第3話 初心者でも分かる魔法の授業

 俺がゴブリンの死体を必死になって引きずっていた間――重さじゃなくて精神的にキツイ――、アウロラが何をしていたのかというと……。


「ふーん♪ ふーん、ふふ~ん♪」


 鼻歌を歌いながら地面に落書きをしていた。


 いやまあそう見えるだけで、きちんとした理由があるんだろうけど。


 じゃないと着々と積み上がっていく死体の山の横で遊んでる少女なんていうかなりシュールを通り越して狂的な絵面になってしまう。


「これでよしっ……と。じゃあ後は~」


 アウロラは適当な枝を手にすると、地面に描いた落書きから少し離れた所に先っぽを突き立て、ゴブリンの死体が入るような大きな円を地面に描いていく。


 その間も俺はゴブリンの死体を運んでは積み上げていった。


 お腹に焼け焦げた穴が空いてる死体はかなり臭いな……。


「終わったよ~」


「あ、うん。こっちも終わる~」


 アウロラは円の一部を足で踏み消すと、そこに何か文字を書き込んでいき……。


「よしっ、完成」


 どうやら終わったらしい。


 傍から俯瞰してみるとどこかで見た覚えがあるような気がしてくる。


「……そっか、あの木札か」


 先ほどゴブリンと戦っている時にアウロラが手にしていた木の板に描かれていた魔法陣とそっくりなのだ。……あちらは半分に叩き割られていたが。


 となるとこれは燃やすための魔法陣なのかもしれない。


「一人だとちょっと辛いから、ナオヤも魔術式に触れて」


「ん」


 俺は言われた通りしゃがんで魔術式に触れる。どうやら魔法陣でなくて魔術式と言うらしい。


 アウロラはポテポテと歩いてくると、俺の隣にしゃがんで同じ様に手をついた。


 ややもすると厳かな空気に辺りは包まれる。いや、実際そうなのだろう。これは多分、ゴブリンたちを送るための魔術なのだ。


 少しだけ、命を奪ってしまったことへの感傷の様なものが沸き起こるが、お互い命がけで殺し合ったのだから、仕方のない事なのだと諦めて貰おう。


 俺は魔術式に触れていない方の手を顔の前で垂直に立てると、ゴブリンの冥福を祈っておいた。


≪命の炎よ・燃え盛れ フレア・ライズ≫


 体の奥底から何か力の様なものが吸い取られていく感覚があり、魔術式が淡い光を放つ。そのまま様子を伺っていると、ゴブリンたちの体から真っ白な炎が生まれ、全てを包み込んでいった。


 もしかしたらこれって、俺が初めて魔術を使ったってことになるのか?


 なんかあんまり劇的な感動とか無いもんだな。


 自分で魔術式を書いたわけでも呪文を唱えたわけでもなく、ただの電池扱いだから仕方ないのかもしれないが。


「アウロラ、これって魔術なんだよな?」


「そだよ」


 軽く肯定されてしまう。


「えっと、あまり魔術を知らないから色々と教えて欲しいんだけど、いいかな?」


「任せてっ」


 ふふんっ、とアウロラは得意そうに胸を張る。


 態度とは裏腹に、子どもっぽい言動と背格好でちょっと不安になってしまったのは黙っておくべきだろう。


「まず真ん中のあそこを見て」


 アウロラの指先に従って視線を向けると、そこには先ほどアウロラが描いていた落書きの様なものがある。


「あれは真言で火って書いてあるのね」


 真言……ルーン魔術みたいなものかな。


「それで、真言で火って呪文を唱えれば火が出るの。これが基本」


「うん、すごく単純なんだね」


「こ、これから難しくなるのっ。というか感覚で魔術を操るのってすごく難しいんだよ。言うのと使うのは全然違うんだから」


 それは確かにそうだ。


 バッドを構えます。打ちます。はいヒット。


 なんて説明が通ったら誰でもイチ〇ーになれる。


「それで外側の円と、それに沿って文字が書いてあるでしょ。今回書いたのは増幅って意味なの」


「もしかして呪文も?」


「そう。呪文で魔術を紡いでいって、決められた魔術名を呼べば魔術として完成するっていうわけ」


 なるほど、つまり≪炎よ≫が発生で≪燃え盛れ≫が増幅の呪文。≪フレア・ライズ≫が魔術名で、魔術に形を与えるっていうことか。なんかずいぶん数学的なんだな。


 ……って、真言? 同じ言葉に聞こえるんだけど、もしかして違う言葉でしゃべってるのか?


「なあ、アウロラ。真言の火と、君が今言ってる火って言葉は違う発音なのか?」


「今ナオヤも言ってるけど……?」


 俺のその質問に、アウロラは何言ってるの? って感じの変な顔をしている。


 その表情で、違うという事が分かってしまった。


 俺には双方が日本語にしか聞こえないけれど、アウロラは明確に違う言葉を話している。つまり何らかの不思議な力で俺には自動翻訳されて伝わっているわけだ。しかも俺が意識をしなくとも、俺が話している言葉もそうなっている。


 それが意味することは、俺がここに居るのは偶然ではないという可能性も……?


「とにかく、こうして二重三重と増幅や他属性の魔術式を重ねて描いていくことで、魔術はどんどん強くなっていくんだよ。……まあ、強い人は魔術式なしで魔術を発動させちゃうんだけど」


「そう、なんだ」


 思考の渦にはまりかけていた俺を、アウロラの声が引き戻してくれる。


 そうだ。全ては俺の予想でしか無くて、この結論が正しいとは限らないのだ。今は情報が少なすぎるから判断を保留にすべきだろう。


「アウロラはどのくらい強い魔術が使えるの?」


 話題を変えるための何気ない問いかけだったのだが、アウロラはうっと呻いて露骨に顔をゆがませる。


「ま、まだ本格的な魔術を使い始めて一年しか経ってないからなんだもん……」


 あー……もしかしなくても聞いてほしくない事だったかな。


 なんか零点のテストを母親に見つけられた子どもみたいな顔してる。


 アウロラはその後もちょっとだけグチグチと言い訳を口にした後で、


「一重ワンサークルしかまだ使えないけど、いずれ何重でも使って見せるもん……」


 小さくごにょごにょっと未来への展望を口にした。


「ま、まあ俺も魔術使えないし、これからこれから」


「う、うんっ。そうだよね……って魔術も使えないのにこんなとこに居たの!? 危なすぎるよ、ナオヤ」


「あー……それは……」


 俺の意思じゃないからなぁ。どうしよう。異世界とかって言ってもいい情報なんだろうか。 


「アウロラ、異世界って知ってる?」


「知らない、何それ?」


 秒も経たずに返されてしまった。


 アウロラは良い娘っぽいし大丈夫かな。


 そう判断した俺は、色々と例えを使用して苦心しながら説明していく。アウロラはしかつめらしい顔でそれを聞きながら頷き……。


「つまりナオヤは誰かに無理やり連れてこられたのね!」


「……それでいいや」


 大まかに分かってもらえればそれで。


 ……5分くらいの努力返して……。


「あ、ちょうど終わったみたいだよ、ナオヤ」


 アウロラに肩口を揺さぶられ目を向けると、ゴブリンの死体はすっかり燃えてなくなっており、代わりに真っ白な灰の山が出来上がっていた。


 死体を燃やすのって結構大変なはずだけど、近くに居てもそんなに熱さとか臭いを感じなかったし、こういうところは魔術って凄いな、なんて少し感心してしまう。


 アウロラは腰のポーチから別の魔術陣が描かれた木札を取り出し、呪文を唱えて吹雪を灰の塊にぶつける。


 するとそこには茶色の小さなガラス片の様なものが6つ落ちていた。


「一緒に倒したから半分こね。あ、でもギルドに報告しないといけないから、シュナイドさん……ギルド長に見せてからでもいい?」


「もちろん」


 ってギルドとかあるんだ。すごい、興奮してきた!


 これぞ異世界の醍醐味ってヤツだよね。


「アウロラ、俺もギルドに登録とか出来るのかな? アウロラがやってるような事やってみたいんだけど」


 目指せ冒険者! クエストをこなしてランキングを上げるって感じ?


「うーん……分かんないけど……とりあえず聞いてみよっ」


「ああ」


 それから俺たちは魔石の回収や魔術陣を消すなどの後処理をしてからギルドのある街へと向かったのだった。


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