように頭の中で必死にそう繰り返す。

 そしてふらふらと壁際まで寄っていくと、今度は別のことを念じる。


(“壁”だけわたしのバリアに入ることを、“許可”する……っ!)


 そうしてなごみは手探りで壁を見つけ出すと、それを頼りに覚束おぼつかない足取りで廊下を進んでいった。


(どんな光景が広がっていても、ここはまっすぐな廊下だもん……! 壁伝いに歩いていけば、かならずホールまでたどりつける……!!)


 なごみは心の中で強くそう思いながら、着実に廊下を進んでいった。

 途中からは少し歩を速めて、なごみは廊下を闊歩かっぽする。

 それは途方もなく長く感じられ、記憶の中にある廊下と同じ距離とは思えなかったが、やがて終わりはやってきた。


 突然スカりと、壁に沿わせたなごみの手が空を切る。

 遂にホールに辿り着いたのだ。

 なごみもそれを理解して、薄っすらと片目を開ける。


 ――その瞬間、なごみは思わず驚いて両目を見開いた。



 なごみの愛らしい瞳に映った“それ”は――痩せた“樹”の生えた、鬱蒼うっそうとして陰鬱いんうつな“森”だった。


 まるでグリム童話の世界に放り込まれてしまったかのようなその光景に、なごみも思わず尻込みする。

 今にも木立のかげから、不気味な魔女や獰猛どうもうなオオカミが出てきそうではないか。

 暗く湿り気すら感じさせる薄気味の悪い森。


 ――しかし、今のなごみの心にあるのは怯えなどではない。


(ここでみんなが待ち伏せされたら危ない……!! わたしには攻撃してこないけど、きっとなにか攻撃の方法を持ってるはずだもんっ!!)


 なごみは冷静に気を落ち着かせて考える。

 そう、まるでように。


(ここでバリアをひろげる? でもここは広すぎるし、逃げ道もある……っ)


 なごみは考えつつ、壁の角を手で見つけて、ホール側の壁を伝って歩き始める。

 このまま歩けばフロントに繋がる自動ドアへたどり着く。

 そこに行ってしまえば、そこを通って帰ってくる秋津佐が襲われるのをとりあえずは防げるはずだ。


 なごみは朧気おぼろげにそんなことを思いながら、“とにかく行動を”と、足を動かす。


 ――すると、なごみのバリアの外で、ゴトンと何やら鈍い音が響く。

 その音を聞いたなごみの眼は束の間何かの思惑に染まり、そしてなごみはひとつの閃きを得る。

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