4月の兄妹

そらみや

第1話 少女は学園の門をくぐる

 4月6日――。

 佳苗は京都の南楽学園という学校の門をくぐっていた。

 南楽学園……学校案内のパンフレットによると創立1200年、弘法大師が庶民のために開校した学校らしい。『南楽』という響きから、佳苗は名前の通りのお気楽な学校を想像していたが、願書を出した後の現実に愕然とした。

 まず、入学試験が馬鹿みたいに難しかった。

 全国偏差値70。

 中学校では好成績を収めていた佳苗ではあるが、70の壁は高い。寝る間も惜しんで勉強した結果、なんとかぎりぎりの合格ラインに達した。

 合格したら合格したで、服装や髪型についての細かな指導が来た。スカート丈は膝下12センチ以上。肩より長い髪は、耳の下でくくること。前髪は眉にかからないようにする。前髪が眉にかかった場合は7対3に分け、眉を見えるようにするなどなど。靴下の色も清潔な白もしくは暗色のみ。鞄も学校指定のもの以外は認めず、クラスもあからさまな学力分けをしているらしい。

 南楽学園を受験すると言うと、

「どうして、京都の高校に行くの?和歌山の高校でいいじゃない」

と、中学校の同級生には反対され、

「どうして南楽学園なの?地元が嫌なら、西大寺学園でも、光灘高校でもいいじゃない」

と、両親に反対されたが、佳苗は両親の反対を押し切り、合格の通知が届いた後には京都にある祖父母の家から高校に通うことにした。

 おそらく両親は恐れているのだ。佳苗が南楽学園で兄に出会ってしまうことに。

 一人っ子だと思い込んでいた佳苗が、兄の存在を知ったきっかけは、京都に住んでいる祖父母の家にあった一通の手紙だった。

 無造作にちゃぶ台に広げられていた便箋の上には、数枚の少年の写真が広げられていた。剣道の防具をつけている写真、制服のブレザーを誇らしげに着た写真。

『早春の候。

 皆様、御健勝でいらっしゃる事と存じます。

 この度、息子も大きくなり南楽学園中等部に入学いたしました。剣道が好きで毎日稽古に明け暮れております。……』

 なんてことのないの文面だったが、その上に広げられている写真に佳苗は引きつけられた。

 写真の少年は、おそろしく佳苗に似ている。

 無愛想といわれるへの字口、気の強そうな吊り上がり気味の眉。人形のようだとからかわれる黒々とした奥二重の瞳。

 写真を手に、佳苗は祖母に尋ねた。

「お祖母ちゃん、これ、誰?」

「誰って、それは祖母ちゃんの知り合いの息子さんでっせ」

「私に似てない?」

「他人の空似でっしゃろ」

と、きつい目をした祖母に、佳苗は疑問を持った。

 最初は、遠縁の息子か何かだろうと思っていた。祖母の言うようにただの知り合いの写真で他人の空似かもしれない。

 けれど、なぜ、それで咎められるような視線を受けなければならないのか。

「知り合いの息子さんなら、名前を教えてよ」

「あきまへん。あんたなんかが知って良えことやおへん」

「どうしてよ!」

 口を尖らせた佳苗を誤魔化すように祖母が叱り付けた。

「なにいうてはるの!人のおらんときに勝手に手紙を盗み見するやなんて、なんて子や!」

「台の上にあったんだもん」

「台の上にあろうとなかろうと、人様のものを盗み見なんてするもんやおへん!ええな、もう二度と手紙を見てもあかんし、この話しをしたらあきまへん!」

 佳苗の質問はそれで打ち切られ、祖母は佳苗の手から写真をひったくると箪笥の奥に仕舞い込んでしまった。

 口を開きそうに無い祖母に質問することを諦めた佳苗は、祖父に尋ねた。

「ねえ、お爺ちゃん。佳苗には兄妹がいたりする?」

 気性の激しい祖母とは対象的な祖父は、煙草を吹かしながら目を細めた。

「誰かに何か言われたのかい?」

「ううん、私は一人っ子だから兄妹がいたら良かったなぁと思って」

「そうか。佳苗、それはお母さんやお父さんに言ってはいけないよ」

「どうして?」

「佳苗には、双子の兄さんがいたんだけどな、赤ん坊のうちにいなくなってしまったんだ。お前の母さんはすごく悲しんでなぁ、なだめるのが大変だった」

「病気で亡くなったの?」

「そう、病気で亡くなった」

 そう言って、目を閉じた祖父の胡麻塩頭を眺めながら、佳苗は『兄の死』は嘘だと思った。祖父は、嘘を付くとき目を閉じるくせがある。

 だが、その時はまだ『写真の少年が、自分の兄だ』という思いは、思春期の少女が非日常的な幻想を見るような曖昧あいまいな思いだった。

 だが、佳苗が生まれた頃に父が事業に失敗して借金に苦しみ佳苗が里子に出される話があったことを聞いたり、南楽学園の願書を取り寄せた時の両親の反対のすさまじさに、『南楽学園の兄』という存在は確信に変わった。

 両親や祖父母の反応から、兄は探さない方がいいということは分かっている。

 兄は佳苗達の存在を知らず幸せに暮らしているのだろう。

 ならば兄を見つけても口をつぐんでいようと、佳苗は思う。

 だけど、見てみたい。

 それぐらいは許されるのではないだろうか。


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