第14話 元仲間、現クソ野郎

 途中神殿で食事休憩を挟んだ事もあってギルドに帰り着いたのは日も傾きかけていた。

 ……門番のオッサンたちに囲まれて、アウロラに傷がなくて良かったなぁ? などと脅されてしまったのは……記憶から消去しておくべきだろう。

「っと、そういえば今回もシュナイドさんの所だっけ?」

 8つあるカウンターの内、討伐クエストを受け持つ列に並ぼうとして思いとどまる。

「あ、多分そうかも。シュナイドさんから直接請け負ったし」

「そっかそっか。でも魔石結構あるけど邪魔にならないかな?」

 背中でジャラジャラと音を立てている計81個の魔石は、相応の重さと量がある。あの、とても煩雑な部屋――素直に汚いと言うべきだろうか――に持ち込むのが得策とはあまり思えなかった。

「むむむ。なら魔石を渡すためにナオヤが並んで、私がシュナイ――」

「おいおい、誰かと思ったらアウロラかよ。誰かお守りしてくれる奴を見つけたのか?」

 入り口近くという比較的色んな人の目に付きやすい場所で話していたからだろうか。

 野太く、嘲りに満ちた声がアウロラの背中にぶつけられた。

 チラリと視線を送れば、赤を基調に彩色された革の鎧を身に纏った痩せ型の大男が意地の悪い笑みを浮かべて立っており、その後ろや横に、武装している女二人と男三人がたむろしているのが見える。

 多分、この態度からすればこいつ等がアウロラをパーティーから追放したクズなのだろう。

 名前はサラザールだったか。脳内ではサラちゃんとでも呼ぶことにしようかな。いや、そんな親しみを込めた愛称は気持ち悪いな、やめとこ。

 ま、こういう手合いに対する態度で一番効果的なのは――。

「じゃあアウロラはシュナイドさんとこに報告に行ってくれると助かる」

 俺は後ろを向こうとしたアウロラの肩にポンっと手を置いてガン無視を決め込む。

「あ、え? えっと?」

「いいからいいから。シュナイドさんの所に行ってきて」

 明らかに背後の元メンバーを気にしているようだが、俺はアウロラの背中を押して無理やり階段へと送り出した。

「おいコラ」

 険悪な声が掛けられ様とも俺は無視を続け、クエスト報告のために列へと並ぶ。

「すみません、こういうのって結構待つんですか?」

「ん?」

 前に並んでいる人たちへと気軽に声を掛ける。

 金色の髪をモヒカンにして、鼻にピアスを付けている上、破れた革の鎧を着た男の人が俺の声に反応して振り向く。

 うん、正直サラザールよりもずっと怖い。話しかけなきゃよかった。

 だが、そんな世紀末過ぎる見た目に反して、モヒカンさんは意外に友好的な笑顔を浮かべながら俺の質問に答えてくれた。

「まあ、そうだな。一つの報告に結構時間がかかるのが普通だ。報告書を書くのに時間が必要なのは分かるだろ」

「そうですか……」

「心配すんな。俺たちは一つのパーティーだから見た目ほど並んじゃいねえよ」

 モヒカンヘッドに続いてスキンヘッド舌ピアスさんが会話に入ってくる。

 うん、あんたらキャラ濃すぎるのに何でそんな友好的なの。

 もっと汚物は消毒だぁ! ヒャッハー!! って暴れてた方が見た目的に納得できるんだけど。

 こんな人が普通に居るとかさすが異世界。

「オイ、聞いてんのかクソガキ! 無視すんじゃねえっ!」

 あー、騒いでる騒いでる。

 知らんけど。

 俺は頭を掻きながら更に無視を決め込む。

「俺、こういうの初めてなんですよ。だから何も分からなくって……。教えていただいてありがとうございます。あ、新人の直夜 暁です」

 一礼した後、俺はモヒカンさんに手を差し出す。

 モヒカンさんはちょっと騒いでいるサラザールの方をチラリと見た後、軽く肩を竦めると、俺の手を握り返してくれた。

「おお、新人か。よろしくナオヤ。俺はスケロクってんだ。こっちのハゲは兄貴のゴロク」

「ハゲじゃねえ。剃ってんだこれは」

 その顔で日本人っぽい名前かよ。というかゴロクって5なのか6なのか分かんねえよ。

 思わず内心で突っ込んでしまったが、そんな事はもちろん顔に出さず、スキンヘッド改めゴロクさんとも握手を交わしたのだが――。

「ふざけてんじゃねえぞっ!」

 いい加減堪忍袋の緒が切れてしまったサラザールが、怒鳴りながら俺の肩をグイッと掴んで無理やり振り向かせると、そのまま襟首をねじり上げて来る。

「てめえ、何様のつもりだっ!?」

 異世界人様。なんて言葉が頭に浮かんだが、どうせ言っても分からないだろう。

「おいやめとけサラザール」

「新人に絡むとかみっともねえ事するんじゃねえ」

 さすが荒事に慣れ切るどころか天元突破してそうな容姿なだけあって、モヒカンさん改めスケロクさんとゴロクさんは落ち着いた様子でサラザールを諫めてくれる。

 実はちょっとだけ怖かったりもするからありがたいと内心では思っていた。

 一番の原因は目の前の世紀末兄弟だけども。

「ああ?」

 サラザールは胡乱うろんげな視線を世紀末二人組に向け――その後ろで何事かと立ち上がっているギルド受付嬢の姿を認めると、俺の襟首から手を離した。

「てめえが調子に乗ってるのがわりいんだろうが」

「……何のことでしょうか」

 俺は乱れてしまった黒い無地のティーシャツを整えるとすまし顔で答えたのだが、その実心臓はバクバクと脈打ち、ともすれば震え出しそうになっている。

 俺は日本でこんな荒事とは程遠い生活を送って来た。ゴブリンと戦うのはどこかゲームめいていて変なプレッシャーや恐怖とは早々におさらばできたのだが、こういう地球でも起こりそうな荒事には慣れてはいない。

「俺が声をかけてんだろうが! 新人が答えるのは当たり前だっ!」

 サラザールの後ろでその仲間達と思われる連中が頷いている。

 類は友を呼ぶと言うが、その連中の感性も同じようなものらしかった。

「アウロラに悪意を向けた上、初対面の人にオイとかコラとかクソガキと呼ぶのは声をかけているうちに入らないかと」

 俺は確かに恐怖を感じていたが、それ以上に怒りを覚えていた。

「はぁ? 生意気言ってんじゃねえぞ、オイ」

「生意気以前に人として当然のことではないですか?」

「てめぇ、誰に口きいてんのか分かってんのか!? てめえなんざいくらでも消し飛ばせるんだぞ、あぁ!?」

 女の一人がやっちゃえやっちゃえなどとけしかける。

 本当に、そこらのチンピラと全く変わらない精神性だ。

 こんな中にアウロラが居たら馴染めないのも当たり前だろう。性格的に、完全に真逆の存在だ。水と油、混ざり合う事は決してない。

 しかし――消し飛ばすか。

 俺はポケットの中にあるスマホに意識を向ける。

 これ以上に強い力を出せるのだろうか。そう思ったら、肩の荷が下りたような気分がてくる。

 所詮、自分の力を奢って調子に乗る様な小物なのだ。相手にするのも馬鹿らしい。

「すみません、スケロクさん。ギルドって殺人を犯しても罰せられないんですか?」

「殺人なんてすりゃあ、一発で賞金首の上捕まれば死刑確定だよ」

 当然、という感じで肩を竦めながら答えてくれる。

「というか私闘も厳禁だ。罰金の上しばらくギルド員として認められなくなる。あまりに酷いとクビだ」

 ゴロクさんも補足してくれる。

 例え異世界といえど、普通に人が暮らして調和を求めるのならば、自ずと和を乱す存在を戒める法が出来るだろう。

「という事です」

「っせーな! どうせここに俺を倒せるような奴は居ねえんだよ。決まってようが実行できなきゃ――」

「サラザールっ! 止めなさいっ!」

 声が降って来る。

 それは、以前に俺が聞いた穏やかな声とは全く違う、怒りに満ちた声。

 だが、聞く人を安心させるような独特の響きを持っていて、俺は内心ほっと胸を撫で下ろした。

「私はギルドで暴れていいと言った覚えはないっ」

 サラザールを怒鳴りつけたのは、ギルド長であるシュナイドだ。

 恐らくアウロラが連れてきてくれたのだろう。

 ――俺の予想通りに。

 じゃあ、反撃といこうかな?


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