【第四巻:事前公開中】魔法で人は殺せない19
蒲生 竜哉
魔力消失事件
セントラル市街で急激に魔力が衰えるという現象が発生した。初めは王立病院とその周辺。その範囲は徐々に広がりつつあるという。マナはほぼ無尽蔵なはず、一体セントラルに何が起きているというのだろう……
第一話
その日、急遽編成された混成捜査チームは魔法院の会議室に集まっていた。
小さな教室のような会議室。部屋の一番後ろの壁には寄り掛かるグラムの姿も見える。
「セントラルの市街で急激に
ダベンポートは黒板の前のテーブルに両手を着くと、着席した面々を見回した。
ダベンポートがこの件に関わってすでに一週間以上になる。ダベンポートが
魔法院の捜査にこれだけの人数が投入されることは珍しい。それだけ魔法院が事態を重く見ているという証拠だ。
黒板にはセントラル市街の地図が貼られていた。その地図の東側、王立病院の周辺には数個の赤い円と緑色の矢印がインクで記されている。
「この赤い丸の範囲内では魔法が使えない。いや、より正確にはマナが枯渇していると言った方がいいのかな?」
ダベンポートの正面には当然のような顔をしてウェンディが座っていた。組んだ両手に顎を載せてダベンポートを見つめている。その隣には丸メガネの青年。名前はヨーナス。王立測量局の技官だ。
「はい。その通りです」
ヨーナスは人差し指で丸いメガネを押し上げた。
ヨーナスは測量局の若きエースだ。いつも世界中を飛び回り、魔法院の長期計画である全世界の測量に携わっている。
「いやしかし、まさかセントラル市街で魔力の測量をやり直してほしいなんて命令を受けるとは思いませんでしたよ。おかげさまで新大陸の測量から呼び戻されました」
ことの発端は病院だった。
王立病院から「最近、治癒の護符が効かない」という相談が魔法院に寄せられたのだ。
治癒の護符は傷薬のような護符だ。民間でも使われているこの護符はマナを使って生命の自然治癒力を底上げする。病気にはさほど効かないが、この護符は怪我にはなかなかに有用だった。小さな怪我ならすぐに治るし、大きな怪我でも継続的に使用すれば有効に作用する。何より、痛みを抑える効果は非常に使い勝手が良い。
「でも、あんなシンプルな魔法が効かないなんてこと、本当にあるのですか?」
右手を上げてウェンディはダベンポートに訊ねた。
「ああ。古い呪文だしね。僕も不思議に思ったんだが、本当に効かない。自分で確かめたから間違いない」
そう言いながら自分の親指の傷を二人に見せる。
ダベンポートは先日一人で王立病院に赴くと、自分で左手の親指を切って治癒の護符の効果を確かめていた。ポケットナイフで切った浅い傷だ。普通だったらすぐに閉じるはずなのに、王立病院の周辺では確かに護符が効かない。
「あれが効かないとなると、マナが枯れていると考えるのが妥当だ。そこでヨーナスたちが呼び戻されて、早速観測を始めているんだが」
右手で地図を叩く。
「どうやら、マナが枯れているのは病院周辺だけではないらしい」
ヨーナスたち測量隊が使っているのは
「そもそも、ある地点のマナの量がゼロになるなんてことは通常あり得ません」
ヨーナスは立ち上がると地図を指差した。
「マナとは漂うものなんです。どこから発生するのかはまだ誰にもわかっていませんが、ともあれ通常なら一定の濃度でどこにでもあります。長期に渡って観測するとわかるのですが、マナは濃度が高いところから薄いところに流れ込みます。これが『マナの流れ』です。ところが」
「ところが?」
ウェンディが身を乗り出す。
「ところが、病院の周辺には『マナの流れ』がないのです。まるで塞き止められているかのように真空です」
ヨーナスは腕を伸ばすと、地図の上の緑色の矢印をペンの先で示した。
「ここ数日、何人かを使って即席の観測をしてみましたが、病院の周辺には本当にマナがないんです。不思議です。こんな場所は初めて見ました」
「しかも、それは急に発生したんだろう?」
ダベンポートが言葉を継ぐ。
「いや、急にかどうかは判りませんが」──とヨーナスはメガネを光らせながらダベンポートの方を向いた──「少なくとも五十年前にセントラルで観測が始まった時には観測されていない事象です」
ある地点のマナがゼロになる事はあり得ない。
「ともあれだ」
ダベンポートはヨーナスに言った。
「まずは正確な状況を把握したい」
「そうですね」
ヨーナスも頷いた。
「この数日の観測は言ってしまえば探針測定のようなものです。このようなスポット的な測定では全体を掌握できません」
「でも、ならばどうするの?」
「定点観測を行って記録を集めます。観測ポストの設置が必要です」
ヨーナスは訝しげにしているウェンディに笑顔で答えた。
「
「じゃあ、俺はそれの監督をすればいいのか?」
それまで黙って腕を組んでいたグラムはダベンポートとヨーナスに尋ねた。
「言っちゃあなんだが、
「ああ、頼む」
ダベンポートはグラムに言った。
「騎士団にはセントラルの警官の監督を頼みたい。連中を使って観測ポストを設置して、それを毎日読ませるんだ。二週間も続ければ動きが見えてくるに違いない」
「了解だ」
グラムは頷いた。
「ヨーナス等も現場近くにいられるように警察に部屋を借りたよ。君たちはこれからそこに詰めてくれ。……では、各自要領はわかったと思う。早速仕事にとりかかろうじゃないか。……解散」
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