2-6

「ヤベ――っ」


 たけり狂う敵を前に、令は一言漏らすと同時にスタートを切った。


 一度の跳躍で、瞬時に敵の眼前にまで迫る。

 それに合わせて、敵も大振りの動きで令に触れようとした――が、令は瞬時に自分を重くし、敵の拳をするりとくぐる。


 敵の攻撃を避け辿り着いたそこは、ガラ空きの敵のふところだった。


「喰らえ――!!」


 腕を軽くした、令の高速パンチが敵の胴体を捉える――その時だった。


 令の拳が当たった瞬間、令の殴った箇所がする。

 爆発の衝撃で令が弾けたピンボールのように後方に吹き飛ばされる。

 水に埋まった床に、令は水飛沫みずしぶきを上げながら背中から叩きつけられた。


 その様子をせせら笑うように、敵は乾いた笑い声を上げる。


「“爆発反応装甲リアクティブアーマー”だ――!! 本来は戦車が砲弾のダメージを減らす為の装備だが、対人相手だとよく効くだろう――?!」


「クソッ……誘いやがったな……!!」


 今の爆発で右手を失ってしまった令が、拳を失った腕をかばいながら敵を睨みつける。両腕を揃えて乗り込んできたというのに、また片腕を失ってしまった。

 その状況に敵はすっかり余裕を取り戻して、令をさげすむ。


「別に、テメエが動かなければそのまま大爆発を起こしただけヨ。テメエが勝手に罠にハマっただけだろ? 一度テメエの能力を味わったってのに、ナンの対策もしてないと思ったのカナア?!」


 敵は大袈裟に肩をすくめてお道化どけてみせる。


「オレの爆発は触れた場所が壊れない限り何度でも使えるんだ。これでテメエの勝利への道は完全に断たれたナア?!」


 敵は舌の回りも絶好調と言わんばかりに令をおとしめる。


 令はその高らかに上げられた敵の勝利宣言を聞いて、ゆっくりと立ち上がる。

 瞳はないが、令は鋭く敵を見詰めていた。

 敵は調子に乗った喋りから、徐々にその言葉に怒気をめていく。


「テメェにはよオ!! 責任を取ってもらわなくちゃあならネエんだ……!! ……ヒトをこんなところで這いつくばらせて、糞まみれにした責任をよオ?!! ――サア!! もう全部吹き飛ばして終わりにしてやるよ!!!」


 敵は再び地平まで伸ばすように両腕を広げる。

 そのモーションを敵が見せた瞬間、令は足元に落ちている“器”の欠片を拾うと同時に二つ投げ、そしてまたしても敵の眼前に跳躍する。


「学習能力がないのかテメエは?!! もうオマエじゃオレを倒せネエんだヨ――!!」


 敵はもはや令に触れようする動作すら見せなかったが、令がとった行動は敵の予想を超えたものだった。


 ――令は、先に投げた欠片を空中で踏むと、そこから跳躍してみせたのだ。

 瞬間的に令よりも重くなった欠片は、空気のように軽い令に踏み台にされるには十分だった。

 令は、瞬時に“二回”空中で跳ねる。

 一度目は敵の頭上に回り、そして二度目の跳躍では、敵の頭上から斜めに真っ直ぐと、敵の“背後”へと回った。


 敵はその高速の動きに対応出来ない。


 令の眼前には、敵のが広がった。令の眼光が鋭く光る。


「お前さっき言ったよな――オレの爆発は“触れた”場所が壊れない限り何度でも使える――って! じゃあお前は、自分の“背中”が触れたのかよ!!?」

「シマ――ッ!!」


 令の拳が、高速の乱打となって敵の背中を襲う。


 ――“爆発”は、起きない。


 しかし片手で無数に拳を叩きつけたが、その一撃一撃は敵を倒す重みが

 敵は一瞬令の行動に動揺したが、気丈に叫ぶ。


「もうオレを重くしても遅いンだよッ!! 這いつくばったって起爆は出来る!!!」


 敵は確実な勝利を予感してその言葉を放ったが――次の言葉で、その自信も令が打ち砕く。


「お前のように――触った部分“だけ”を重くできるならどうだ!?」


 敵は一瞬その言葉の意味するところを捉え損なったが、すぐにその真意を理解した。


「ナ――ッ」


 敵は――周囲の触れた箇所全てに、爆発を念じる。



 ――



 敵の身体にいかづちの如く、速く、深く亀裂が入り、その亀裂は一瞬にして敵の身体を巡り――敵の身体を



「ナアアァァァニィィィイイイイイ!!?」



 この世のものと思えない断末魔と共に、敵の“器”が、バラバラに砕け散る。


 触れられた箇所毎にがかかり、その負荷に耐えられなくなった身体が崩れ去ったのだ。

 令は、崩れ去った敵の“器”を見下ろして言い放つ。


「俺の勝利への道は断たれてなんかいない――お前が見てたのは、お前自身の“敗北への道”だ」


 その言葉は地下に静かに響き、それから令はすぐさま腰のボックスに手を回し、その中から一枚の“紙”を取り出した。


 それはをした紙だった。頭部は丸く、着物を着たひとが両腕を広げているような意匠いしょうだ。


 崩れ去った敵の“器”から、敵の魂が漏れ出てくる。

 令は、その魂に向けてその“紙”をかざす。

 ――“式札”と呼ばれるその紙を。


 敵の魂は一瞬 何処どこかに逃げ出そうとしたが、令のかざした“式札”に引き戻されていく。

 そして吸引されるように、敵の魂は“式札”の中にしゅるりと収まった。


 ――しばし式札をかざしたまま動きを止めていた令は、魂の回収が終わって、やっと身体の力を抜く。

 そしてハアーと溜息を吐きながらどすんとその場に座り込んだ。


「危なかったあ……」


 そのまま令は仰向けに寝転ぶ。

 が、直後に起き上がる。


「ここ下水道だった!!」


 汚い飛沫しぶきが、激戦が終わった下水道にバシャリと上がった――。



 ◇ ◇ ◇



 もう随分と夜更け。月もだいぶ地平へと傾いた。

 闇の中に煌々こうこうと輝くSCCAの施設から、令となごみが式札の受け渡しを終えて出てくる。令は上を見上げながら何かを考えていた。


「あぁー……腹減ったなあ。なごみ、なに食べてく?」


 そこまで言って令はハッとする。

 令が視線を向けた先には、眠さが極限を迎えたなごみがいたからだ。


「うぅーん……そうだねぇ……トロカツはおいしいねえ……」


(なんだその旨そうな食べ物は……)


 ぽわぽわとしながら半分お花畑が見えているなごみを見て、令はふっと息を漏らす。

 その顔は優しさと愛おしさに満ちていた。


「――なごみ、今日はもうホテルに帰るか」

「うん……そうしゅる……」


 目をごしごしとくなごみの前に、令はそっと腰を下ろす。

 目の前にやって来たその背中に、なごみは何の迷いもなくおおいかぶさる。

 そうして令がやおら立ち上がる。

 その重みに、令はつい思う。


(ずいぶん重くなったもんだなぁ……)


 そう思うと同時に過去が懐かしくなる。

 あれほど軽かった子が、今じゃしっかりとした重さを持っている。


 ……だが、過去を懐かしんでいた令は、二三歩歩んだところで考えていることが変わる。


(……疲れるから軽くしよう……)


 ――なごみが背負われている位置が少し高くなって、それから、二人は夜の闇の中へと消えていった。




 『子連れの“生還者”』End


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