薔薇の奇術に魅せられて
もろこし外郎
一章 アイスブレイク
第1話
夏休みが終わり、迎えた秋。
高校に入学してからこれで七回目となる。部活動の勧誘というのは、正確には卓球部の面々のことで、入部する気のない智大は、傷つけない言い回しでそれとなく断っている。その卓球部の面々というのも、中学の頃からの知り合いだ。かつて練習試合で戦った元他校の学生や、中学時代の先輩等、智大を知っている者ばかりだった。
智大はほとんどの時間を自己研鑽に費やす。同級生然り、卓球部員然り、その勤勉さと整ったルックスから親しくなろうとした者も多かったが、しかし掴みどころのない性格と対峙しているうちに、周りも一定の距離を保つようになった。
孤独を覚えないわけではなかった。けれど、独りでいることの過ごしやすさには代えがたかった。友人と面白可笑しく騒ぐことにも、異性と関わり恋をすることにも、智大は意味を見出せなかったのだ。
そして智大は考えるのである。僕の望むものは一体なんだろう、と。
「浦本ー! 一緒に帰ろうぜぇ」
学校から出たところで呼び声がし、智大は振り返る。駆けてきていたのは、クラスメイトであり、智大が唯一友人と呼べるであろう人物、
「真鍋君か」
柔らかな笑顔で智大は言った。壊れたテレビのように肩を叩き、治が隣に並ぶ。
「また勧誘されたんだって? もう二学期に入ったってのに、卓球部のやつらも懲りねえよなあ」
「なんでも今年は新入部員が少ないらしいよ。まあ、僕は知り合いだから誘いやすいんだろうね」
「だからあんなにしつけぇのか。浦本も帰宅部なんだからやりゃいいのに。バイトとかもしてないんだろ?」
「ん、まあ……今はやりたいことを探してる感じだから」
赤信号で止まった。言葉をつまらせ、智大は笑みを苦くする。実際、やりたいことを探していた。その過程の一つが卓球だったのだが、智大には合わなかった。
口ぶりからなんとなく空気を読んだのか、治が急にボールを蹴るふりをして誤魔化した。
「俺なんてあれだぜ、サッカーへの熱い想いを買われてさ、入部早々大活躍! 期待のエースだ」
「こないだボール拾いしてなかった?」
治がずっこけたポーズをとる。
「いやいや、できる男は気も利くんだよ。サッカーできて気遣いもできるとか最高にモテるだろ」
「……そう?」
「そう。であってくれ、頼む」
今度は泣きそうだ。智大は、ころころ変わる治の顔をじっと眺めた。
「僕にできるかな、やりたいことなんて」
「ま、色々やってりゃそのうちできるだろ。焦ったってしゃあねえしゃあねえ」
謎に手をひらひらさせてそう言い、治は足を速めた。焦って追いつこうとする。そうして手のひらひらの正体が別れの挨拶だと気づいたとき、治は地下鉄へと消えていた。
色々やってりゃそのうちできる、か――。
治の言う通りだった。きっと趣味なんてそんなものだ。いつか新しいものに出逢い、やりたいという感情を見い出せば、それは自分の中で『やりたいこと』なのだろう。
電車に乗り、誰かの手汗で滑るつり革をぐっと握る。一人になると、智大はますます思考した。目の前に座るサラリーマンたちは読書やゲームで時間を潰しているが、自分にはそれもない。
わずか数分でこの調子だった。人を支配する錯覚とは、往々にしてこんなものなのかもしれない。答えのないことを考えたり、考えなかったり。
そうして駅のホームに降りると、智大の頭には一つの気まぐれが熟成されていた。公園に行こう――。
治の残した色々が明後日の方向へ進んでいたのだ。
智大は公園のベンチに座り、鞄を膝の上に置く。
きぶし公園。
市街地にしては広い公園だ。決まって公園の中央を陣取る滑り台や、存在理由のわからない埋まったタイヤはなく、代わりに大抵の遊びには不自由しないスペースが取られている。
お日様の下でドッジボールをする小学生たちを眺めていた。まるで素朴そのものを見ているようだった。心から楽しんでいるのが遠目にもわかる。胸のざわめきが静まっていって、なんだか眠くなってくる。
パサッ。
そのとき、突然、胸元で乾いた音がした。閉じかけた目を開くと一本の薔薇が鞄に乗っていた。智大は手に取る。真っ赤な薔薇の造花だ。こんなもの、一体どこから出てきたのだろう。
きょろきょろと辺りを見回す。右を見、正面を確認し、
「……ん?」
左を覗いたところで智大は固まった。
「失敗ですわね」
珍妙な光景だった。左隣のベンチで、白いカーディガンの少女が握った左手を突き出し、顔面には真っ赤なハンカチを被っていたのだ。
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