第56話 モテ期、来ちゃいました?
「そこまでっ」
王宮内に存在する内庭に、鋭い掛け声が響く。
それを発したのは、痩せ型で背が高く、いかにも博士然とした顔立ちの、黒いローブを纏った男性だ。
彼は宮廷魔術師と言われる職に就いており、このエノク王国に置いて魔術の腕はトップクラスの人であった。
「はいっ、ライドさん!」
「分かり、ました!」
俺とアウロラは魔力を限界まで使ったため、肩で息をしながら大声で返事を口にする。
イフリータとの戦いが終わって一週間、毎日この人に魔術の指導を受けていた。
「うん、ナオヤ君はとても筋がいいですね。魔力も高く、制御の筋もいい。このまま精進すれば4、5年で魔術師へと至れるでしょう」
「ホントですかっ!?」
今の俺は、
5重以上の魔術を補助なしで発動させ、2重以下を魔術式の基盤となる真言だけで発動させられる魔術師に至る事が出来るのはまだまだ先だと感じていたのだが……。
「精進を続ければ、ですよ」
ライドはそんな浮ついた俺の心をきちんと見透かしていたようで、きっちり釘を刺されてしまった。
「次にアウロラ君ですが、空間把握能力が図抜けています。これを鍛えて行けば、間違いなく大きな武器となるでしょう」
「はいっ」
プラスになる事を認めて褒めてくれる。それは人のやる気を引き出すためにはとてもいい方法だが……指摘されないという事は、暗に否定されてしまったという事でもある。
俺には、魔術師になれると言い、アウロラには言わなかったのだ。
アウロラはその事に気付いてしまったのか、やや悔しそうに下唇を噛んで俯いていた。
「……アウロラ君。君は魔力を支配するのが苦手な様ですね。だから無詠唱を苦手としている。もっと強く魔力を自分の色に染め上げるといいでしょう。そうすれば貴女もいずれは至れるはずです」
「……はい、ありがとうございます」
魔術師は称号でもあり一種の免許でもある。そのため、出来ない事があればその時点で取得することは出来ない。例え7重を補助なしで使えたとしても、2重の無詠唱が出来なければ魔術師にはなれないのだ。
アウロラはそういった魔術の制御が苦手な様で、このままだと魔術師になるのは険しそうだった。
俺はアウロラにかける言葉が見つからず、無言で彼女の横顔を眺めて居るしかなかった。
「それでは今日の練習はここで終わりましょう」
「ありがとうございましたっ!」
「ありがとうございましたっ」
俺とアウロラは声を揃え、同時に頭を下げる。
ライドは満足そうに、はいと頷くと、そのまま宮廷へと戻っていった。
一方俺たちはというと……。
「やっと終わったか!」
嬉しそうな声が上空から降って来る。
声の主は、この国で最も偉い王様すら様付けで頭を下げる守護天使のゼアルであった。
白い羽をパタパタと動かし、太陽の光を反射して黄金に輝く髪を揺らしている為、遊んでくれと主人に要求している犬を連想してしまう。
「遊ぼうぜ!」
……犬と同じだったようだ。いや、犬というより子どもか。
「いいけど時間は?」
「さっき満タンにしてきたばっかだ」
ゼアルが少しは外に出られる様にと、俺とアウロラが持って来た銀の魔石計16個すべてを使い、魔力の貯蓄が出来るタンクを守護の塔に増設した。
これにより、ゼアルは20分程度外に出る事が出来るようになったのだ。
充填に一時間くらいかかる上、たった20分しか猶予はないが、それでも彼女にとってはたまらなく嬉しい事であったようで、頻繁に外出しては空を飛んだり人々に声を掛けたりして遊び回っていた。
「――っと、アウロラどうした?」
いかに遊び惚けていても、ゼアルは人間の守護天使である。その使命は忘れたことはないし、人間に対して慈愛の感情も持っている。
アウロラが気落ちしている事をすぐに悟り、声をかけたのだった。
「……あ、うん。何でもないよ」
「何でもないわけないだろ?」
ゼアルがアウロラの目の前にふわりと降り立ち、アウロラの肩に手を置くと、真剣な眼差しで見つめる。
「オレたちは友達だろ。分からないとでも思ったか?」
「ゼアル……」
ここは俺が何かを言うよりも、ゼアルに任せた方がいいだろう。
俺が慰めたって、勝者の余裕にしか見られないかもしれない。
「んで、何があった?」
真っすぐで友達想いなゼアルの事だ。こうなったら聞き出すまでは梃子でも動かないだろう。
始めの内はなんでもないと誤魔化していたアウロラだったが、やがてゼアルの勢いに折れ、とつとつと自分の悩みを語り出した。
全てを聞いたゼアルは、うんうんと大きく頷いてから、大丈夫だと言うようにアウロラの肩を叩いた
「アウロラは何がしたいんだ?」
「え? えっと、みんなの役に立ちたい、かな」
「ならそれは魔術師にならないと出来ない事か?」
「……それは、そうじゃないけど」
それは誰しもが陥る罠だ。何かがやりたいから何かになる。何かを目指す。
しかし、何かになる事を目指し過ぎて、なる事が目的にすり替わってしまう事が往々にしてあるのだ。
みんなの役に立ちたいからアウロラは魔術を覚えた。より強い魔術を使える様になればより多くの人たちの役に立てるから更に魔術を学び、果ては魔術師を目指すようになった。
そうして今のアウロラは魔術師を目指すことが目的になってしまい、最初のみんなの役に立ちたいという純粋な気持ちが少し曇ってしまっていたのだ。
「いいか、アウロラ。人は何かに成る事が重要なんじゃない。何を為すかが重要なんだ。お前は魔族を倒すなんてとんでもないことを為した。それで救われた人間の数は、きっととんでもなく多い。お前はお前のしたいことを出来て居るんだよ。もっと自信を持て」
「…………」
さすがうん千歳なだけあって、ゼアルはこういった事は含蓄が違う。
アウロラの顔も、心なしか明るくなってきた気がする。
後もう一押しかな。
一般的な事じゃなくて、これはアウロラを知っている俺だから言える事。
アウロラは多分……。
「アウロラ、俺はアウロラが役に立たないとかで置いてったりしないし、離れたりしないよ。アウロラが嫌だって言わない限り、ずっと一緒に居るから」
彼女は過去、サラザールという男に役立たずと責められ追放された。
その恐怖がまだあるのだろう。
俺はそんなアウロラが抱いている想いを少しでも軽くしたくて、彼女の目を真剣に見つめる。
「ず、ずっと?」
「ずっとだよ」
「ずっとって……将来とか、その……私がおばさんになってお婆ちゃんになってもずっと?」
「もちろん」
アウロラが嫌だって言わない限りはずっと一緒に居たいし。
「あ、あ、あうぅぅ~~。困っちゃうよぉぉ~」
「こ、困る……?」
つまり嫌だって事?
そんな……。
「コノヤロー! 急にいちゃついてんじゃねえぞ、オレも混ぜやがれ!」
何故かいきなり不満顔になったゼアルが俺に抱き着いてくる。
女性特有の柔らかい体と、ふにっとした小さいけれど確かに存在する母性の象徴が押し付けられ、俺の体温は急激に上昇していく。
「な、なんでいちゃついてる、になるんだ?」
「うっせー! 来い、ナオヤ。空中飛行に付き合え!」
「あ、ズルい。ナオヤは私と居たいって言ってるのよ。私も一緒に行くべきだわ」
「良いじゃねえか、さっきまでアウロラは一緒に居ただろ。今度は俺の番だ」
「さっきはライドさんも居たし、そんな時間じゃなかったもの。独占はダメよ!」
ゼアルとアウロラに腕や体を掴まれ、抱き着かれ、右に左に揺さぶられてしまう。
二人の織りなすキャットファイトをBGMに、え、俺モテてんの? でもなんでこうなったんだ? と俺は大量の疑問符を浮かべていた。
「それは、先ほどナオヤ様がアウロラ様に仰った言葉がプロポーズにしか聞こえなかったからですね」
「それだ…………って」
俺の考えを読まれた……よりも先に、今の誰だ?
セレナさんはセイラムの方が忙しそうだからと帰っちゃったし……。
そう思いつつ、無理やり首を後ろに向けて――。
「お初お目にかかります」
そこには、涼やかな笑顔の上に丸い眼鏡を乗っけた、少々地味目な印象を受ける女性が立っていた。
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