LAVE A GIRL

敬称略

第1話 名も無き放浪

 亀裂から射す光と身悶える様な寒さで、迷彩柄にうっすら積もる埃を舞い上がらせる。

(しまった…)

 と、私は思った。体が尋常じゃなく冷えている。茶を啜りつつ焚き火をぼぅっと眺めている内に、いつの間にやら眠ってしまっていたらしい。火はとうに消えていた。

「ふうぅ……っっ」

 手が悴んで火を付けるには難しい。取り敢えずは体を動かそう。灰を跨いで軋む床を歩き、仄かに光の漏れるドアを開ける。

「…っ」

 風が強く潮の匂いも濃いが、日に当たったお陰で部屋の中よりは暖かい。私は今、かつては人が住んでいたであろう縦に長い建造物の、その一室から一面の海を眺めている。目の前に砂浜が広がっているとか海辺の建物だったとかではないらしい。ここはかつて陸地だったそうだ。

「…」

 手すりの強度を確認してから寄りかかって、手に息を吹き掛けて脚を揺する。

 私は今、『崩壊』した世界を旅している。

 それは突然だったらしい。地震、津波、ウイルスパンデミック、隕石の落下、何が原因だったのか私には分からない。きっと、当時を生きていた人でさえ分からないんだと思う。ともかく、そうやって人間や様々な生き物の数は激減した。彼等が作った文明も、今は朽ちるばかりだろう。

 だが、かなり不謹慎ではあるが、私はこの世界を愛している。静寂、孤独、その中で出来た友達、美しいこの地平の哀愁。そして何より、寒さの中で飲む珈琲の美味さ。

 私の名前は『名無し』。名前が名無しとはなんともおかしいが、気に入っているので仕方ない。

 崩壊後アフターオブアポカリプスを歩く、一人の旅人だ。

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