第57話 知の天使ヴァイダ
「ヴァイダ!」
ゼアルにヴァイダと呼ばれた女性は見た目20代前半で、長い黒髪をやや適当に頭の後ろで縛り、黒いローブを見に纏った、どこか研究者を思わせる雰囲気を醸し出していた。
「お久しぶりです、ゼアルさん。直接お会いするのは300年ぶりでしょうか?」
「だっけ? もうちょっと会ってなかった気もするが」
いきなり桁のおかしい単位が出て来たため、そこで察してしまう。
どことなく人間離れしている登場の仕方をしたのも、きっとそれが原因なのだ。
このヴァイダという人物……いや、人間ではなく――。
「ねえねえゼアル、この人どなた?」
「アウロラ、敬語敬語。多分この方は……」
ちょいちょいと肩を叩いて注意したのだが、
「構いませんよ。ゼアルさんが認めてらっしゃる方なら私も懇意にさせていただきたいですし」
ヴァイダはにっこりと笑いながら顔の前でパタパタと手を振る。
固い口調に似合わず、ずいぶんと柔らかい性格をしている様だった。
「ナオヤは気付いてたみてえだが、コイツはヴァイダ。父上から知をを受け継いだ天使だ。つまりオレの姉妹ってところだな」
「アシル王国から参りました。よろしくお願い致します」
ゼアルの紹介に合わせてヴァイダは自己紹介しながら悠然と頭を下げる。
俺たちはひとまず姿勢を正し、同じ様に自己紹介を返す。
「ナオヤ・アカツキです。よろしくお願いします」
「アウロラ・メルグよ。仲良くして……下さるかしら?」
俺はいつも通りに。アウロラは淑女たろうとして少し間違った感じに名乗った後、ヴァイダと順に握手を交わした。
「それでゼアルさん。こちらのナオヤ様がその……?」
「ああ、異世界から来た人間だ」
「まあ」
花が咲いたような笑みを浮かべ、ヴァイダはジロジロと俺の事を見る。
正面から、斜めから、後ろから。果てはグルグルと俺の周りを回りながら観察して来た。
……何というか、非常に居心地が悪い。
このヴァイダという天使。ゆったりとしたローブを着ていたことで気付かなかったのだが、その奥に巨大な武器を隠し持っていたのだ。
アウロラとゼアルを足したところで到底敵わないほどの大きさ。……アウロラはゼロだから足しても意味ないか。
とにかくヴァイダが歩くたびにゆっさゆっさゆっさゆっさ揺れ、そこから何らかの超振動でも発せられているのではないかと思う位に俺の目は吸い寄せ――。
「ナオヤ、なんか変な事考えてない?」
「この目はあれだ。発情してる野郎がする目だ」
二人共なんでそんなに鋭いんだよ。
――じゃない、見てません。おっぱいなんて見てません。
二人にはまったく縁がない部分だよなぁなんてこれっぽっちも考えてないから。
「ご、ごほんっ。ヴァイダさん、俺に何か?」
「……はっ。いえいえ、申し訳ありません。興味深かったものでつい……」
つい、まだ見続けてるんですねって……なんか段々近づいてませんか?
しかも目に熱が籠ってるというか、なんかこう……紅茶キメてます? って感じのヤヴァイ目で……。
「組成にたいした違いはない……形状も……。機能はどうなのでしょう。魔力との親睦性とか……。ああ、解剖したい……バラバラにして何もかもを調べつくしてみたい……はぁ……」
「待って、なんかもの凄く物騒な言葉が聞こえた!」
切り刻まれるとか絶対嫌だからな!
「大丈夫だ。実際にやったことはねえよ………………人間はな」
「最後の何だよ! 他の事はしょっちゅうやってる感じで言うの止めろよ、めっちゃ怖えよ!」
ゼアルがふいっと横を向いてぼそりと呟いた内容に、思わず背筋が震え上がる。
人間は、という事は色々動物とか魔物とか解剖したのだろうか?
そこまで知的好奇心を持ってるって凄いけどさ、凄いけど……こっちに向けられるのは怖い。
「私の魔法で服を着ていても全て透視できますから解剖はさほどしなくても問題はあまりありませんから」
「そうですか……それはよかっ――」
「でもやはり実際に見るのは違いますよねぇ、うふっ」
「………………」
だから怖いってば。
「冗談ですよ、冗談。
なんでそんなに冗談なのを強調するんですかね……。ゼアルに守ってもらえるように気持ち重心移動しておこう。
「それで見た結果ですが……ナオヤ様からは父様の力を感じますね」
父様、という事は天使の生みの親なのだから、神様って事か。
魔王と敵対して人間を守った存在だ。
「何度か言われてます」
イリアスは確か……頭を弄られている、封印が施されているだったか。それからゼアルも最初会った時に父上の力を感じるとか言ってたな。
色々あって、結局は何も分からないからずっと放置していたけれど……知の天使と言われるこの人ならもしかして答えを出せるのかも?
「恐らく貴方がこちらの言葉を理解できるのはそのためでしょう。文字も容易く読み書きできるようになったのでは?」
「はい、その通りです」
どちらかと言うと、魔術式や真言の方が読みやすかったのはそういう理由なのかもしれない。
「貴方の体がこちら側の世界に実体化する際、父様が何かなさったのかもしれません。あくまでも推測の域を出ませんが」
「……それ以外に何か特殊な事とかされてませんでしょうか?」
「例えば?」
「何か特別な力を植え付けられたとか……」
こう、転移ボーナスによるチートスキルみたいなのがあったら超絶嬉しいんだけど。
「それはありませんね」
少し期待したのだが、即座に否定されてしまった。
もの凄くきっぱりと自信を持って言われたので、間違いないのだろう。
……ちょっと残念だ。
「そうですか、ありがとうございました」
「いいえ、お力になれたのなら幸いです」
そう言ってニコリと笑うヴァイダの顔は、野に咲くカスミソウの様に素朴な美しさを持っていて、化粧などをすれば大化けするのではないかなと、何となく思ってしまった。
「さて、ゼアルさんがあれほど仰っていたナオヤ様のお顔を拝見出来ましたので国王様へご挨拶に伺いたいのですが……」
案内していただけませんか? と小首をかしげてくる。
普通は俺よりも国王が先じゃないかなと思わなくも無かったが、天使からすればどちらも同じ人間なのだろう。
そういう意味では、少し光栄だと思っておけばいいのかな。
「分かりました、ご案内します!」
ぴょこんっとアウロラが手を上げて案内を買って出る。
人の役に立つことこそアウロラのやりたいことだ。ゼアルに言われて少し自分を取り戻せたのかもしれない。
となれば……。
「俺も一緒に行きます」
先ほどアウロラとは一緒に居ると言ったばかりだ。一人にするのは嘘をついた感じがして少し嫌な感じがした。
「オレは塔で待ってるぜ。挨拶とかつまんねえし」
ゼアルが外に出られる時間は極僅かだ。予定調和でしかない行事で使うのは惜しいだろう。
……って、俺の為には進んで出て来てくれるんだよな。
うん、ちょっと嬉しいっていうか照れるな、なんか。
早くしろよ~と言いながら手を振り守護の塔へと帰っていったゼアルを見送った後、俺たちはヴァイダの道案内を始めたのだった。
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