三毛



 我が輩は猫怪びょうかいである。名前はまだない。体毛が橙と茶色と白の三色だから、仲間からは『三毛みけ』と呼ばれている。

 他の猫怪も同様だ。茶トラ柄は『茶トラ』だし、ぶち模様は『斑』である。

 我々は名前にさほどこだわりを持っていない。


 ただし、例外もいる。莉莉のように黒毛であるにもかかわらず名を持つ猫怪だ。自己顕示欲が強く、当然のように名前を持つ人間にあこがれを抱いているからなのやもしれぬ。


 莉莉は我々ほど人間に警戒心を抱いてはいない。

 人間の少女ーー玉玲といったか、玉玲にも真っ先に近づいていったし、冥府への先導者と恐れられているあの太子にもすぐに打ち解けた。

 おそらく、あやかしになる前の記憶が関係しているのであろう。

 たいていのあやかしは人間からひどい仕打ちを受けてあやかし化したが、莉莉はそうではなかったのやもしれぬ。


 人間は悪だ。この世の全ては自分たちの物であると主張し、他の種族はぞんざいに扱い、時に排除する。我が輩もそう思っていた。

 だが、玉玲は違った。誰にでもわけへだてなく接し、我々の心をなごませようと懸命になってくれている。

 食べ物がうまいと感じたのは、何百年ぶりのことであろうか。

 彼女が我々のために披露した『ひとり雑伎』というものにも多大なる興奮を覚え、ずいぶんと楽しませてもらった。


 あの太子も、どうやら我々が考えていた人間とはだいぶ違うようだった。

 我々を恐怖のどん底に陥れた第二皇子を、実の兄弟を手にかけた男だ。どれだけ無慈悲で野蛮な男なのかと恐れを抱いていた。

 これについては偏見であったと反省しなければならぬ。

 実際に目で見て話を聞いてみると、哀れな事情を持つただ不器用な男であると気づいた。その背景には思わず同情し、手を貸してやったほどだ。


 人間は我々が思っていたような輩ではないのやもしれぬ。

 少なくとも玉玲と太子に関しては。

 これからは偏見を捨て、二人の動向を陰から見守ることにしよう。


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