第4話 もしかしてこれってチート…

 アウロラが拠点にしている街は、セイラムという名前で呼ばれていて、周囲を石造りの壁に囲われいるそこそこに大きな街だった。こういう街は、魔物の侵入を防ぐために必ずこういう壁があるらしい。


 壁に覆われているのなら出入り口は関所だけに限られて来る。


「おじさーん!」


 アウロラが歩きながら、遠くに見える関所の傍に立っている小指の先程度の人影に向かってぱたぱたと手を振る。


 相手の顔も分からないような状態では、件の人影も反応出来ないだろうに、と思った矢先、人影も大きく手を振り返して来た。


「ふっふ~ん。私はあの関所を通る時いっつもこうしてるから覚えてもらってるの」


 なるほど、そんな子どもっぽいことするのはアウロラくらいだろうから覚えられてるのか。


「……な~んか失礼な事考えてない、ナオヤ」


 アウロラはジト目で俺の事を睨みつけてくる。


 女性が鋭いのは古今東西どの世界であっても変わらないらしい。


「まあいいわ。私の方がお姉さんだもの、広~い心で許してあげる」


「っても二カ月だけじゃん……」


 アウロラはもの凄いドヤ顔をしながら年齢にそぐわない真っ平らな胸を反らし、これまた16歳5カ月とは思えない身長を精いっぱい大きく見せようとしている。


 多分だけど、アウロラは140センチないはずだ。


 16歳5カ月なのに。


 お姉さんぶっているが16歳3か月の俺よりも30センチ以上チビなのだ。


 それに性格子どもっぽいし、仕草も子どもっぽい。絶対俺の方が年上っぽいから。あれだ、1年が365日よりも短いからきっと俺よりアウロラの方が年下だって。


「も~、ナオヤってば拗ねちゃって」


 つんつん突っつくなよ。


 逆だったら絶対そっちが拗ねてるだろ。というか俺拗ねてないし。


 そうそう、俺は怒ってもないし拗ねてもない。落ち着け~。


 深呼吸だ、す~は~す~は~……よしっ。


「ところで関所なんだからさ、俺ってそのまま通れるのかな?」


 税金とか荷物検査とか身分証明みたいな事あるんじゃないの? というかあったらかなりやばいんだけど。


「あ~……私は冒険者登録してるから素通りできたけど、確か普通は関税があったはず……」


「……いくら?」


 いくらでも払える気しないけど。だって文無しだよ、俺。


 今まで調子に乗っていたのが嘘のように静かになったアウロラが、青い顔で体のあちこちをパタパタと探り始める。


「た、確か商人なら積み荷の5%で、一般人なら銅貨5枚……」


 あったと言いながら取り出したがま口財布をパチンと開けて中身を確認し、絶望的な表情になる。


 ……なんでアウロラが財布を確認するんだろう。俺の関税だよね?


 え、もしかして払ってくれるつもりなの?


「ふぇぇぇ……銅貨8枚しかないよう。今晩のご飯どうしよう」


 銅貨1枚の価値がどのくらいかは分からないけど、8枚だと今日の晩御飯も怪しい額だってことは分かった。


 関税よりもそっちの方がヤバくない? 今までどうやって暮らしてたんだよ……。


「とりあえず行けば何とかなるって、うん。大丈夫、俺に考えがあるから」


 商人が5%なら、商人になって積み荷、つまりリュックに入ってるお菓子の内5%を渡せばいいんだ。


「だめだめ、私はお姉ちゃんなんだからナオヤの面倒は私がみるの!」


 何その拾った犬の世話は私がするのみたいな言い方。……でもちょっとありがたいかな。こんな風に優しくしてくれて、会ったばかりなのに世話まで焼こうとしてくれるって……。


 現実的に考えたらヤバいよ。詐欺とかしょっちゅう騙されてそうなんだけど。


「でもさ……」


「とにかくナオヤは見てて」


 ふんすっ、と鼻息荒く拳を握り締めると、アウロラはしかつめらしい顔で関所に向かって行った。








 結論から言えば、アウロラ預かりで通してくれることになった。これも通るたびに元気よく挨拶していたアウロラが、番兵たちに可愛がられていたからだ。


 ごめん、子どもっぽいとか思っちゃって。


 挨拶って大事だよね。


「それで嬢ちゃん、いつもの面々はどうした? あの暑苦しくてむさい男やらちょっと意地悪そうな女だの色々居ただろう?」


 恐らく一番アウロラを可愛がっていると思われるくすんだ茶髪をした中年の番兵が不思議そうな顔で問いかける。


「うぅ、サラザールさんたちにはパーティを追放されちゃったの。いつまでも弱すぎだって……」


 なにそのいかにも独裁者って感じがする名前の人。


「入って1年も経ってないだろうに、最近の若い奴は何考えてんのか分かんねえなぁ」


 それ言うとアウロラも若い奴に入ってる気がするんですけど。まあ、こんなに可愛くていい娘なアウロラをほっぽりだすとかロクな奴じゃないのは確かだな。馬鹿の域まである。


「で、でも私もなかなか魔術の腕前が上達しなかったのも悪いんだし……」


「いや、それは上達できるように教えられない方が悪いって」


「そーそー、嬢ちゃんは悪くねえよ」


 何となく俺はシンパシーを感じて、おじさんと目配せして頷き合った。


 この番兵のおじさん、絶対良い人だ。俺も今度から通るときに挨拶を忘れないようにしよう。


「なあ嬢ちゃん。久しぶりに上にあがるかい?」


 そう言っておじさんは親指で関所の上、いわゆるゲートハウスを指す。


 ぱっと見だが高さは10メートルくらいはある建物だ。見晴らしはかなりいいだろう。個人的にもこの世界がどんなものか見てみたくて興味が湧く。


「いいの?」


 おずおずと上目遣いで確認するアウロラは、確実にオジサンキラーである事は間違いないだろう。


 目の前のおじさんのみならず、監視を続けている番兵も一瞬で虜にしてしまう破壊力があった。


 ……告白をすると、俺も少しクラっと来てしまったけど。


「もちろんだ、さあ上がった上がった。兄ちゃんも来い」


「あっ、はい。ありがとうございます」


 そういうわけで俺たちは、おじさんの先導に従い関所の裏手から内部の階段を上ってゲートハウスにお邪魔させてもらった。


 箱形のゲートハウスは、長方形の広々とした空間の中、魔物に向かって落とすための石が用意されていたり、狭間の下に敷かれている1辺が約2メートルある正方形の石板には攻撃用のものと思われる細かい魔術式が描かれている。


 アウロラは入ってすぐに、雄大な景色の見える警戒用の窓まで一直線に駆けていくが、俺は巨大な魔術式の方が気になって仕方がなかったため、ついついそちらの方に興味を持ってしまった。


「……いちにーさん……」


 え、27重!? どんだけ強いのこれ!


「違う違う。威力的には10重テンサークルだよ」


 俺が狭間から外を覗くのも忘れて驚いていたら、おじさんが笑いながら説明してくれた。


「魔力消費を抑えたり、呪文省略や誰でも扱える様に制御補助を組み込むからこんなになるんだ」


「へー……」


 どうやら魔術式は色んな応用が利くらしい。アウロラが教えてくれたのは本当に基本中の基本だけだった様だ。


 外に行くにつれて文字が多くなってるし、なんかそのまま描いていけばいいってもんじゃなさそうだな。


 いやでも凄いな、魔術式って。


「10重って事は相当な威力ですよね?」


「そりゃあこの国で一番最新式の魔砲台だからな。相当なもんだぞ」


 説明を聞くに石板を取り換える事で4種類の魔術を撃つことが出来るらしい。


 バーニング・エクスプロージョンという火球を放って当たった瞬間大爆発を起こす魔術。


 ブラスト・レイという超遠距離を薙ぎ払う光線を放つ魔術。


 ソニック・ウォールという近くに来た魔物を倒すこともできる超音波の障壁を張る魔術。


 フレア・ガンズという小型で初速の速い火矢を連射できる魔術。


 いずれも魔術名を叫ぶだけで発動し、かつ消費魔力も抑えられているから一人である程度砲撃を続けることもできるとの事だ。


 得意げに話してくれるオジサンの顔を見ながら、俺はふとある事を思いついていた。


 魔術式は何かに描いてあればいい。木の板でも地面でも石板でもいいのだ。それに触れつつ呪文を唱えて魔術名を叫べば魔術が発動する。


 そして目の前にある魔術式は、持ち歩くのが不可能なくらいの大きさだが、誰でも扱う事が出来る様にカスタマイズされている。


 ――これ、スマホで魔術式撮ったら俺でも使えるんじゃね?


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