第4話 天 命
辰也と貴湖は互いに酒を酌み交わし、料理を堪能している。だんだん夜も更けて行き、次第に酔いが回って来て何とも好い心持だ。辰也の顔がほのかに赤みを帯びてきた。貴湖はと言うと、次第に目が赤くなり黒目の中が金色に輝きだした。まさに龍の目つきである。
頃合いを見計らい、貴湖があらたまって話始める。
「辰也様、今宵は辰也様にお伝えしなければならない話がございます!」
「えッ、また改まって何ですか?」
「はい、このたび辰也様に“天命”が授けられました!」
「はぁ? 天命??」
「辰也様の本性、心根は誠に純粋で御霊に穢れが無く、清く美しくとても優しい方でございます。ご自身に自覚がなくとも、神の目に狂いはありません」
「はぁ~・・・」
「そこで、あなたは神に選ばれたのです!」
「? 何を??」
「これからお話しすることを良くお聴きください!」
貴湖は随分と勿体を付けながら話し始めた。
「“八百万の神々”などと言われますが、元々は創造神“天之御中主神(あめのみなかぬしのみこと)”の唯一神でした。この神が御霊を分けられ幾つかの神が生まれました。そして伊邪那岐、伊邪那美の二神に命じて神や国を次々に産んで行きました。やがて人が産まれ人の世も出来ました。元をたどれば全ては皆、天之御中主神と言う神の分霊(わけみたま)なのです。縄文時代、人は神と共に生き、争いをせず平和で仲睦まじく暮らしていました。そんな時代が約1万年も続いたそうです。ですが、時の流れと共に次第にそのことが忘れ去られて行き、穢れも溜まって行ったのです。今の世は穢れも多く人々の争いも絶えません。人々は争い、そこから恨み辛み妬み憎しみなどの禍々しき心が生まれました。怪異、妖怪、化け物、等々と言われる大抵のものは自然霊で、いたずらはしても悪事を働くことはありません。が、時として、その禍々しき心が具現化し怪異となったものが悪事を働くことがあります。」
「へ~、最近の凶悪な事件なんかはそれが関わってるってこと?」
「その可能性もあります。ですが、怪異たちはむしろ別の次元で悪事を働くようです。人の世でも、神の世でもない曖昧で混沌とした世界.これもまた禍々しき心が作り上げた世界なのです。人の世で“怪奇現象”と言われるもののほとんどがそれらの仕業なのです」
「そうなんですか、知らなかった」
「これらの禍々しき心の穢れを払い清め、諫め、戒め、正しい心に直さなければなりません。その役目を天命として授かったのが、辰也様あなた様です!!」
「えーーッ! 無理!無理!無理!無理! 俺、神職じゃないし霊能者でもないし御祓いなんて出来ませんて!」
「いいえ、神職と言うのは神と人とを繋ぐ仲介役なのです。人に憑いた穢れを祓い清め、神に願いを伝える役目を担っています。なかには稀にに霊能力を持った宮司も存在しますが、
それが本業ではありません。辰也様は、人ではなく怪異そのものに立ち向かって行かねばなりません」
「それなら尚更無理ですよ! 何の力もないし修行もしたことないし・・・」
「真の神のもとに、修行や教えなど一切ありません。大いなる自然から学ぶものなのです」
「そう言われてもなぁ~、俺は只の人だし悪霊退治なんて出来ませんて!」
「いいえ悪霊退治ではありません。神は相手を消滅させたりは致しません。悪しき心を諫め、直し、正しき心へ導くのです。これこそが神の道の神髄なのです」
「そんなぁ~、やっぱ無理!」
「辰也様は瀬織津姫(せおりつひめ)と言う神をご存知ですか?」
「あ~、何かネットで読んだような・・・。たしか正体は龍神だとか?」
「そういう伝承もあります。また、瀬織津姫を龍神として祀っている地域もあるようです。この神は、祓戸大神(はらえどのおおかみ)と言って伊邪那岐大神(いざなきのおおかみ)が筑紫(つくし)の日向(ひむか)の橘(たちばな)の小戸(おど)の阿波岐原(あわぎはら)で禊をしたときに産まれた神で強力な御祓いの力があり、さらに龍神の神力を兼ね備えております」
「ほー、凄い神様!」
「その瀬織津姫があなたを推挙したのです! そして、先ほど召し上がったお酒“龗洞”には瀬織津姫の強力な祓いの力と加護、神徳がたっぷりと込められています。 もうあなたは只の人では無いのです!」
「えーー!! そんなぁ~、ずるいよ~~!」
その時であった、店の奥から突然とてつもなく強力な光が輝きだした。
「うわぁ~、眩しい! ウワッ、ウワッ・・・」
辰也はあまりの眩しさに顔を覆い隠す。同様に貴湖も眩しさで目を覆う。
「眩しい! もしや・・・。 大御所様?」
「そうです!」
「大御所様、眩しいですよ、後光の点けっ放しはやめてください!」貴湖が叫ぶ。
「あっ、済まぬ!」
「もう、大御所様ったら。後光はこまめに消してくださいよ、パワーが違うんだから眩しすぎますよ!」
「だが、熱くはなかろう。最近LEDに変えたばかりなのでな! いや、ほんの冗談だ!」
そう言って涼しい目で微笑む。 ようやく光が消え辰也も落ち着き、目をこすりながら顔を上げる。
「そなたが辰也殿ですか?」
「はい、あなた様は?・・・?」
と言って姿を見るなり絶句した。 例えようのない美しさで、この世のものではない。まさに女神である。この神の美しさの前では、“絶世の美女”などと言う言葉はトイレで尻を拭いて便器に流してしまう紙の様なものだ。
今まで見たこともない美しさの前で二の句が出ない辰也に貴湖が言う。
「このお方は、全ての龗の神を束ねその頂点に立つ大御所様で“龍湖(りょうこ)姫”様と言う神様です」
これぞ真の神、辰也はその神の威力に圧倒され大いなる喜びに満ち溢れた。これが神と言うものなのか、これが幸せと言うものなのかと改めて辰也は思い知らされた。そして、この神々達に見守られ、御加護・御神徳を得たのなら素直に“天命”を受け入れよう、辰也はそう心に誓ったのである。
大御所様はそんな辰也を見て優しく微笑んでいる。この大いなる幸せに包まれ、辰也の目から喜びの涙が溢れて止まらない。そして、あろうことか辰也は思い余って大御所様に抱き着いてしまった。
「神様~~!!」 と辰也が叫ぶ。
そんな辰也を大御所様は優しく包んでくれた。
「辰也殿、天命を授けます。よろしく頼みましたぞ!」
そう言われた辰也は素直に
「はい、わかりました」と答えた。まるで聖母に抱かれた赤子の様な幸福感と安心感が辰也を包んでいる。
その時、一瞬辰也の髪の毛が大御所様の首に触れた!!
「こりゃ~、てめ~~どこ触っとんじゃボケ~~!! ぶち殺すぞーーー!!!」
慌てて貴湖が叫ぶ!
「辰也様、そ、そこは・・・、“逆鱗”(げきりん)・・・!!」
辰也は驚き、慌てふためいてへたり込む。まさに“逆鱗”に触れてしまったのである。
「ごめんなさい、ごめんなさい・・・あわわわわ・・・」
神の大いなる優しさと、神の怒りの恐ろしさを同時に思い知らされた辰也であった。
「大御所様、私が付いていながら申し訳ございません。辰也様にはまだ伝えておりませんでした。私からも謝りますのでどうぞお許しを・・」
慌てて貴湖も謝り辰也を弁護する。
ふ~ッ、と一息ついた大御所様は辰也に向かって言う。
「知らなかった事ゆえ此度だけは許そう。二度と触れてはなりませぬぞ!!」
そう大御所様はきつく戒めた。
辰也は「はい」と答えてオロオロと立ち上がりかカウンターの椅子に座る。貴湖が辰也に水を差し出す。辰也がそれを一気に飲み干し何とか正気を取り戻す。酔いが一気に醒めてしまったようだ。
「私も一杯頂こうか」 そう言って大御所様が隣に座る。
「そうですね、飲み直しましょう。大御所様はこれで良いですか? 辰也さんもこれ飲んでみます?」そう言って貴湖が酒を出す。
「“龍湖”、特別なお酒ですよ!」 そう言って貴湖がにっこりと笑う。
「ヒェ~~! また何か特別な御神徳が入っているとか?」
「もちろん! これを飲めば“最強”になれますよ! 何しろ大御所様の御神徳がたっぷりと・・・」
「これこれ、貴湖殿。あまり辰也殿を驚かせてはいけませんよ!」大御所様が微笑む。
「わかりました。俺も腹を決めたから、あり難く頂きます」
そう言って盃を差し出す辰也に貴湖が酒を注ぐ。
「それでは、今後の辰也様の健闘を祈って乾杯しましょう」
「カンパァ~い!!」
二柱と一人が乾杯し深夜まで飲み明かして行った。
「大御所様は本日はなぜこちらに?」と尋ねる貴湖。
「夏越の大祓も終わったので各地を見回っています。その途中で辰也殿を見つけたので立ち寄りました。この後は関東、中部を見回ってから京へ帰ります」
「京って、京都の貴船神社総本宮ですか?」辰也が尋ねる。
「ええ、そうです。私は、そこの奥宮にいます。辰也殿、いつかあなたもおいでなさい」
「はい、是非とも行ってみたい! いつか時間を見つけてお参りに行きます」
夜もだいぶ更けてきたので辰也が帰ると言った。
「それでは辰也殿、私から“神徳”と“加護”を与えます!よろしく頼みましたぞ」
大御所様から直接“御加護”“御神徳”を与えられ、辰也は“ありがとうございます”と深々と頭を下げた。
「今夜はとても楽しかった、と言うか刺激的な夜でした。これから世の中の為に?ちょっと大げさだな、皆の為に頑張ります。今夜はごちそうさまでした。・・・、いっけねぇ~~!俺、車で来てたんだ。代行車呼ばなきゃ・・」
そういう辰也に貴湖が答える。
「大丈夫! 私が送って行ってあげますよ!」
「え? どうやって??」と不思議がる辰也を貴湖が表に連れ出した。
そしてニヤリと笑うと、一瞬にして巨大な龍の姿に変わった。びっくりして辰也が腰を抜かす。
「私は龍神よ! さ、背中にお乗りください」
「スッゲー!!」 驚きながら辰也は龍神の背中、と言うより後頭部のあたりにまたがった。
「しっかり摑まってくださいね!」
「ラジャー!」
洞窟を出ると貴湖龍は辰也の車を見つける。
「あの車ね?」
「そうです」
と辰也が答えると貴湖龍は左手で車をガッツリと握り空へ飛び立っていった。
「うわ~、凄いや~! 夜空がきれいだな~。龍神様の背に乗って夜空を飛ぶなんて夢みたいだなぁ~。ところで、これって飲酒運転?」
「アハハハハー! 確かにそうね。でも高天原には違反も取り締まりも無いわ。免許だって無いんだから!」
「じゃぁ“無免許飛行”だね! ガハハハハー!」
相変わらずのおバカなコンビであった。
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