第二話『子連れの“生還者”2』

2-1

 住宅街の中にぽつんと存在する公園は、昼間にも人はまばらだが、夜になると完全に人の気配が消える。

 しかし、今日は珍しく人が居る。

 地面の一部がえぐれ、ブランコの一部が消失した公園で、なごみはひとり、令の肉体を膝に乗せ待ちぼうけしていた。

 今日は月が美しい。なごみも月光に照らされている。

 だが上空には、もはや黒い塊にしか見えない雲もいくつか流れていた。

 ふっ――と、満月が雲に隠れる。

 公園に街灯は設置してあるが、その光はあまりにも頼りなく、街灯の足元を照らすことぐらいしか出来てはいなかった。

 冷たい風も一陣通り抜ける。なごみは闇の中で思わず身震いをした。


「あぁー……令くんはやくかえってこないかなあー……」


「――まだ帰ってきてもらっちゃあ困るなあ……」


 なごみの肩が跳ね上がる。なごみの背後から聞こえた低い声――。

 恐る恐る、なごみは振り返る。

 そこには――中世の鎧のような巨体が立っていた。


「うわあっ!!」


 驚いたなごみの膝から令の頭が落ちる。

 腰を抜かしたような体勢のなごみの隣にいる令は、一言も声なんて発したりはしない。

 何故なぜなら、彼の魂は今は此処ここにないのだから。


「ちょっとこっちに来いよ――そしたらオレのからヨォ……!!」


 敵がなごみに手を伸ばす――。

 なごみはそれでも、令をかばうように体勢を変えた――。


「なごみイーーッッ!!」


 令の絶叫が闇の向こうから木霊こだまする。

 敵が反射的に振り返れば、そこには疾走してくる令の姿があった。


「チッ! もう来やがったか!! ――とにかく触れさえすればいいんだヨオ!!!」


 敵も叫んで、身体からだひねってその拳を振り上げる。

 力をめたその体勢は、なごみを殺すこともいとわないという迫力をまとっている。

 その巨体に対しあまりにちいさいなごみの身体に向けて、拳が振り下ろされる――。

 令の肉体を庇うように手を広げた幼い少女の無垢な瞳に、その慈悲のない巨大な拳が映る――。




 その瞬間、敵は見たものを



 理解も追いつかなかった。

 しかし、目の前で起きたことを素直に捉えてしまえば――


 なごみに向けて振るった拳が、腕の先から消えている。

 しかし何故か、“消えたという感触”はない。

 自分の腕が消滅してしまったという“実感”は、まるでなかったのだ。


 敵の思考はその束の間、完全に停止しかけたが、新たな発見によって覚醒する。

 自分の突き出した腕の隣――拳が消えてしまった腕の少し隣に、


「ナニィィ?!!」


 敵はやっと把握した。自分に起きたことを。目の前で起きていることを。

 なごみに向けて突き出した拳は消え、その拳は今度は自分の方向目がけて空中から“生えていた”。

 なごみは思い切り敵に向けてあっかんべーをする。

「べーだ! きかないよぉーだ! あなたの攻撃なんてきかないよぉーだっ!」

 敵はよろけるように後退する。

 すると空中に生えていた拳は引っ込んでいき、同時にその拳は敵の腕に戻っていく。


 敵は悟った。今此処に、目の前に、目には見えないが確かに“何か”が存在する。

 攻撃を吸収し排出する、“バリア”のような存在が!


「コッ、コイツもリヴァイヴ能力者か!!?」


 動揺し狼狽ろうばいする敵の隙を、令は決して見逃しはしなかった。

 素早く敵に接近し、そのふところに飛び込もうとする――。


 だが、平静を失ったかに見えた敵の眼光が鋭く光る。


「しかし! オマエが近づいてくるんならそれでイイんだヨオ!!!」


 敵のそば、あと何歩かで敵のふところに入れるというそんな距離に足を踏み入れた令の足元が、――。



 突然の爆発。爆風が敵の身体も叩く。

 敵は満足げにその爆発を見詰めていた。


「テメエが来る前にソコを“触っておいた”のよ――!! “地雷”よ“地雷”ィイ!!!」


 公園の土や砂も相まって、激しく爆煙ばくえんが巻き立つ。

 令が居た辺りは何も見えないほどに茶色い煙で包まれていた。

「サア! テメエの“魂”にトドメを刺させてもらおうカァ!!」

 敵は粉塵に向けて構える――一陣の風が、茶色いベールをぬぐっていく――。


 ――だが、そこには令の姿も、わずかな“残骸”すら見つけることは出来なかった。

「ナッ!? ドコに消え――」

 周囲を見渡し動揺する敵の頭上――敵の視界の遥か上、そこにその姿はあった。


 左腕を失っている令が、急速に落下していく――右脚を突き出し、敵の身体目がけて。


 次の瞬間、鈍い衝突音と共に令の重い一撃が敵をとらえる。

 敵の巨体が一度地面にめり込み、直後叩きつけられたボールのようにバウンドして後方へはじける。

 令は後方宙返りをして地面にしゃがんで着地する――。その右脚には、痛烈な一撃の代償としてヒビが入っていた。

 なごみもかたわらでその様子を大喜びで見守っていた。


 間違いのない手応え。いや足応えか。

 令は少しよろけながらも立ち上がる。そして敵を見た。

 敵も、ゆっくりとその巨体を起き上らせる。


 その銀色の身体には――


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