第15話 粋がっている人って現実的には大したことないですよね

「っせえな! まだなんもしちゃいねえだろうが!」

 階段の踊り場から顔を出しているシュナイドに向けて、サラザールが怒鳴り返す。

 その態度からは、ギルド長に対する敬意など欠片も見当たらなかった。

「これからするようにしか見えなかったが」

 シュナイドは早足で階段を降りると俺とサラザールの間に割って入る。

 シュナイドに送れるようにして、アウロラもとてとてと駆けて来ると、俺の顔を心配そうに見上げて来た。

 そんなアウロラに片目をつぶってありがとうと合図を送れば、アウロラは微かに頷き返してくれる。なんとなくだがアウロラとツーカーの仲になってきている気がしないでもない。

 こんな美少女とそういう風になれるなんて、俺の今までの人生では考えられなかったことだ。

 ちょっと幸せ。

「とにかくこんなところで大声を出すのはいただけない。自分の用事を済ませたら早く帰るんだ」

「用事? てめえがクソガキの面倒を押し付けてくるような事が無けりゃあもっと早く帰ってるよ」

 そう言って、あからさまな侮蔑の視線をアウロラに向ける。

 恐らくは、追放の件で色々と注意や指導などがあったのではないだろうか。

 完全な想像だが。

 まあいい。そんな事よりもアウロラを侮辱することは――絶対に許せない。

 俺は心の中で密かに復讐の炎を燃やしておく。

「シュナイドさん。すみません、クエスト終了したんで報告したいんですが、勝手がよく分からないんですよね」

「あ、ん? ああ、それなら……」

 俺はシュナイドさんの話を遮る様にして、リュックから魔石がたっぷり詰まった袋を取り出して見せつける。

「81個あるんですが、これって多分受けた時よりだいぶ多いですよね?」

 せいぜい10匹くらいだろうと言われたのだが、結局81匹も居たのだからとんでもない差があるはずだ。

 恐らくは新しく開いた魔獣の巣から出てきてしまったのだろうから仕方がないと言えば仕方がないのだろうが。

「81!? それまた随分……。え? 君たちは朝出発したんだよね?」

「はい。アウロラ・・・・『と』倒しました」

 アウロラの部分を特に強調しておく。

「ほぉ~。ゴブリンとは言え81体も一度に倒すとはやるなぁ、新人!」

「いえいえ、それほどでも」

「こりゃあ将来が期待できるなぁ」

「そんな。アウロラが居てくれたからですよ」

 スケロクとゴロクが笑いながら俺の肩を叩いてくる。

 相応の実力を持った新人が仲間になったとなれば喜ぶのが当たり前だ。……よほど根性が捻じ曲がったヤツでなければ。

「ふんっ」

 訂正、ヤツら、だ。サラザールとその仲間は面白く無さそうに舌打ちをしたり鼻を鳴らしている。

「そうか……」

 俺のアイコンタクトでシュナイドさんは察してくれたのだろう。

 柔らかい笑顔を浮かべると、大きく頷いて、

「ナオヤとアウロラは凄いね。二人はいいコンビだよ」

 俺の作戦に乗ってくれた。

 お前たちの捨てたアウロラは、実はこれだけ実力があるんだぞと、見せつけるための作戦に。

 これは別段誇張してのものではない。

 実際アウロラの空間把握能力や、聴覚だけで相手がどこに居るか判断する能力は相当優れたものだ。

 アウロラは魔術こそ苦手かもしれないが、それとは違う別の価値を持っていた。

 それを見抜けなかったサラザールの目は、正直言って節穴でしかない。

「ありがとうございます。あ、それから……」

 アウロラ、と合図を送ると、アウロラは素早く察して腰につけたポーチを探る。

「何か魔物が特別っぽい魔石を落としたんで見ていただけますか?」

「魔石かい? 私は専門じゃないからよく分からないかもしれないが……」

「はい、これです」

 アウロラが銀の魔石を差し出した途端、シュナイドの顔から表情という表情が抜け落ちてしまった。

 スケロクやゴロクも、アウロラの手のひらに鎮座している魔石を目にした途端、ひきつけでも起こしたのかと思う様な、奇妙な声を上げる。

 サラザールとその仲間達も一瞬で凍り付いてしまっていた。

「……なんかすごい物なんですか?」

「?」

 その場に居て平然としているのはアウロラと俺くらいのものだろう。

 アウロラと俺は目を合わせてきょとんとしながらシュナイドの反応を待つ。

「……ちょっと……すまない……」

 シュナイドは震える手でアウロラから銀の魔石を受け取ると、顔に近づけてよくよく観察する。

「本物ですか?」

 スケロクがおずおずといった様子でシュナイドに問いかけるが、シュナイドはそれに答える余裕など無い様で、熱心に魔石を見つめていた。

 やがて、散々に時間をかけて魔石を丹念に調べつくしたシュナイドが手を下ろし、ほうっとため息をついた。

「本物だ」

 その瞬間――そこかしこで、まさかだのマジかよだの有り得ねえだのと声が上がる。いつの間にか、その場所に居た全員が銀の魔石に気付いてこちらの様子を伺っていた。

「セレナ、グレゴール摂政に早馬の準備を」

「はい!」

 それまで受付をしていた女性がシュナイドの命令を受けて、それまでしていた仕事を放り出してどこかへ駆けていく。

 放り出されたと思しきパーティーは、それに不満を言うでもなくどこか当然という様に頷いていた。

「ナオヤ。これは、どうしたんだい?」

「えっと……倒した魔物から出て来たんですけど……」

 隣のアウロラも首をコクコクと縦に振って補佐をする。

「それを信じるよりも、実は君たちが死んでしまってお化けが目の前に立っていると言われた方が私としては信じられるのだけどね」

「そこまでですかっ!?」

 なんか結構酷い事言われてる気がするんだけど。

 確かにあの魔獣は相当厄介だったし、綱渡りみたいな戦闘の果てに運よく勝てたような物だしなぁ。

 まず門番の人が楼門内に入れてくれて、魔術式を撮影できてなかったら確実にアウトだったし。

「……まず、魔石っていうのは基本的に赤いものなんだ。純度が落ちれば落ちるほど、茶色く濁っていく」

 それはアウロラから聞いて知っていた。

 ゴブリンから出るほとんど茶色の魔石は非常に質が悪く、売っても銅貨二枚とかその程度のものにしかならない。

 一応、ランプに入れるなど、燃料として色々活用できるらしいが。

「それに含まれない魔石というのがあって、下から順に、銅、銀、金、宝石、虹とランク分けされている」

「なら下から数えた方が早いんですね」

「な~んだ」

 アウロラと俺はちょっとだけがっかりしてしまう。

 周りの反応が過敏だっただけに、相当凄いものなのかと期待したのだが――。

「銀の魔石を輩出する魔獣は、数体集まれば武装した街すら容易に破壊しつくしてしまう」

「そうなんですか……」

 衝撃波を喰らって無傷だし、爆炎に焼かれてもピンピンしている上にバーニング・エクスプロージョンよりも巨大な火球を吐き出す魔獣が数匹集まればヤバいなんてものじゃないだろう。

「たった一匹でも相当厄介で、倒すには腕の立つパーティーを幾つも呼び寄せて周到に計画を立ててから襲撃するか、軍隊で無理やりねじ伏せるかしかない」

 ついでの様に説明された話によれば、金クラスでは小国程度なら滅ぼされてしまった記録があるとの事だ。

 宝石はもはや伝説の域で、辛うじてとある帝国の宝剣にはめ込まれているのが確認されているだけらしい。

 虹は、もはや口伝として伝わっているだけで、そんなもの存在するかどうかも怪しいと言われているとの事だった。

「話を戻すとだね。銀クラスの魔獣を、初心者である君たちが倒したなんてどうにも信じられない」

「ですけど!」

 言い返そうとした俺を、シュナイドが手を広げて押しとどめる。

「でも、こうして銀クラスの魔石がある以上、信用するしかないだろうね。それに、アウロラが嘘をつけるとは思わない」

 それは褒めてるんだろうか、けなしてるんだろうか。

 いいことだけどね。

「君たち二人で倒した。間違いないね?」

「はいっ!」

「もちろんよっ!」

 シュナイドは俺たちの顔を交互に見て、ゆっくりと頷いた。

 どうやら信用してくれたらしい。

「分かった、じゃあ私の部屋で話を聞こう。着いてきてくれたまえ」

 シュナイドはそれだけ言うと、先ほど早足でやって来た道を再び戻っていく。

 アウロラもそれに小走りで着いて行った。

 俺も二人の後を追おうとして……完全に蚊帳の外になってしまったサラザールと目が合ってしまう。

 どれだけ粋がっても、ごまかしようのない現実を前にしてはどうする事も出来なかったようだ。

 怒りを押し込めて、コンクリートで塗り固めたような顔で俺の事を見つめている。

 ――ああ、自分でも分かっている。こういう事は本当は良くない事だ。

 スマホというチート武器を持っていたから成し遂げられただけで、俺が強いわけじゃない。

 こんなのは思い上がりだ、と。

 それでも、俺は沸き上がる衝動を抑えきれなかった。

 俺はすれ違いざまにぼそりと、

「なーんだ。銀クラスの魔獣も倒せないのに粋がってたのか」

 呟いておいた。

 正直な話、その後のサラザールを見られないのが残念だ。

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