虹を破る者
六亜カロカ
プロローグ:ある夕暮れの出来事
2100. X. X
《東京都郊外》
カチリ、と音がして、握り込む漆黒のデバイス──懐中電灯のような形をしている──は刀へと形を変えた。
磨きあげられたような漆黒の、刃渡り70センチ。
俺たち
日本に伝わる伝統的な刀になぞらえて形作られたのは、変わり果ててしまったこの国において、日本という存在を忘れたくなかったから……なのだろう。その気持ちはよくわかる。俺はまだ未成年なのだが、当然学校には通っていない。これくらいの年代になると、働くか軍人として戦うかを選ばされる。ちょっとばかし特殊な境遇にいる俺は、やむなく戦う道を選んだというわけなのである。
そうして現れた漆黒の刃に思わず見とれそうになって、首を振った。一見するとただの平べったい棒のようだが、見た目の数倍は切れ味を持つことを、俺は(身をもって)知っている。足の上に落とそうものなら、間違いなく靴が破れるだろう。……そもそも、今は気を緩めていい時間ではないし。
その時。図ったように、空気が揺らぐのを感じた。
「──!!」
「来た」
目をあげれば、そこには刃と同じく漆黒の化け物が佇んでいた。
体の端の方で空気と溶け合っている。今まさにこの瞬間、ここに現れたらしい。
つまり、こいつはまだ空気中の
まだ応援は到着していない。しかし、これなら1人でも殺れると判断して、駆け出した。
刀を握る右腕を低く垂らし、地を滑る。夕暮れ時の薄闇に、破虹師の黒い戦闘服はよく馴染んだ。あっという間に化け物に肉薄すると、跳躍。戦闘服の身体能力アシスト性能を存分に振るって、俺の体は赤い光芒を引きながら宙に踊った。
体高2メートルはくだらない化け物の頭上に到達すると、刀を真下に構える。すると、ばっくりと音が聞こえそうなほど大きく、化け物の口が裂けた。
人間の肉が大好きでたまらないこいつらは、本能レベルで人間を喰らおうとしているのだ。
だが、と目を細めた。
俺を食えると思うなよ。
そのまま、ぎらりと夕日にきらめく刃を──垂直に押し込む。
バターを裂くような感覚とともに、俺の体は化け物の口に沈む。刃はやがてアスファルトにガツンと当たって止まった。化け物の体が真っ二つになったということだ。外から見れば、俺が化け物に飲み込まれてしまったように見えるかもしれない。しかし恐怖はない。この戦闘服を着ている限りは、肉体がこいつらに
「……さぁて」
ゼリーの中に手を突っ込み、目当てのものを探す。切り口がバクバクと蠢いてふさがろうとしているが、その動きは鈍い。破虹師専用のこの武器──
やがて化け物は、力尽きたように左右に割れて、潰れた。日の沈みかけた空が再び見え、少しだけぬるくなった風が頬を抜ける。同時に、目の前にころんと赤い玉が転がってきた。
これこそ、俺が探していたものだ。
この赤い玉──核を潰さない限り、化け物は死なないのである。たとえ、こんなふうに崩れてしまっていても、そのうち元気よく体をくっつけ始める。まるでアメーバだ。
そんなわけで、休んでいる暇はない。核に刃を突き立てると、勢いよく潰した。これが一発でできるようになったのはまだ最近だったな……と情けないことを思い出しているうちに、周囲に飛び散っていたゼリーがピキッ! と凍りついたように固まる。これ以降、化け物は活動できない。
いつ見ても不思議な光景だが、極悪な化け物の終わりとしては少し地味な気もするな。
討伐完了。
結晶状になったこの黒い塊を回収して、本日の俺の仕事はめでたく終わりと相成る。
刀を懐中電灯状のデバイスに戻すと、腰から新たなデバイス──結晶を回収するための掃除機みたいなやつを取り出した。結晶をカリカリと吸い込んでいく。
その時、持っていた端末が震えた。
きっと世世さんだな。
掃除を中断して通信状態にすると、思った通りの女性が悪態をつくのが分かった。
『はァ……
「ああ、そうだ。ちょうど生まれたてのところに遭遇できたから、一人で殺った」
『……ったく、お前は昔から勘だけはいいからな。虹化体の出現予測地なんて、
「ぜってー嫌だ。……じゃ、俺まだ虹晶の回収終わってないから切るぞ」
『あ、おい!』
勘、ね。
恐らく眉間を揉んでいるのだろう女性を適当にあしらって通信を切ると、ひとまず空を仰いだ。忌々しいまでにくっきりとした虹が見える。
俺が今倒した化け物は、虹化体と呼ばれている。
24時間365日空にかかっている虹から生まれた怪物で、人を喰らい、また人を虹化体にしてしまうことさえある災厄だ。
虹が生まれてから87年を数える現代に至っても、その根本的な対処法は生み出されていない。
人がチマチマチマチマぶっ潰していくしかないのだ。
「虹化体を世界から消し去る──か」
幼い頃に交わした約束が、胸を締め付ける。
「いつ終わるんだよそれ……」
頭を振る。
妹があんなに頑張っているのだから、俺が弱音を吐く訳には行かないだろう。頬をぱちんと叩く。
その後、掃除を終えて本格的に帰途につこうとした俺を、呼び止めるものがあった。
「……その声は」
いや、だって、おかしいだろ。
状況の理解できない俺は、ゆっくりと振り返る。
そこには、凶悪そうな刃物を構えた
本能がヤバいと叫ぶ。
辛うじて悲鳴は上げなかった俺は、その人に背を向けると一目散に走り出した。だが、後を追ってくる足音が聞こえる。なんだ、なんだ、これ。……戦闘服のアシストを使っても、振り切れないって……!
街を走り抜ける俺と、悠々と、しかし絶望的な速度で追ってくるあの人。
そもそも体力のない俺は、数分も全力で走り続ければ足が言う事を聞かなくなってくる。……今日はかなり軍から遠い討伐依頼を遂行してしまった。俺にこのあたりの土地勘はない。こんな時に逃げ込めそうな場所は都合よくは見つからなかった。
「はぁ……はぁっ! あ、あ……っ!」
そしてベタなことに、道に落ちていた小石に躓いてしまう。ぐらりと揺れる視界。残った理性で体を反転させると、口元を歪めながら猛追してくる人物の姿がほんの数メートル先にあるのが見える。
そして追いつかれた。
「な、なあ、なんで……こんな。俺、何か、悪いことを」
「……」
「答えろよ……!」
人物は泣いていた。泣きながら、刃物を俺の首にあてがい──
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