2-4

 ※ ※ ※


 下水道管の中では、川のせせらぎのように低く水の流れる音が響き渡る。

 時間のせいか水量はあまり多くない。

 水音みずおとだけが支配する下水道管内に、場違いな“声”が徐々に響いてくる。


「ウオオオォォォ!!!」


 まさしくウォータースライダーを滑るように飛沫しぶきを上げながら、令が滑走していく。

 能力で重量を上げているせいでスピードは速く、猛烈に疾走していく。


 ――と、ずっと真っ暗だった下水道管の先が、にわかに明るくなる。

 恐らくはもう少しでひらけた場所に出る――というそのわずか前で、下水道管内に連続したが響く。


 複数の排水が集合するひらけた場所に、下水道管から爆風と煙が吹き込む。

 そしてそれに遅れて、令の“器”の頭部が――頭部だけが、無情にもごろりと転がってくる。

 それを見て、ひらけた場所で待ち構えていた敵が、両手を広げて爆笑する。


「ヒィッヒッヒッ! やっぱり追ってきたな! バカめ!! 罠を仕掛けてあるに決まってんだろ!!!」


「――ああ。分かってたよ」


 その声を聞いて敵の馬鹿笑いが止まる。

 まだ下水道管から噴き出されている粉塵ふんじんの中から、令の姿が現れる――。

 その姿は、両腕が揃った“完全な姿”の、“器”の令だった。


「お前がまた地雷を仕掛けてるのは目に見えてるからな。“損傷した器”に、犠牲になってもらった」


「チッ! 新しく“器”を創りやがったか!!」

「お互い様だ。お前も“器”を創り直してるだろう。――さっきから能力が発動しない」


 令は敵に正対する。広い空間の足元は、足首の高さまで水で埋まっている。

 複数の下水道管から、此処ここに水が注がれていた。

 敵にだけスポットライトのように光がそそいでいるのは、恐らく敵が明り取りの為にマンホールを開けている(もしくは破壊した)からだろう。

 ――つまり、敵に逃げる意思はない、ということだ。

 令と戦う為に、準備をして待っていたのだ。


「なあ、ところでオマエはよぅ、ココまで来たら安心だとか思ってんのカァ? もっとマズイことになったとか、ちっとも考えはしねえのかよ――!!?」

 敵がドスを利かせて吠える。

 そして一度大きく手を広げると、次にはあちこちに指を差す。

「ソコにも! ソコにも! アソコにもオ!! オレは触れたかもしれねーぜえぇ? テメェ動けんのかよお……?」

 そう言って敵はクスクスと笑い出す。これ以上面白いことはないといった風に。

 それを受けて令はゆっくりと周辺を見渡す。

 そこで敵はついに我慢出来なくなり、大笑いを始めた。

「アッハッハッハッ!!! サア動いてみろよ!! オレの首が欲しいんだろオオ?!!」

 あからさまな挑発。

 しかし令はそれに釣られることもなく落ち着いて言い放つ。


「やだね。“まだ”動かない」


 そして令は、足元にあった“元”自分の“器”の頭を、

「アアン? 何をして――」

 敵の困惑もよそに、令は砕いた“器”の欠片を、しゃがんで淡々と拾い始めた。

 敵にはさらに疑問符が浮かぶが令は気にしない。

 そして令は十分拾って立ち上がると、その欠片を

 敵は拍子抜けしたように声を張り上げる。

「アア? テメエまた石ころかよ?! そんなもんじゃあオレを倒せやしねーよ!!!」

 ――しかし、言ってから敵は考え直す。


 令の能力によって重みを失った欠片たちが、あちこちに反射して下水道内をいるからだ。

 敵は令の狙いを察した。


「オマエ――オレの“爆弾”を起爆するつもりか? ――アッハッハッ!! これはテメエがくぐってきた“地雷”じゃあネエ!! オレの意志で爆発するんだ!! そんなもんで起爆するかよオオ!!」

 敵は思い切り馬鹿にしてって笑う。


 ――しかし、令はそんな敵を冷淡に見詰めていた。


「違う。“起爆”させたいんじゃあない。――“起爆”させない為にやっているんだ!!」


 令が叫ぶと、あちこちを跳ね回っていた欠片の速度が増し、そこら中の床を、壁を、砕けながら叩きつけていく。

 同時に、そんな欠片たちが当たった“箇所”も、砕けていく。


「ナッ――! テメエ!!」


 ここまできて敵もやっと令の真の目的を理解して、動揺をあらわにした。

 令は瞳のない“器”の姿でもハッキリと分かる、その鋭い視線を敵にのみそそぐ。


「お前の能力は“触れたもの”の爆発だ。――なら“触れたもの”が粉々に砕けてしまったら、それだけ爆発も弱まるんじゃあないか? ――俺も壊せないほどに!!」

「テッ、テメェ――!!」


 敵は振り絞ったような声で叫ぶ。

 令の思惑おもわくは適切だったようだ。

 敵は続けて叫ぶ。

「そそ、そんな当てずっぽうが当たってたまるかアア!! ランダムでオレの触った場所なんかが――」

 そこで敵はぎょっとする。

 令が、自分を指差して小首をかしげていたのだ。


「その慌てようじゃあ、ひょっとしてもう何個かは当たってるんじゃあないか? ――二個か? 三個かア?!」


 令がたたみかけていく。そのあいだも欠片はぜる。

 あちこちで欠片が砕け、辺りが欠けた穴だらけになっていく。


 ――と、突然敵がしたたか壁を殴りつける。


 そして直後、拳を突き立てられた壁が爆発する。

 令は一瞬敵がストレスからしたことかと思ったが、敵のその手に握られている“残骸”を見て、それが間違いであることを確信した。

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