5-5


「な、なんなんだお前は……!! 手品師みてえに出したり消したり……ッ!?」


 黒と銀をベースにした細身の身体からだ――その顔は、銀をベースに、目の部分だけが名執が普段着用している“眼鏡”の形に、ガラス質の黒いパーツがはまっていた。

 “器”姿でも健在の涼やかなオーラを放つ名執は、その低い温度で倒すべき敵をじっと見据えていた。


「貴様、リヴァイヴ能力者と闘うのは初めてだろう?」

「それがなんだってんだ!?」


 落ち着いた名執の声とは対照的に、必要以上に声を荒らげる敵。

 それは焦りの為か、名執に言い当てられたことを恥じている為か。

 名執は敵の眼を――“真っ暗闇”なその眼をハッキリと見据えて言い放つ。


「ならば貴様はすでに負けている。――私には、捜査官としての“経験”と、つちかわれた“判断力”がある!」


 名執の力のこもった言葉に、敵はたじろぎながらも気丈に反論してみせる。


「なに言ってんだお前は?! そんなもんでどーやって俺を倒すってんだよ?!」

「ならば問おう。――貴様はどうやって私を倒す気だ? 臆病な貴様のことだ、本心では今すぐに逃げ出したくて仕方がないんじゃあないか?」


 名執のその言葉は、見事敵の逆鱗に触れたようだった。

 今までは何処どこか怯えた様子すら感じられた敵の気配が、一変する。

 “器”というのは感情が察し辛いが、今は誰が見ても明確に、敵は


「ちょっと手品をしたからって調子に乗りやがって……ッ!! なら、お前が望むままにしてやるよオ……!!!」


 敵は怒気の籠った言葉を発しながら、その言葉と裏腹に後退する。

 即座に名執からの指摘が入る。


「やはり逃げるのか?」


 敵は、怒りと自信とがぜになったような声で返す。


「お前を地獄にとすのさ――」


 後退し続けた敵は、建築途中の骨組みだけが造られたビルの鉄骨に、“呑まれていく”。

 そして、完全に姿をくらませた。

 名執は静かに剣を抜き、その蒼白の刃を構える。一連の動作の中で、鞘はへ消えてしまう。


 静寂。辺りに響いていたサイレンの音は既に止んでおり、鉄骨の間に吹いた風が鳴く音だけが、辺りを寒々しく支配していた――。


 ――と、突然名執の足が掴まれ、“引き摺り込まれる”。


 名執の身体が“地中”に沈み、名執がそのまま地中に呑み込まれてしまうと思えたその瞬間――名執の剣が“一閃”する。

 名執の足をつかんでいた敵の手が手首から切断され、名執の足にそのまま残される。

 敵は沼から上がるようにヌプヌプと地上に姿を現すと共に、よたよたと後退した。


「チッ! 手を斬られたか! ……だがしかし、まあいい……。これで勝負が決まったんだからなア……!!」


 敵の言葉が向けられたその先――そこには、姿の名執が居た。

 誰が見てもそれは危機的状況だった。

 下半身の動きを全く奪われた格好。敵の攻撃を避けることすらままならぬ。


 ――しかし、それであっても名執は冷静だった。

 動揺の欠片もない声で名執は呟く。


嗚呼ああ――これで勝敗は決した」


 敵は内心その言葉にがっかりした。

 精神的サディストである彼にとって、その反応は期待外れのものだった。


「なんだア……? あっさり負けを認めやがって……。命乞いでもす――」


 “るつもりか?”と、敵が続けようとしたその刹那、



「ナッ――ナニィィイ?!!」



 地中に埋まった名執が、、剣を振り抜いた形で天へと突き上げていた。

 敵がその姿の名執を見たのは――手を伸ばせば触れられるほどの、“目前”でのことだった。


(バカなッ!! なんでお前がそこに居る――ッ?! ――いや?! 俺が……俺がコイツの前に移動しているんだ!! なぜ! ナゼ?!)


 犯人は疑問を脳内にスパークさせながら、よろよろと後退する。

 そして自分の胸に起きていることに気が付いた。


「くそう、くそう!! 魂が出かけてやがるっ!!」


 自分の胸を見詰めながら押さえて狼狽ろうばいする敵を尻目に、名執は淡々と喋る。


「埋まっている所為せいで腰の回転が足りなかったか。これは反省しなくてはいけない失敗だ」


 名執の声に敵が視線を上げると、、平然と地面の上に立つ名執の姿があった。


「ナッ!? どうなってやがるっ?! なんでお前は平然と抜け出しているんだよお?!!」


 すっかり混乱して取り乱す敵に、名執は冷たく言い放つ。


「先に言ったはずだ。――これが、“経験”と“判断力”の差だッ!!」


 瞳のない顔で、名執が“ギンッ”とにらむ。

 その剣幕は、再び臆病さが顔を出した敵の心に突き刺さった。敵は情けない悲鳴を上げる。


「ひぃ、ヒィィィィ……!!」


 そして敵はあろうことか名執に背を向けて逃げ出してしまった。

 名執は短い沈黙の中で集中力を高めると、静かにこぼす。


「敗走する者を背中から斬るなど本来は人道に反するが――貴様には無用の遠慮だろう」


 名執が目の前に、左手をかざす。

 すると、逃走していたはずの敵が、姿

 それからの一太刀は速かった。


 敵が状況を理解するより前に、敵の背は

 コンクリートや金属で出来ているはずのその“器”は、いとも容易たやく斬り裂かれる。

 敵は声を上げることすら出来ずに倒れ込み、名執の眼下に倒れたその背中から、“魂”が漏れ出てくる。


 これまた突如として、瞬きで見逃したようなスピードで名執の手中に現れた“式札”に、敵の魂は吸収される。

 名執はその式札を顔に寄せて、ちいさく呟く。


「触れることにばかり執着して、“己が触れられていた”ことに気付かない。有りがちなことだ――貴様のような未熟者に……」


 風が静かに鳴き、SCCA捜査官、名執の一日はこうして幕を下ろした。

 この夜で唯一優しい月の光を、名執は見上げる。

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