雨の日の少女

カレイ

第1話 雨の日の出会い

 いつも、雨の日には日には決まって悪夢を見る。

 思い出したくない、とても気持ちが悪くなる悪夢だ。

 血の匂い、誰かも分からなくなってしまった顔、遠くで聞こえる救急車のサイレン、騒めきだす人の声。



 あの日、僕は何も出来ず、ただ呆然とその光景を見ていた。



「…っはぁ!…はっ…はっ…はぁ…」


 どんよりとした暗い雲に、雨が激しく地面に打ち付けられる音。おおよそ…というか普通にいい朝とは言えない暗い朝に起床した。

 そんな朝に起床した高野有希たかのゆきは、雨の日に決まって見る悪夢から覚めたばかりだった。


「…いつまで付きまとう気だよ」


 誰もいない部屋で一人悪夢に向かって愚痴る。…が当然帰ってくる返事はなく、また激しい雨の音で部屋が満たされる。

 幼い頃の話だ。その日は運も悪く、記録的な大雨の日だった。両親は叔母の家にいる自分の迎えにくる途中のことだった。叔母が住む一軒家の玄関で傘をさし、叔母と両親を待っていた。すると遠くで両親の車らしきもが少し先の交差点で止まっているのを見つけた。見えるかどうかわからないが両親の乗ってる車に向け、手を振った。

すると、助手席にいた母が振り返したと同時に車が発進した。そのときだった。横から一台のトラックが両親が乗る車に向け勢いよくぶつかった。

 激しい音とともに両親の乗った車がいとも簡単に吹き飛ばされる。しばらくの静寂を経て、徐々に場に人が集まり、「はやく救急車を!」「可哀そう…」「マジやばくね⁉」などその場に集まった人たちがざわめき始める。

 しかし、そのとき小学三年生であった僕は、その光景をただ眺めることしかできなかった。


 僕の忘れられない、忘れることのできない後悔だ。



「…飯…食べるか」

 そんな悪夢を見たことなど忘れ、飯を食べようとベットから身を起こして、二階の自分の部屋から一階のリビングへと向かう。

 リビングのドアを開けると、味噌汁や焼き魚のいい匂いがしてきた。朝食は普段、妹が作ってくれている。


「あっ、兄ちゃんおはよー。もうちょいでできるから待っててね」

「はいよ」


 なんていつも通りの朝の会話をする。今朝食を作ってくれている妹は高野桜たかのさくらという。今では大切なただ一人の家族だ。

 そして程なくして朝食ができ、次々と美味しそうな料理を妹がテーブルの上に載せていく。


「…いつも飯とか家事やってくれてありがとな」

「え?なに?怖いよお兄ちゃん…熱でもある…?」

「ただ素直にお礼言っただけだよ…。ごちそうさま」


 こんな変わらず他愛のない兄弟の会話が、なんだかたまらなく幸せなものに思えてくる。今朝、あの悪夢を見たせいか、単に僕の機嫌が良かったのかは定かではないが。

 授業道具をバッグに入れ、制服を着て、鍵やケータイを持ち学校へ行く準備を整える。

 今日から始業式が始まり、僕も高校二年生になる。だからといって特に変わらないだろう。僕の日常に、変わりはないだろう。


「よし…、行くか」


 出る前に身の回りの所持品を確認し、ドアを開け、少し大きめの傘をさして歩きだす。

 今朝は降る雨が強いのか既に道は水たまりばかりだった。僕は少し嫌な顔をしながらいつもの道を歩いていく。

 いつものっていいなと不意に思う。変わらないってことはそれだけ世界が平和ってことだからだ。変化するものにエネルギーを使わなくていいということだ。


「今日も世界は平和だねー…」


 なんて独り言を言いながら人のいない住宅街を歩いていく。



 そのときだった、道の少し先に同じ制服の少女がいた。肩まで伸びた綺麗な黒髪でずぶ濡れの美少女がいた。

 ずっと上を見ていて、前髪が目が隠れるくらいに張り付いていた。制服も濡れすぎて今にも透けそうである。

 そんな少女にしばらく呆然と見ていたが、しばらくして我にかえり。慌ててその少女にはなしかける。


「すいません!もしかして傘がないんで…」


 話かけた瞬間、その少女はゆっくりとこちらを見て、不意に目が合う。

 その瞳はすべてを引き込むほど黒く深く、輝いていた。


 そのときは思わなかったんだ。


 この出会いが、僕の人生を大きく変えることになるなんて。




 

 

 

 

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