第11話 亜梨栖と月羽と残りの休日

俺は少し前まで姉さんの事を好きじゃなかった。

それはご存知の通り家族に気を使わず迷惑な存在であったから。

『自分が楽しければ良い』

そう考えていたに違いない。

それから逃れるために一人暮らしを始めたのだが……

現在一緒に暮らしている…

orz←今の俺こんな感じっす。

しかし、実家暮らしの頃より関係性は改善しつつあるが、やはり違和感を感じてしまう。

実家の頃はあり得なかった積極的にアプローチしてくることが最大の疑問点。

その答えを知るべく、姉さんの向かいに座り聞き出そうとしているのだが……。

「理由? 貴方のことが好きだからに決まってるじゃない♡」

ニコッと微笑んでそう答える姉さん。

……。

真面目に答えろし。

だが、やっぱりおかしい。

俺の知らないところで何か企んでいるのでは?

そう思ったがとりあえずこちらからアクションすることなく様子をみようと思った。


翌日。

目覚ましをかけていないので9時過ぎに目を覚ました。

部屋に日差しが差し込んでいるがこの季節とは思えない肌寒さを感じる。

隣を見ると爆睡している姉さんがいた。

俺はとりあえず体を起こし歯を磨き、顔を洗ってきた。

すると姉さんの姿が見当たらない。

部屋を一通り見渡したが居ない。

肌寒いが暖房をつけるのも勿体無いので再び俺のベットに潜り込もうとするとやけに掛け布団が盛り上がっていた。

……。

まさか。

俺は掛け布団を思いっきりめくるとそこには丸まった姉さんがいた。

「寒い寒い…早く布団かけてちょ」

「何やってるの?」

「え? 見てわからないの。寝てるの」

そうじゃない…

「なぜ俺のベッドにいる…」

すると姉さんは答える前に俺から掛け布団を奪って再び寝た。

そして自ら布団をめくり横をポンポン叩いた。

「なんか今日寒いし2人で寝たほうがあったかいわよ?」

どうやら『ここへ来い』という意味らしい。

ここは誘惑に負けてはダメだと念じながらも

寒さに負けてベットに吸い込まれていく。

あ、あったかーい( ´∀`)

「よし。抱き枕ゲット!」

し、しまった。

その後暇だったので、どうにか体制を整えて俺はタブレットでアニメを見ることにした。

今見ているのは異世界に転生するアニメ。

教室のドアを開けるとそこは異世界で、そこで仲間を増やして異世界転生の原因となった邪神を討伐するというもの。

ありきたりな設定だが見てみると意外と面白い。

そして今見ているのは8話『救世主 アリナ』

という話。

……アリナって誰?

気になったので調べたら新キャラらしい。

ネ、ネタバレした……

けど、ネットでキャラデザ見たら割と良かったし楽しみ。

主人公トシキの仲間で一番の魔法使いであるミナミが敵に洗脳されて戦うシーンを見ている。

そして仲間を傷つけられないトシキは悪戦苦闘している。

そこにアリナ登場。

『ね、姉さん…なんでここに…』

へぇ。姉なのね。

『大好きな弟のために来ちゃった♡』

ゴホッ…

今このセリフは俺の体に良くない。

『この子…あたしの弟をよくも傷つけてくれたわね。トシキはあたしのものよー』

それに対して必死に首を横に降るトシキ。

アリナさん登場から話が一気にギャグアニメ寄りになってきている。

アリナさんの戦闘力はチートレベル。

そのためトシキが苦戦したミナミを一撃で倒し、洗脳をした魔導師軍団も爆裂魔法で一撃。

この時魔力が暴走して平原に大きなクレーターが出来ていた。

もちろんトシキはその爆裂魔法に巻き込まれて、アリナさん自身も吹っ飛ばされた。

この回から一気に展開変わったな…。

戦闘終了後にトシキがアリナさんにお礼を言うシーン。

恥ずかしがってなかなか言葉が出てこない。

うん。わかるよ!

……。

『ね、姉さん…あ、ありがとう…』

おっ、ようやく言えたか。良かった、良かった。

『あと1つ言いたいことがあるんだ…』

ほう。何を言うのか。

『なーに? なんでも言って』

大きな胸を張るアリナさん。

そしてまた言い出せなくなるトシキ。

『あの…俺…』

その瞬間にアニメに集中してて忘れかけていたリアル姉さんが寝返りをうった。

それと同時にタブレットに繋がれていたイヤホンジャックが外れた。

『俺…姉さんの事が大好きだ! やっと言えた…えへへ』

このセリフが部屋中に響き渡る。

俺が使ってるタブレットは何故かイヤホンが外れても一時停止しない。

「あっ……」

フリーズする俺。

恐る恐る姉さんの方を見ると瞼を閉じていたが口元が緩んでいた。

き、聞かれたーーー。

「もう。大胆ね♡」

「いや、これは違うんだ」

「もー照れちゃって。今日はお互い予定ないんだし存分にイチャつくわよ♡」

さっきより固く抱きしめられている。

く、苦しくて痛い…

ベッドから抜け出すにも姉さんの包容力(物理)により抜け出せない。

もう諦めてぼーっとすることにした。

しかし…暇だ。

少しすると姉さんがモゾモゾ動き出した。

「ト、トイレ…」

キタコレ! 抜け出せる!

「寒いし…面倒」

……は?

「ここで……」

「ダメです!!」

な、なんて事を言い出すんだよ……

「えーだって。寒いし…面倒だしぃ」

「俺が連れて行くからっ!」

「その言葉を待ってましたー。はよはよ」

はぁ……。

姉さんをベッドから引っ張る。

そしてトイレに到着。

俺はあの狭い空間に姉さんと2人でいる。

……。

「いやいやー。おかしいでしょ!」

「うん。おかしいね」

「でしょ。わかってるなら…」

「理稀の寝癖が…ププッ」

……。

頭を触っただけでわかる。

これ相当酷い。

「あっ、ヤバっ。漏れそう」

おいこら。

何とか脱出成功。

全く…何を考えているのか。

先にベッドに戻ることにしたが、再び動きを封じられる可能性があるのでテーブルに座ってテレビをつける。

朝の情報番組を流すように見ながらスマホをいじる。

SNSアプリを開くとみんなの現状を知れた。

愛依奈は犬の散歩をしていたら道に迷ったらしい。

えぇ…。

涼夜は家族で九州旅行。

とんこつラーメンの画像が上がっていた。

朝からよく食べるな…

ジョーカは新しくゲームを買ったらしくプレイしようとしたら操作方法が難しくて数分でやめたらしい。

『今度あの方に教えてもらいましょう(//∇//)』

それってもしかして俺か?

そう思う自分自身に嫌気が…

他の人かもしれないので自分だと思い込まないようにした。

そういえば恵海は何をしてるんだろうか…

ふと気になったがわざわざ連絡されても困るだろうし今度会った時にでも聞くことにした。


その後戻ってきた姉さんと朝食兼昼食を食べることにした。

この前買ってきた限定発売のカップ麺を食べようと棚を開けるもそこにカップ麺の姿が無かった。

隣の棚を見るもカップ麺の姿が無い。

まさか…。

リビングに戻りテーブルに体を伏せながらスマホをいじっている姉さんに声をかける。

「ねぇ。俺が買ってきたカップ麺知らない?」

「えー。カップ麺? 知らな……いよ?」

明らかに目線を逸らしてきた。

これ知ってるやつだ。

「食べたね」

「ううん。食べてない」

「た、べ、た、ね?」

「……はい」

ようやく認めた。

「カップ麺体にあまり良くないでしょ? 理稀の健康が一番! なのであたしが犠牲になったのよ。感謝しなさい!」

イラッ。

素直に食べたことを認めて謝罪したら許るつもりだったがこの態度…許さん。

「む、むしろ…『ありがとうお姉ちゃん♡』と言って欲し……」

姉さんは俺の怒りの感情を察したらしく口を半開きにして硬直した。

「もういい…」

そう言って俺は家を出たのであった。



家を出た俺はお隣502号室にお邪魔していた。

「ヨシくんがそこまで怒るなんて珍しいね。そのカップ麺そんなに美味しいの?」

「うーん。食べたことないからわからないかな」

確か『醤油、味噌、豚骨、塩全部混ぜちゃいました。ドヤッ味』という少し危険なにおいがするカップ麺なので美味しいのか…?

「なるほどね…ま、うちに住んじゃってもいいいから。ゆっくりしていってねー」

流石に住み込むことはないけど少しの間お世話になろう。

「そうだ。お昼ご飯まだでしょ? 昨日の残りだけどビーフシチュー食べる?」

「食べるっ!!」

月羽のビーフシチュー…美味しい以外ありえない。

俺がリビングで漫画を読んでいるとフランスパンとビーフシチュー、フレンチサラダを出してくれた。

こんな豪華な昼食を出してくれる女子高生なんて早々いない。

月羽の旦那さんは幸せになるだろうな。

そう思いながらビーフシチューを口へ運ぶと口いっぱいに野菜と牛肉の旨味が広がって幸せー。

「う、うまっ…」

思わず口に出てしまう美味しさよ。

「喜んでもらえて嬉しい。いっぱい食べてね」

「それにしても…勝手に食べて黙っていて、あの態度とは…あの人もなかなか酷いわね」

「そうなんだよ。別に間違って食べたのは仕方ないし、あれを食べたことに対して怒っているわけじゃないんだよね」

「やっぱり、あの態度ってわけね?」

「そう。ホントそこなんだよね!」

この前の旅行で2日一緒に過ごせばわかるかな。

「最低よね。けど……」

月羽は手元に置いてあるボールペンをいじりながら続けた。

「うーんと、あたしなりにお姉さんを擁護ようごするなら素直になれないんだよ。その……好きな人に冷たく接しちゃう的なやつ?」

月羽が姉さんを擁護するなんて珍しい。

「少し距離をおいてみ? そうすれば何かが変わると思うのよ」

最近…月羽の様子がおかしい。

やっぱり中学の頃とは別人なんだよなぁ。

「月羽…変わったな」

「どうしたの急に。てか、前にも言ったでしょ?」

「中学の頃はやる気を感じられないボケーっとしてる人だったのにね」

そう言うと少し口元が緩んだ。

「環境がそうさせたのかも。そう思うの」

月羽は何かを思い出したかのように話す。

花梨かりん紫織しおりと出会ったのが大きかったのかな。あの2人…天然でおっちょこちょいだから……あたしがしっかりしないと、まとまらないのよ」

人との関わりによって性格って変わるのか。それとも月羽自身が変えたのか。

けど、誰と関わるかで人生変わったりするらしい。

「聞いてよー。この前なんて授業終わった後に今何時?って聞いたら『4時過ぎだよー』って返ってきたんだよ…真顔で…ププッ」

うちの学校は月〜金曜日まで全て16時05分に授業が終わるのでその回答は笑える。

「確かにそのメンバーだと月羽がしっかりしないとマズイな」

「でしょ? いつのまにかあたしがお姉ちゃん的立場になっているのよね」

「合ってると思うぞ?」

「そうかな。あと、この前の花梨なんてね……」

月羽はとても楽しそうに話す。

それをただ単に聞いているがとても楽しかった。

昼食を食べ終えると2人でテレビゲームをして遊んだりして過ごした。

その日は結局月羽の家に泊まることになった。


姉さんからの謝罪があるまで絶対に帰らない…。




あたし、亜梨栖はもぬけの殻状態だった。

なんで『ごめんね。気になってて食べちゃった…今度同じやつ買ってくるから』と言えなかったの。

あたしってホント……はぁ、何でもない。

亜梨栖は1人部屋のベッドに寝転んでいた。

今すぐにでも仲直りしたい。

理稀はきっと同じカップ麺を2つ買いに行って『お姉ちゃん♡ 一緒に食べよ?』と言ってくれるはずよ。

……。

自分でも驚くぐらいのポジティブシンキング。

けど、あのカップ麺そこまで美味しくなかったのにあそこまで怒る?

理稀はあーいう少しユニークな味が好みなのかしら。

少し考えてみたがそうは思えないわ。

理稀が食べているものを盗み食いしたことが何回かあるがユニークな味なんて一度も無かったし。

ま、時間が解決してくれると信じているわ。

ずっと家出にも限界があるはず。

ん、待てよ…

そういえばお隣さんのことすっかり忘れていたわ。

そこならしばらくここに帰らなくても平気になってしまう。それに……

あ、あの子と2人っきりなんて…

お、お姉ちゃん許さないんだからねっ!

かと言って隣に押しかけるのもあれだし…

もし、めぐみんの家に行っていたら不発かつ月羽にお説教されるだろうなぁ。

しばらく考えるも良い案が思いつかずに1日が終わりました。

「理稀やー帰ってきておくれ…」

そう呟いて夢の世界へ……なかなか行けませんでした。

ね、寝られないんですけどーーー。

あたしの抱き枕帰ってきてーー。いや、違うか。

理稀カムバーック!



月羽邸で目を覚ました俺はスマホで時刻を確認すると11時半を過ぎていた。

とてもよく眠れたが寝過ぎたせいか少しばかり頭痛が…

リビングへ行くもそこには月羽の姿はなく、玄関の扉を見るとチェーンが外れていたので外出しているらしい。

俺は月羽からもらった使い捨て歯ブラシで歯磨きをしてから洗顔し再びリビングへ戻ると月羽が帰宅した。

「ヨシくんおはよー。随分寝てたねー」

「おはよう。よく眠れたよ」

そう伝えるとニコッとしてキッチンでご飯の準備を始めた。

一瞬違和感を感じたが気のせいだろう。

朝食兼昼食作りを手伝おうとするも『お客様は座って待ってて』と戻されてしまったのでおとなしくリビングでテレビを見らことにした。

その後トイレに向かう時キッチンを覗くと3人分のご飯が用意されていた。

月羽の友達でも来るのだろうか。

そう思いながらトイレに行き、リビングへ戻ろうとすると、キッチンで月羽が頬に手を当てて待っていた。

「あれれぇー。作りすぎちゃったみたい。どーしよっかなー」

……?

誰が見てもワザとだとわかる演技だなぁ。

「お隣さんにおすそ分けしよう。そうしよう」

ポンと手を叩きラップに包まれたお皿が、2枚乗ったトレーを渡してきた。

「これを隣に届けてくれば良いのか?」

すると月羽は頷いて俺の背中を押してきた。

「よろしくねー」

「わかった。503号室の人に渡してくるね。初めて会うから緊張するなぁ」

「大丈夫だよぉ……へ?」

月羽はオロオロしながら『3?じゃないよ?』と伝えてきた。

そういうことか。

月羽にしては珍しく、懐かしい行動に出てきた。

「了解。届けてくるよ。インターホンならして出てこなかったら2人で分けよう」

そう言って俺は玄関を出た。

大門月羽という人間はお節介で優しすぎる。

ライバルや嫌いな人に対しても困っている姿を見ると手助けをしてしまうらしい。

中学時代その優しさがあったからこそ今の神崎理稀という人物がここにいるし、それに何度も助けられた。

月羽に嫌われていたわけじゃないが、普通の人だったらもう関わらないような態度を何度もしてしまった。

あの頃の自分を何度殴りたいと思ったことか……

月羽も『昔のことは気にしないで。昔の分までこれから優しくしてよね』と言ってくれている。

そんな月羽を姉弟喧嘩に巻き込んでしまったらしく、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

姉さんの態度次第だが、俺は仲直りするつもりでいる。

501号室(自宅)のインターホンを押すと1〜2秒で玄関が開いた。

チェーンを外し忘れていたらしく思いっきりガチャン!という音がした。

「ご、ごめん…ちょっと待ってて……」

ガチャガチャさせながらなんとか戻せたらしく再び玄関のドアが開いた。

「ど、どうした……の…」

後半聞き取れたか微妙な声で訪ねてきた。

「はいこれ。月羽からお昼ご飯」

それを渡すと「あ、ありがとう」と俺に伝えただけでその後何もいう気配がなかった。

なので俺は月羽邸に戻るべく扉を閉めた。


心の中に少しモヤモヤが出来た気がするが『俺は悪くないと』言い聞かせて502号室の扉を開けて中に入り閉めた瞬間に再びドアが開いた。

「よ、理稀……ご、ごめんねっ!」

あまりにも突然の出来事だったので状況を理解するのに時間がかかった。

「は…はい」

そう答えるしか出来なかった。

「あれ…楽しみにしてたんだよね? 今度同じカップ麺買ってくるから」

深々と頭を下げて謝罪する姉さん。

ここまで本気で謝ってくるなんて久しぶり、いや初めてかもしれない。

「カップ麺の件はいいよ。そこまで楽しみにしていた訳じゃないし」

「そ、そうなの? じ、じゃあ買わないわ」

本人に悪気はないんだろうがたまにイラッとする発言があるんだよな。

いちいちそれに対して腹を立てているのもバカバカしいのでこれからはスルーすることにした。

そして自然と笑みがこぼれてきた。

それに対して姉さんは頭にハテナを浮かべたようにキョトンとしていた。

「あのね…月羽ちゃんから聞いたの。 理稀が何故そこまで怒っていたのかを…」

……!?

姉さんが『月羽ちゃん』と呼んでいる?

話の内容より月羽ちゃん呼びの方が気になってしまい硬直する。

すると姉さんは首を傾げて『な、何かマズイこと言ったかしら…』と呟いていた。

そして姉さんがこんな感じで謝罪してきたことは月羽が関わっていたらしい。

姉弟喧嘩に巻き込んでしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

そして、あの2人意外と仲良いのでは?

「わかってくれれば良いよ。俺もあそこまで怒る必要なかったと反省してるし…その悪かった」

「わ、わかれば良いのよ……じゃない!」

姉さんは頬を叩いた。

「こんなあたしを許して欲しいわ…またこんな態度取ったら普通に叱って欲しいの。理稀だけが頼りだから…えへへ」

う、上目遣いからの微笑みやめろーー!

少し、ほんの少しだけドキッとしてしまったじゃないか。

「わ、わかったよ…厳しくいくからね?」

俺は目線を逸らしてそう言った。

すると姉さんは『ありがと』と微笑んだ。

姉さんと仲直りすると同時に月羽が扉を開けて玄関まで来た。

そしてリビングへ俺と姉さんを連れて行った。

そこには3人分のご飯が用意されていた。

「お腹空いたでしょ? 食べよ」

「あたしのご飯…さっき貰ったやつ食べるから良いよ?」

「あれは今夜の夕食にでもしてください」

「あ、ありがと…」

どうやら俺が姉さんと話している短時間に追加で作ってくれたらしい。

「月羽…色々ありがとうな」

「気にしないでっ」

俺と姉さんが隣り合って、俺の向かいに月羽が座っている。

「ヨシくんとイチャついたら追い出しますよ!」

「そんなことしないわよ…」

え? 普通じゃないぞ。

普段だったら『いやよー。理稀あーんしてあげるー♡』とか言いかねないのに…

なんか怖い。

「そんなことより……月羽ちゃん。今回のお礼と謝罪の意を込めて食べさせてあげるわよ?」

すると姉さんが席を立ち月羽の隣(肩が触れる近さ)に座った。

「いやいや。亜梨栖さん…大丈夫ですよ」

月羽が嫌そうな顔をしているが構わず肩を寄せている。

「遠慮しないのっ!」

「助けて…ヨシくん」

そんな月羽を見て見ぬ振りをして俺は手を合わせる。

すると姉さんも合わせ、月羽もキョロキョロしながら手を合わせた。

「「「いただきます」」」

そこから3人仲良くご飯を食べたのであった。



その日の夕方に俺は家に戻ることにした。

とりあえず自分のベットに寝転ぶと後から姉さんが部屋に入ってきた。

今は俺よりも月羽がお気に入りなんだろうと思い油断して寝転がっていた。

月羽へ送るお礼の品を見たり、SNSを眺めたりしていた。

すると、姉さんが寝そべっている俺の背中に乗ってきた。

「えへへー。落ち着くー」

香水のさわやかな香りが鼻をくすぐる。

「姉さん…重いって…」

「コラッ…お姉さんに向かってそれは失礼だぞっ!」

「だって事実……」

最後まで言う前に横腹を掴まれた。

「なんだって?」

微妙に指を動かし、くすぐってきた。

「な、何でもないので上から降りてください…」

「嫌よ! 今はこうしていたいのよ」

姉さんはそう言って俺の背中に顔を付けた。

別に悪い気はしなかったのでそのままにしておいた。

「ねぇ。お姉さんがお背中お流ししましょうか?」

「いきなりだなぁ……」

「まぁね。で、どうする?」

ここで断るといつもの流れになるのであえて肯定して驚かせてやろう。

「うん。お願い」

ニヤリ。

どうだー。どんな反応をするんだー?

背中に乗っている姉さんの表情を見るために振り返ると驚いて絶句していた。

良い反応だ。

さてとそろそろ降りてもらうために体を動かすと素直に退いた。

なんか素直過ぎて怖い。

俺が立ち上がると一緒に立ち上がり俺の手を握ってきた。

……?

姉さんに手を引かれるまま向かったのは洗面所。

ま、まさか……。

「ささっ。早く服脱ぎなさい。姉さんも後から行くから」

待て待て。どうしてこうなった…

あの時肯定したからか。

し、しまったーー。

「や、やっぱり…いいかな? まだ風呂入る時間にしては早くない?」

まだ夕方5時過ぎ。

普段夕飯を食べた後に入浴する俺からすると早すぎる。

「たまには早く入りましょ? ささっ脱いだ脱いだー」

出入り口の扉前に姉さんが仁王立ちしているので扉を開けることができない。

渋々服を脱ぎ浴室へ向かうことにした。

俺が風呂場の椅子に座ると10秒もしないうちに姉さんが入ってきた。

もちろん全裸で。

「姉さん脱ぐの早くね? 脱ぎ慣れてるの?(笑)」

直視出来ないので俯きながら声をかけた。

「なっ、人を変態みたいに言わないでよっ。 理稀を待たせないためよ」

けど、それにしては早すぎる気が…ま、いいか。

その後洗髪をしてもらってから背中を流してもらった。

人に洗ってもらうのって気持ちいいよね。

とても眠くなるし…

ちなみに体の前面部のはもちろん自分で洗いました。

『ま、前は自分で洗ってよね? そこは……その……』

と頬を染めてやや恥じる姉さんがここだけの話少し可愛かった。

いつもやってもらってばかりなので俺も姉さんの背中を流すことにした。

その後、2人で背中を付けて浴槽に浸かった。

姉さんは向かい合って入ろうと言ってきたが、俺が反対したのでこの状態になっている。

「1つ聞きたいんだけど、姉さんは何でここまで俺に尽くすの? 実家の頃なんて友達も遊びほうけて俺と関わらなかったじゃん?」

前から疑問に思っていたことを聞いてみた。

「そうね……」

そう言うと一度お湯で顔を洗ってから言葉を続けた。

「失いかけて初めてそこ大切さに気づいたから…かな。うーん、ごめんね。上手く言い表せないわ」

姉さんは腕にお湯をかけて続けた。

「あの頃のあたしは弟よりも友達が大切になってたんだよね。それで良かったと思っていたし、それが普通だと思ってた。だから周りが見えなくなって…あんな迷惑をかけちゃったのよ」

あの頃の姉さんが迷惑をかけていたと思っていたなんて。

絶対そんなことないと思っていた。

「そんな中たまたま見た昔のホームビデオと理稀が家を出て行くという事をお母さんから聞いたことが重なって。あたしが本当に大切なものは何なのか…それに気づいたのよ」

俺の後頭部にこすれる感触が伝わってきたので姉さんは天井を見ながら言ったのだろう。

「そうだったのか」

本当はもっと言いたい事があったが言葉が出てこなかった。

「あの頃のあたしは楽しかったし、毎日に満足していたの。けどね…何かが足りなかった。それがね…」

「俺ってわけか」

自分で言うの恥ずかしい……

すると俺の頭を掴んで上を向けた。

そこで覗き込むようにこちらを見る姉さんと目が合った。

「えぇ。正解♡」

そういうと微笑んだ。

その言葉に俺は咄嗟に目線を逸らす。

この人は危険だ…

「フフッ、可愛い…」

「やめてくれよ…照れるし」

俺の中にある理性という土台が崩れ始めている。

「けどね。これだけは言えるんだけど……」

姉さんは一呼吸置いて続けた。

「昔、理稀と遊んだ日々を超える楽しさには出会えなかったわ」

……。

その後お互い言葉が出て来ず、沈黙が続いた。

「あー。なんか逆上のぼせてきたー。先に上がるわね」

そう言って姉さんは風呂から出て行った。

俺はその後も少しの間お湯に浸かっていた。

「あ、あんなこと…言われたら」

俺の中で色々な考えがごちゃごちゃになっていて上手くまとめられない。

姉さんは友達と楽しく遊べればそれで良い。家族(特に弟)なんて眼中にないと思っていた。

そんな考えの俺に対して『理稀と遊んだ日々を超える楽しさには出会えなかったわ』なんて言われたらもう…。

とりあえず俺は風呂を上がることにした。



リビングへ行くとタオルをまとった姉さんが俺のベットで横になっていた。

なんでいつも俺のベットなんだよ…

とりあえず冷蔵庫に入っていた水を取り出して姉さんに渡す。

「ありがとー。クラクラするわ」

「大丈夫?」

とりあえず姉さんを起き上がらせると水を飲ませた。

「理稀をギュッとすれば回復するわ。ささっこっちへおいでー」

「嫌です」

「なんでよー」

「なんでも!」

何かがキッカケで意識してしまうと、それが気になって仕方なくなる。

俺の昔からの性格。

そのあとはお互い特に会話することもなく時間が流れていった。

そして23時を回った頃、明日から再び学校が始まるので消灯した。

寝坊しないためにも早めの就寝を試みるもなか寝付けない。

寝返りをうつと月明かりでうっすら照らされた部屋の中に寝転ぶ姉さんと目が合った。



俺は姉さんを好きではない。

け、けど……

とても気になる存在になっているのは自分自身よく分かった。

このまま姉さんから積極的にアプローチされ続けたらきっと…俺は……。

それ以上のことは考えないようにした。

「おやすみ…姉さん」

こうして理稀、亜梨栖のゴールデンウィークは終わった。








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