星のお姫様

ヒダマル

第1話


 お母さんが自殺した。

 お父さんは家出した。



 だからといってなにも困ったことはなく、日常はほぼほぼ変わらず続いている現状にちょっと拍子抜け。


 ていうかむしろ、平和なんだよな。

 死んだ人はもう痛くないし苦しくないんだから、これ以上心配するのは無理だし。いない人からは殴られないし。事態は好転しちゃったよ。


 問題あるのはお金だけど、あいつは財布も通帳も置いてったから暗証番号を解読してとりあえず全額下ろしておいた。二十万。安っぽいけど、ま、高校一年生が持てる額じゃないよね。あたしってお金持ち。へへ。


 ところでコレがそのままってことは、お父さんも今頃どっかで死んでるんじゃないかな。まぁどうでもいい。せいぜいあたしに見えない所で幸せになるなり不幸になるなりしてくれればいいとおもう、人間なんて自由にさ。


 大人って大変なんだろうね。二十万あったって死ぬんだから。そうなる前に私はいくよ。特に誰にも謝らないよ。




     *




「肉眼での天体観測に向く環境ではないはずだが」


 第一声からこうだった。

 あたしのへそが目線のくせに、やたら小難しい言葉で喋るんだよ。


 初めてそいつに会ったのは、肌寒い夜の公園をうろついてた時。うってつけの場所を探してね。暫定一位はターザンみたいに遊べる遊具、これなら高さも丈夫さも申し分ないでしょう。あとは脚立とロープと、え、でもちょうちょ結びでいいのかな。調べとこ。

 て感じで顎を上げて支柱を検分してたら、だいぶ下から声が飛んできたわけだ。


 女の子。


 どこにでもいそうな女の子。低学年かな。ふつうの服着てふつうの髪形にふつうの髪留めを付けている。石を投げれば当たりそうだし、跳ね返ったのがまた別のに当たるだろう。


 そんな幼女がイチョウの落ち葉を踏みながら「人類も宇宙に興味を抱くのかね」とか無感情な視線と舌っ足らずな口調で話しかけてくる夜の一コマってそこそこ珍しい経験じゃなかろうか。我ながら既に稀有な人格してると思うんだけどな。まだなんか起こるかよ。油断なんねぇな人生。


「そうだよー」


 まぁてきとうに流す。お姉ちゃんの体重を預けるに相応しい鉄骨を探してたんだよー、なんて言っても意味わかんないだろうし。

 女の子ちゃんは「成程」とだけ呟くと、視線を上に向けた。そして黙った。なにしてんだこの子。全体的になんなんだ。

 まぁいいやめんどくさい。


「じゃ、お姉ちゃん帰るから。君も気をつけてね」

おう


 応、と来た。

 公園を出る前にちょっとだけ振り返ったら、女の子はまだターザンの横にいて夜空を見上げていた。




     *




「そらちゃんって変わってる」

「なんでそんなこと言うの?」

「普通は違うよね」

「馬鹿言ってないで早くしなさい」


 あたしへの感想はだいたいこんなもんだった。

 どうして離婚しないのかお母さんに聞いたら「そらのため」とか返ってきていやコイツ本当に脳みそ大丈夫かと思ったし、期末試験前の子に「普段の実力を試すのが試験なのに試験勉強がんばって意味あんの」と話しかけたらなんか泣かれた。あたしは「空気読まずに酷いこと言う」んだそうな。知らんがな。


 あーはいはい分かった黙ってりゃいいんでしょ。って処世術を学んだあたしは中学時代から無口になって、友達、は初めからいなかったか。親を始め迷惑をかける存在はいなくなりめでたしめでたし。おかげさまであたしの命はあと十五万円だよ。


「馬鹿」だの「変人」だのあるいは「個性的」だのと好き放題言われてきたけどまぁ総合的に「頭が悪い」ってことで他人の意見は一致してるだろう。勉強してないのはホントだし。


 家に帰ってテレビをつけてサンドイッチをもぎゅもぎゅしつつ人生というもんに思いを馳せる。ちょいと早めの走馬燈かね。


 しっかしな、みんな分かってないよなぁ。決定的なトコが抜けてんだ。あたしの頭は悪いんじゃなくって、おかしいんだよ。ごっくん。


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