第9話 丘の上にある大きな木
カーテンの隙間から朝日が差し込んできて目が覚めた。
「ま、眩しい…」
光の差し込む方と反対側を向こうと寝返りを打つとムニュっと柔らかい感触が。
「むぅ…ひゃん…」
幻聴だろう。気にしない。
ってか、俺の部屋にこんなに触り心地のいいものなんてあったかな…
そういえば家と違ったとても良い香りがする。
あ、旅行中でした。
ムニュっとした感触が顔に当たる。
うっ。く、苦しい…
それがもぞもぞ動き始めた。
何これ? 恵海は反対側に居るはずだし…うーん。
まさかと思いながら瞼を開けると目の前にスヤスヤ寝ている全裸の姉さんが…
おいおい、昨日同じような出来事あったぞ?
……。
マジ勘弁してくれよ…。
待てよ?
冷静に考えるとヤバくね?
恐らく…いや、絶対姉さんの反対側には恵海がいる→2人でバトル開始…
そして、誰か入ってきた時物凄い誤解を招きそう。
とりあえず…。
逃げろー!!!
ということで2人を起こさないようにそっとベットから起き上がるとベッドの足元にバスタオルらしきものが放置してあったので、恐らくそこで脱ぎ捨てて俺たちのベッドに侵入してきたんだろう。
まったくもう…。
なんでこの部屋にしかも全裸で来るかなぁ…
実の姉に呆れながらリビングへ向かった。
時計を見るとまだ6時過ぎたったのでとりあえずテレビをつけてニュースを見ていた。
昨晩入浴していなかったことを思い出し浴室へ向かった。
この時間だとみんな寝てるだろうし露天風呂でゆっくりしたい。
なんとこの別荘は温泉が湧き出ていて、いつでも入り放題らしい。
浴室へ向かうと札が緑になっていたのでそのまま入った。
この札は昨日ジョーカから説明があり、緑が空き、赤が入浴中にするらしい。
脱衣所に入ると着替えが置いてあった。
「姉さん…ここに脱ぎっぱなしかよ」
けど、姉さんにしては珍しくパンツからブラまで全て畳んである。
他の人もいるし多少気にしてるんだろう。
ま、風呂上がったらあの部屋まで届けてあげようと思いながら浴室へ向かった。
そこはまるで小さい旅館のように内風呂と3箇所のシャワーがあり、その奥に露天風呂へ通じる扉があった。
俺は頭が冷えるのが嫌なので先にかけ湯で体を流してから内風呂に浸かる。
「あー、気持ちいいー」
思わず声に出てしまった。
こんなに大きな浴槽を独り占めなんて滅多に無いし最高ー。
体が温まったのでお待ちかねの露天風呂へ向かった。
露天風呂もなかなか大きく周りが石で囲まれており、風呂は凹の字になっている。
旅館のお風呂と言っても普通に信じるレベル。
そして湯温がヌルくて長風呂できそうだわ。
何も考えずにポケーっと空を眺めていると奥の方からちゃぷちゃぷ音がした。
自然豊かだし動物でも入っているとしか思わなかった。
「……今夜こそ……よし…くん…寝る…んだ」
幻聴? それとも喋る動物?
…すみません少しふざけました。
まさかとは思うが誰か入ってる?
とりあえずワザと独り言を言って存在感アピールをしてみた。
「あー。温泉きもちいいなぁー」
どうだ?
……。
すると「だ、誰?」という声が聞こえた。
「神崎理稀です」
俺なんでフルネームで答えたんだ…
「理稀く…ん…えぇ?」
その相手は奥の方からしゃがんで泳ぐようにこちらへ向かってきた。
「ジ、ジョーカ…は、入ってたのか…」
「う、うん。な、な、なんで…理稀くんがあわわ…」
お互い状況が理解出来なかったので俺もジョーカもお互いの全裸をガン見している。
「わ、悪い…表の札が緑だったから空いているものと思って…」
俺は悪いと思い視線を逸らした。
「あぅ…わ、忘れてた…」
「ま、まぁ…誰も居ないしぃ…語り合おうぜっ!」
俺何言ってんだ……
「そ、そうだね! 裸の付き合いってあるもんね! 色々話そっ」
すみません…裸の付き合いと聞いて少し違う方を想像しました。
俺は首を横に振り、温泉で顔を洗って邪心を振り払った。
「2人っきりで話すのって案外アキバデート以来じゃないか?」
「そ、そうだね。あの時は楽しかったなぁ」
ジョーカは俺の横に座って雲ひとつない空を眺めてた。
そこしか見ることができませーん!
「楽しかったな。そういえばあれ以降どこも行けてないな。どこか連れて行くって約束したのに…悪いな」
あのデートの後に『今度は俺が面白い場所へ連れて行くよd( ̄  ̄)』なんて送っておきながら何もしてない。
「ううん。大丈夫、また2人で出掛けられるって信じてるから」
うおっ…最後の『信じてるから』という単語とキラキラした瞳でこちらを見られたので使命感を感じました。
帰宅したら速攻プラン考えよう。
「むぅ。その感じだと『何も考えてませーん』って感じでしょ?」
「あ、わかっちゃった? その…悪い」
するとジョーカは更に俺に近づいてきた。
フゥーと俺の耳元に息を吹きかけてきて、その後俺の耳たぶをパクッと食べた。
「うぉわーーっ」
俺は耳を押さえて左側に重心をかけると温泉の成分でツルッと滑ったがなんとか倒れず済んだ。
焦った…。
その後2人で風呂を上がって脱衣所で着替えていてパンツとズボンを履いたところでジョーカがスーッと近づいてきて再び耳たぶをパクッとされた。
「うわっ!」
避けようと体勢を変えるとバランスを崩して転んでしまった。
「キャーー」
とっさの判断なのかわからないがジョーカの腕を掴んでしまい二人で倒れこむ。
「痛たた。ごめん…大丈夫? えっ? 」
状況を説明すると俺の上にジョーカが乗っている。
タオル越しに意外と大きい胸の感触が伝わってきて、その……言葉に出来ません。
しかも、ジョーカは動こうとせずにニコニコしている。
「ジョーカ…あの…」
「チャンスだから、動かない…このまま理稀くんの温もりを感じたい」
チャンスとは?
さて…どうしたものか。
これは少し刺激を与えて無理矢理離れてもらうか。
好感度下がるかもだけど…
俺は左右の腕をジョーカの背中に回して抱きしめる形にしてみた。
そうすれば驚いて逃げるだろう( ̄+ー ̄)
すると予想通り「キャッ」と声をあげて驚いた。
作戦成功……とはならなかった。
なんか俺が『楓…もう離さない』的な意味で捉えてられてしまったようで、好感度爆上がりして、余計に離れようとしなくなってしまった。
「もう。大胆なんだからっ♡ そういう理稀くんもいいわね」とのこと…
好感度上がったし結果オーライ?
そこからしばらくこの状態が続き5分ぐらい経った時そろそろリビング戻ろうってことになってようやく解放された。
その間、誰も入ってこなかったのが不幸中の幸いだった。
こうして朝から重い1日が始まりました。
今日も楽しんで行こーー……。
はぁ、朝から疲れた…
あたし亜梨栖ちゃんは初めて夜這い?というものをやっちゃいましたー(//∇//)
ま、夜中にお風呂入って部屋に戻ろうとしたら部屋の鍵が閉められていて戻れなくなったんだけどね。
え? 平野ちゃんって涼夜君と二人きりになりたいのかな。
そう思って『仕方なく』←ここ重要ね。仕方なくそして偶然鍵が開いていた理稀の部屋にお邪魔したわけよ。
そしたら1つのベッドに2人で寝てるんだもんそれはお姉ちゃんとして許さないわよね?監視するべきよね?
ということでベッドに忍び込みおやすみー。
隣に弟の寝顔を見ながら寝れたのは割と幸せでした。
家に帰ればいつでも見られるんだけど出先だと特別感があって好き。
そして射し込んできた朝日によって眼が覚めると隣に下着姿の神田先生が寝息をたてていた。
それに、あたしってば寝相が悪いのかしら…神田先生の寝顔が10㎝もないところにあったし理稀の姿がない。
「うぅーん…逃げないでよ」
寝言を言いながらあたしに抱きついてきた。
女性に抱きつかれるの初めてなんだけど包容力?のおかげかな。
わ、悪くないわ。
そして今神崎亜梨栖は神田先生に抱きつかれた状態なのです。
これ、どうしよ…
そのまま時が流れた。
「うぅん…おは……あ、れ? あれれ?」
神田先生起床されました。
「お、おはようございます…あははっ」
「神崎さん…いえ、亜梨栖ちゃん? その格好は?」
よくよく考えると下着姿の女性と全裸の女子が2人ベッドにいるって異常だよねーあはっ…
ヤバっ…笑えね…。
「なんでわたしは亜梨栖ちゃんに抱きついているのかしら?」
「さ、さぁ? あたしは被害者です、あはは…」
「ひ、被害者? わ、わたしったら手を出してしまったの? ご、ご、ごめんなさい。そ、そのアレな事はしてないわ…よね?」
「えぇ。特に」
そういうと安心したのかふぅと肩を下ろした。
「よかったわ。朝起きてこの状態だったから焦ったわよ。そ、それにしてもこの状態複雑ね」
神田先生は目を泳がせている。
「そ、そうですね…あたし服着ますね…あれ?」
そういえばあたしの服ってどこに行ったのかしら?
昨日お風呂に浸かって…バスタオルを巻いてこの部屋に来たんだから……。
脱衣所ですね。
あちゃーどうしましょ。
「あのー。全部脱衣所に置いてきちゃいました…どうしましょ」
「という事は…そ、その裸で昨日は歩いていたというの?」
「バスタオル巻いてましたけど、まぁそんな感じですね」
すると神田先生は腕を組み考えた。
「そうね…とりあえず寝ましょ」
はぇ? ね、寝る?
あたしがキョトンとしてると神田先生はゴロンと横になった。
「まだ7時前よ? 休みの日は9時まで起きないってことにしてるのよ。亜梨栖ちゃんも一緒に寝ましょ」
神田先生はふぁーっとアクビをしてから隣をトントンと叩く。
気がつくと横になっていた。
すると神田先生はあたしをギュッと抱きしめてきた。
最初はそれは無いわーとか思ったけど時間とともによくわからない安心感に包まれた。
「なんかお母さんみたいですね」
「あら、それはどういうことかしら?」
「いやぁー、その…深い意味はなくてですね…包容力があるというか……こうやって人を幸せに出来るってことです!! まるでお母さん!」
「そ、そう…ここだけの話、わたしの体清らかだから。 お母さんの可能性ゼロだから…ってなに言わせてんのよ!」
へぇ…こんな美人なのに無いんだ。
「なによ。ニヤニヤして! そ、そーいう亜梨栖ちゃんは…あ、あるわけ? 経験…」
「あ、あたしに聞いちゃいます?」
それはそれは興味津々に頷く神田先生。
「聞くわ。何人もの男を食べてそうだもの」
あ、あたしってそんなビッチに見える!?
「無いですよ!!」
キョトンとしてから「またまたー冗談をー」
なんて言ってあたしの肩をポンポン叩く。
「見た目こんなんだからよく言われるんですけど…本当に無いんです」
「その……お付き合いしたことも?」
「ないですよ?」
何か文句でも?と言わんばかりに作り笑顔で答えてやりました。
「ふぅーん。ま、わたしも同じよ。だからバカに出来ないし。しないわ」
さっきの態度訂正したい…絶対バカにされると思ったんだもん!
「わたしね。昔会ったある人しか好きになれないのよ。正確にいうとその人に似ているあの子も好きだけどね。だから今まで全部断ってきたし、いくらイケメンだろうが有名人だろうがお付き合いする気はゼロね」
か、かっこいい!!
こんなに芯を持った考えの人周りに居なかったし、羨ましい。
「神田先生あたしとそっくりですね。見た目こんなんだから変な誤解招くんですけど、考え一緒です。 あたしの場合ちょっと複雑なんですけどね」
「神田先生なんて堅苦しいから恵海とか、どこぞのアホみたいにメグちゃんとでも呼びなさい」
その瞬間隣の部屋からクシャミが聞こえた気がする。
「亜梨栖ちゃんの場合あれでしょ。 弟くんが好きなんでしょ?」
え……?
「いやいやー。バレバレよ? あんなに溺愛してるんだもん。誰が見たってわかるわよ」
バレてたー。
「それに。弟が好きじゃなかったから亜梨栖ちゃんはここにいないわよ。 わたしのことが好きじゃない限りね」
あっ、確かにそうだわ。
「恵海ちゃんのこと好きになりました。これから相談してもいいですか?」
この学校に入学して初めて相談出来そうな人を見つけた。
「えぇ。そう言ってもらえると嬉しいわ」
「それにしてもこの格好で相談ってすごいですね」
「そうね。ま、続きは今夜お風呂にでも入って語りましょ…ふぁーおやすみ」
「ふふっ、おやすみなさい。」
この数分でめちゃくちゃ距離が近づいた気がする。
こうして二度寝したのであった。
それからどれくらい寝たのであろうか。
ふと目を覚ますとベッドにはあたし1人になっていた。
枕元にはあたしの着替えが置いてあった。
恵海ちゃんありがとう!!
それに着替えてからリビングに向かうとそこには楓ちゃんが1人でテレビを見ていた。
「楓ちゃんおはよう。みんなは?」
「あ、亜梨栖さんおはようございます。みんな出かけて行きましたよ」
ほほぅ。みんなあたしと置いて出かけたとな。
待てよ? ってことはあの子に理稀取られた可能性高い!
「そ、そうなんだ。みんなどこに出かけたか知ってる?」
焦りを表に出さないようにしてるけど…た、大変ね…。
「軽井沢駅の方に行ったみたいですよ。正確にはわからないですけど…」
「そ、そう。ありがとう。 楓ちゃんは出掛けないの?」
「わたしはお留守番です」
そう言って微笑むと立ち上がって朝ご飯を用意してくれた。
こんな嫁が欲しい…ってあたし女なんだけどね。
椅子に座るとテーブルにトーストとベーコン、レタスのサラダを出してくれた。
「今回はトースト成功しました。最初に焼いたやつ焦がしちゃったんですよぉ」
「そうなんだ…」
あたしでも失敗したことないよ?
「その焦げたトーストは理稀君が食べてくれて……『せっかく焼いてくれたんだし食べるよ』って言ってくれて。あぁ…カッコいい」
楓ちゃんは頬に手を当てて体をクネクネされている。
ヤバっ…どう反応していいかわからん。
「そ、そうなんだ…。さすが自慢の弟だわ」
これでいいのかな?
「最高です……」
楓ちゃんも理稀のこと好きなのね。
まったく、何人の女の子を惚れさせているのよ。
ま、姉として鼻が高いわ。
そんなことを考えながら朝ご飯(11時を過ぎていたからもうお昼ご飯?)を済ませた。
それから1人で駅の方まで行くの面倒なので別荘の周りで1日を過ごすことにした。
散策すると意外と面白く、池の底から湧き水が出て透き通った池があったり、小さいアスレチックで遊んでみたりした。
アスレチックで遊んでいるとヤケにミシミシ軋む音がしたのでやめました…
あたしそんなに重くない!!
その後も散策を続けると丘の上にある一本の木を見つけた。
その下に人影が見えた。
最初は見えてはいけないものかと思ったが実の弟でした(笑)
木の品種?はわからないけど近くにカシワの木と書いてあった。
理稀は芝生に寝っ転がりながら空をながめていた。
近づくとあたしに気づいて起き上がった。
「おはよう。寝坊助さん」
なっ…。
理稀があたしをからかってきた。
べ、別に嬉しくなんてないんだからね!
「お、おはよう。二度寝よ」
「なんで、ニヤニヤしてるの? 何か良いことでもあった?」
「何にもないわよっ!!」
そう言って理稀の横に座って彼の頭をくしゃくしゃとした。
「な、なに?」
「ふふっ。なんとなく」
理稀は少しむすっとして再び正面を向いた。
「あのね…理稀」
「どうした?」
ずっと言おうとしてたことが今なら言える。
言えなかったことを…
「あたし…理稀のこと…」
理稀は思いがけない言い出しに思わずこっちを見てきた。
「ずっと言えなかったんだけどね…理稀のこと…」
緊張する…(><)
「な、なんだよぉ。早く言ってくれよー」
チラッと理稀の方を見ると目を逸らされた。
「理稀のこと…………追い出してごめんね!!」
その一言の後静寂に包まれた。
草や木々の揺れる音がその場に響き渡る。
「お、おう…別に良いよ? 気にしてないしっ!!」
理稀は何故かムスっとして寝そべった。
「なにムスっとしてんのよー。もしもーし」
横になった理稀の体を揺らす。
「別にしてないし!」
「で、あたしの髪型とかファッションどうだった? ねぇ? ねーってば!」
「可愛かったです。はい」
むぅ…気持ちがこもってないからやり直しね。
「もーいっかい!」
「ヤダよ! 恥ずかしい…」
正直になれない子にはお仕置きね。
あたしは理稀の耳元に近づいた。
「ねぇ…あたしから『好き』って言われると思ったでしょ」
「ふわぁ! そ、そんなわけでないだろ!」
予想的中ね。理稀の目が泳ぎまくってるわ。
もう…可愛いんだから♡
その後理稀の肩に身を寄せながらただ時が過ぎるのを待っていた。
昔あったおもしろ話やお互いのトラウマや黒歴史を言い合ったり、あたし的に幸せな時間を過ごしていた。
それからネタ尽きてお互い寝っ転がっていると右の方からポトッという音がした。
2人して音の方を見るとイモムシがウネウネしてあたし達の方を見るとペコっとお辞儀した。
これ本当だから! 嘘じゃないから!
……。
「「ギャーーーーーー」」
あたしと理稀は大の虫嫌い。
特に幼虫と言われるものは全般的にダメ。
2人は今までに無い全力疾走で別荘に戻る。
自然と手を繋いでいて、理稀がリードしてくれていた。
「ちょ…理稀早すぎるってー。足がついていけないわ」
「ムリムリムリー。 あーもうなんで居るかなぁ?」
「ねぇねぇ。聞いてる? ちょっと…減速を……」
「なんだって? とりあえずここら辺まで来れば平気だろう……疲れた」
2人とも息が荒くなっていた。
お互いの顔を見合わせると自然と笑みがこぼれてきた。
「もう。男の子なんだから虫ぐらい平気になりなさいよね」
「いやいや。無理なものは無理だって」
理稀は顔を横にブンブン振って拒絶してた。
「てか、幼稚園の頃平気じゃなかった? 虫かごに青虫入れて持って帰ってきたじゃん」
「あれね。 不思議とあの頃は何ともなかったんだよね…」
時が経つと共にダメになるものもあるわね。
「あの時姉さんにめっちゃ怒られたっけ。 『こんなん連れてくるんじゃないわ。おバカーー』ってね」
「え、そうだっけ? 覚えていないわね」
そんなことあったような…ないような。
確か面倒見きれなくて誰かにあげたような?
「あの時誰かにあげたよね?」
「今同じこと考えてた。 誰だっけ?」
「確か『ふーちゃん』だよ! 元気かな」
うわっ、懐かし!
小学校低学年の頃に転校しちゃったんだよなぁ。
ふーちゃん…あれフルネームなんだっけ?
「フルネームなんだっけ? 思い出せないんだよね」
またしても理稀はあたしの考えていることを口に出した。
「今同じこと考えて…いやいや、本当だから」
「またそうやって適当なこと言ってー。別に良いけど」
「本当なんだって! あたし達相性抜群なんじゃない。以心伝心ってやつ?」
「うーん…違うようなぁ。そういえば、前にふーちゃん夢に出てきたんだよね。『今度会いに行くから待っててね』って言われた(笑)」
「どんだけ会いたいのよ(笑) ま、どう成長しているか気になるけどね。より男の子っぽくなってそうね」
「確かにー。最初男だと思ってたもん」
それで2人がケンカして、それを止めようと思ったけど無理だと判断して逃げたのもいい思い出。
その後理稀から『お姉ちゃんが消えた!』って心配されたっけ。
「そのうち会えるんじゃない? 正夢ってあるからね。やっと…着いたわよ」
遠回りしたのか行くときより時間かかった気がする。
「やっと着いたね。疲れたー」
玄関を開けると2人してリビングのソファーに倒れこんだ。
ふーちゃんか…
懐かしい響きね。
そして迎えた2日目の夜。
お出掛け組みの帰宅が夜8時前過ぎになるらしいので俺、姉さん、ジョーカの3人で飯を済ませた。
最初姉さんが『あたしが作るから。任せてくださいな』なんて言ってたけど俺はそれを必死に止めた。
ジョーカは『なんで止めるの?』みたいな顔をしてたので、姉さんが作ったデスフードを食べさせた方がいいかもしれない。
けど、旅行最終日にこの3人がぐったりすることは避けたいし、それが原因で嫌いな食べ物を増やしてしまったら申し訳ない。
結局残り物の食材を集めて豚肉の生姜焼き、ポトフ、サラダを作ってそれを食べた。
「えー。夜ご飯に生姜焼きー?」
なんてボヤき始めたので没収すると抱きつきながら謝ってきた。
「出されたものに文句を言ってはいけません」
なんてジョーカからもお叱りを受けていた。
ジョーカからお叱りを受けるとは思わなかったらしく素直に謝罪して生姜焼きを食べていた。
すると「美味しいわ!」と絶賛されました。
夜ご飯を食べ終えて食器類を片付けているとお出掛け組が帰ってきた。
全員が両手に袋をぶら下げていたので、いい買い物ができたんだろう。
荷物を各部屋に置いてから再びリビングに集合してくじ引きが始まった。
個人的に昨晩と同じ組み合わせでいいと思うんだけどなぁ。
べ、別に恵海と一緒に寝たいわけじゃないからね?
意外と一番平和なペアな気がする。その次だとジョーカかな。
ま、涼夜ペアに越したものはないだろうけどそうならないように仕組まれているのではないかと思う。
俺が一番最初にくじを引きその後我れ先に女性方が引き、最後に残った涼夜が引いている。
ちなみに昨晩は一番最初にくじを引いたのが恵海だった。
なので恐らく結果を知っているのではないかと思ったので、くじをすり替えることにしました。
それに気づいていないようで、俺が場所を決めて、その後我れ先に女性方が場所を決めて最後涼夜が場所を決めた。
くじオープン!
A室…俺、ジョーカ
B室…姉さん、月羽
C室…恵海、愛依奈、涼夜
という結果になりました。
よかったー。
これで安心して眠れる。
今夜は速攻鍵かけてやる!
晩飯も食べて終えているので部屋割りが決まると各部屋に散っていった。
姉さんと月羽に至っては2日連続で同じ部屋なので文句も出ないほどガッカリしていた。
2日連続で一緒になるなんて相性良いんですね(笑)
こんなこと口に出したら最後だなと思いながら2人の背中を見送る。
結局居残り組のジョーカと俺が最後までリビングに残った。
風呂は23時以降に入ってくれとのことなのでとりあえずA室に向かうことにした。
荷物を持ってA室の方は向かうとジョーカに袖を掴まれた。
……?
「今日のお部屋は別なの。こっち来て……」
「別の部屋? 了解」
ジョーカはそう言って俺を別荘の奥の方は連れて行った。
こんな奥行きあったんだね…
浴室の入口から4部屋ぐらい先にある真っ白な扉の前に連れていかれた。
扉を開けて中に入るとプラネタリウムがあって、天井に数多くの星々が映し出されていた。
この部屋はプラネタリウム専用の部屋というわけでないようで部屋の真ん中にはキレイにされたベッドが置いてあり、部屋の隅にはクローゼットやタンス、鏡など置かれていた。
「わたしね……好きな人と一緒に星を眺めるのが夢だったの……。 あ、あの、好きな人ってね、そう意味じゃなくてー。えと、えーっと…」
自分で言って、自分で慌ててるジョーカを見てると微笑ましい。
「とりあえず座って眺めよう。こっち」
俺はベットに座り隣をポンポンと叩く。
「う、うん!!」
それから2人で天井に映し出された星空を眺めていた。
俺はふと思い出したことがあったので、時計を見ると24時過ぎでいつのまにか日付が変わっていた。
あと30分ぐらい経ったときがベストだろう。
雑談をしているとあっという間に30分経ったので俺は立ち上がった。
「ジョーカ…いや、楓さん。少し外に出ませんか?」
そう言って手を差し出した。
ジョーカは頭に?を浮かべてキョトンとしている。
その後ニコッとしてその手を掴んでくれた。
2人でこっそりと別荘を抜け出してから例の丘に向かった。
あのイモムシとこんにちはした場所に…。
いやいやと首を振ってあの事を忘れようとするけど脳裏に焼き付いていて1人でゾッとしていた…。
そして丘に着くと、遠くに街明かりが見えて空にいくつもの流れ星が行き交う。
「わぁ……す、すごい」
隣のジョーカを見ると空を見上げて固まっていた。
その表情は嬉しそうだったのでよかった。
「今朝のニュースで今夜何とか流星群がピークとか放送してたからね。喜んでもらえてよかった」
「うん。 本物を見るのは初めてだから…すごく嬉しい」
流星群を見るのは初めてだけど本当にいくつもの流れ星が通るんだな。
「ねねっ、願い事した?」
ジョーカは空を見上げながら呟いた。
「これ願い事3回か無理だよな。 単語を言うのも危うい」
もし言える人が居たら早口ってレベルじゃない(笑)
「確かにそうだよね。でもね……」
ジョーカは空から俺に視線を移動させた。
「もしこの短い時間に3回も言える願い事っていうのはそれだけの熱意や想いがあると思うの。それだけの事が出来るなら願い事を叶えるのなんて容易な事って意味なのかなって思うの」
「なるほど… そう意味なのか」
「わ、わからないけどね! わたしはそう思うの」
少し考え込んでしまった。
俺にはそこまでの願い事はあるのか?
昔はあったんだけど、最近では『願い事』と言えるものは存在しないな。
強いて言うなら……。
クシュン。
隣でジョーカがくしゃみをした。
俺はそっと羽織っていたカーディガンをジョーカにかけた。
「あ、ありがと…暖かい…」
「もっと早く気付くべきだったな。悪かった」
「ううん。気にしないで!」
「結構満喫したしそろそろ戻るか。このままいたら風邪ひきそう…」
そう言って立ち上がり2人で戻った。
戻る途中でふと振り返ると満点の星空の下にあるあの大木がとても絵になる。
写真を撮りたいと思ったがスマホを取り出してそのまましまった。
写真に残すよりこう見たものの方が記憶に残るし、いい思い出になるような気がした。
左肩に寄り添っているジョーカをチラ見すると目が合いニコッとしてきた。
明日でこの旅行が終わると思うと少しだけ寂しく思えた。
また、計画して出掛ければいいか。
「また、出掛けような!!」
ジョーカは一瞬キョトンとしてから「うん! また行こっ!」と言って部屋に戻った。
こうして2日目終了。
明日は帰るだけだし何も起こらないよな…?
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