第25話 お見合い

 奈緒と別れて一年後のお盆休み、健太郎はスーツを持参して中川町へ帰省した。

 休みの間に、町の商工会長である飯島金治の娘・さつきと、お見合いをすることが決まったからだ。

 正直、健太郎の気持ちは全く進まない。

 しかし、いつまでも結婚しないことで、母親のりつ子はおろか、普段は物静かな父親の隆二までも気を揉み、東京の自宅や健太郎の携帯電話にまで催促の電話がかかってくるようになった。そのたびに、『彼女を見つけるから』と言い訳をし続けてきたが、とうとうめぼしい相手も見つからないまま、お盆を迎えることになってしまった。


 お盆初日、今年もひょっとしたら?というかすかな期待を抱き、健太郎は奈緒の携帯電話に電話してみた。しかし、何度かけても無音のままか、「この電話は現在使われておりません」のアナウンスのみ。集落に迎え火の明かりが灯り始めた頃にもう一度電話したが、同じ反応のままであった。

 諦めきれない健太郎は、買い物がてら、奈緒がいるかどうか確かめにコンビニに向かった。

 真っ暗な闇の中、あちこちの家で迎え火が焚かれていた。

 たどり着いたコンビニでも、入り口の近くで迎え火が焚かれていた。店長の金子が、奈緒のために毎年店先で焚いているのだ。

 健太郎は店の周囲を何度も見回った。しかし、そこには奈緒の姿は無かった。

 健太郎は店内に入り、来客用にお酒とおつまみを買い込むと、カウンターにいた金子に尋ねた。


「すみません、今年のお盆は奈緒さん……お店に来てますか?」

「いや、今年は見ないな。おかしいなあ。いつもの年なら、この辺をウロウロしてるのを見かけるんだけど」

「そうですか、わかりました」


 健太郎は肩を落とした。

 しかし、同時に自分の中で納得し、諦めが付いたようにも感じた。

 去年の盆送りの日に語ったこと、そしてあの手紙に書いてあったことは、紛れもなく奈緒の決意だったのである。

 健太郎は家にたどり着くと、スーツにアイロンをかけ、翌日のお見合いの準備を進めた。心の中の整理がついた健太郎は、親にはこれ以上の迷惑をかけられない一心で、明日のお見合いに臨むことを決心した。


 翌日、藤田家の居間には、豪華なごちそうが沢山並べられた。

 朝から太陽が照り付ける暑い日なのに、上下紺のスーツに身を包み、健太郎は両親とともに見合い相手の到着を待っていた。

 やがて、商工会長の金治と妻の昌枝に連れられ、見合い相手のさつきが居間に姿を現した。さつきは金髪のロングヘアをなびかせ、顔にはけばけばしいほどの化粧を施し、首にはアクセサリーをジャラジャラと身に着け、紫のオフショルダーのワンピースを身にまとっていた。見た目だけで判断するのは良くないと分かってはいるものの、明らかに遊び人という雰囲気がありありと伝わってきた。


 居間に入ると、さつきの父親である金治は正座し、深く頭を下げて挨拶を行った。


「いやはや藤田さん、今日は娘のためにこのような機会を設けて下さって、誠にありがとうございます。娘は以前からおたくの息子さんに会いたいと言っておりましてな、今日はついにそれが実現し、親としても嬉しい限りです。まだまだ幼い所もありますが、健太郎さん、どうかよろしくお願いしますぞ」


 母親の昌枝も、甲高く大きな声でさつきを急かした。


「ウチの娘、自分で言うのもなんですが、愛想が良くてきっといい奥さんになると思いますよ。まだまだふつつかな所もありますがね。さつき、しっかりご挨拶しなさい」


 さつきは、真っ赤な口紅で彩られた唇を開いた。


「さつきです。よろしくお願いします」

「さ、ここからは我々は邪魔にならんよう、別室に行きますかな」


 金治は立ち上がり、妻の昌枝の肩を叩いた。


「あ、そうだね。健太郎さん、さつきのことよろしくお願いするわね」

 

 昌枝は、健太郎に目配せし、手を振って金治の後を追い、別室へ向かった。

 両親が別室に行ったと同時に、さつきはバッグからたばこを取り出し、火を灯した。さつきは真上に向かって煙を吐きだしたが、強烈な煙とヤニの香りが、健太郎の鼻にも入り込んできた。


「健太郎さんって言いましたっけ?」

「はい。よろしくお願いします」

「失礼ですけど、お歳は?」

「もうすぐ、三十四になりますが」

「アハハ、三十四なんだ。で、お仕事は?」

「東京にある、小さな会計事務所に勤めてます」

「ふーん……じゃあ、普通のサラリーマンっていうことですか?」

「まあ、そうですかね」


 さつきは、再びたばこに火を灯した。

 話している最中も、真正面から、健太郎の顔を見ようともしない。

 それどころか、時々スマートフォンの着信音が鳴り響き、そのたびに着信内容を確認している。

 さつきは着信内容をすべて確認し終え、スマートフォンをかばんにしまい込むと、

「ごめんなさい。私、別な用件があるんで、今日はこれで。一応、名刺あるんで、渡しておきますね」

 と言って、名刺を健太郎に手渡した。


「今後はここに書いてあるアドレスや番号に、連絡すればいいのですか?」

「まあ、そうですね」


 さつきはそそくさとカバンを抱え、立ち上がって玄関へと向かっていった。

 途中、両親がいる別室に入り、

「お父さん、お母さん、先帰るね」

 とだけ話し、そそくさと立ち去っていった。


「あれ、さつき、もう帰るのか?まだ二十分しか経っていないぞ!」

「さつきちゃん、待ちなさい!本当に話が進んだの?」


 両親の心配をよそに、さつきは玄関に置いてあるヒールの高い靴を履くと、コツコツと靴音を立てて表に出て行ってしまった。

 健太郎も靴に履き替え、その後姿を見送ろうとすると、十メートル位先の所に真っ黒なレクサスが停まっていて、さつきが近くまで来ると、まるでタクシーのように自動的にドアが開いた。さつきはその中に入り、バタン!と大きな音を立ててドアを閉めると、レクサスはエンジンがかかり、そのまま猛スピードで立ち去っていった。

 さつきが帰った後、健太郎は両親に呼び止められた。


「どうだった、いい娘でしょ?気立ての良さはこの町で一番だと思うわよ」


 りつ子は、ニコッと笑いながら、居間の片づけを始めた。


「さつきちゃんは商工会長の大事な愛娘だからなあ。さつきちゃんと結婚となれば、俺たち一家も会長から色々守ってもらえるぞ」


 この町で長年工務店を営む隆二は、腕を組みウンウンとうなずきながら、まるでさつきとの結婚が決まったかのような口ぶりで話をした。

 しかし、現実としてさつきは結婚など興味は無さそうだし、健太郎のことも結婚相手として全く眼中にはなさそうであった。

 それに、お見合い中も誰かとしきりに連絡を取っていたり、迎えに来たレクサスに乗って帰っていった所を見ると、おそらく他に付き合っている男性がいると思われる。

 幸次郎が言っていたように、親からお金をせびって遊んでいるようだし、多分レクサスに乗るような金持ちにしか興味がないのかもしれない。

 ため息をつく健太郎だったが、その時突然、LINEの着信音が鳴った。

 気分が落ち込んだこんな時に、一体誰が?と思って、スマートフォンを覗き込むと、みゆきからの着信であった。


『こんにちは。今日はお暇でしょうか?久しぶりに帰国し、このお盆は帰省しています。今、奈緒ちゃんのお墓に来ています。よかったら一緒にお墓参りしませんか?』


 みゆきは貿易関係の仕事をしており、昨年から今年にかけてイギリスに滞在していた。しばらくお互いに連絡を取っていなかったが、奈緒が二度とこの世に来ないということは、昨年のうちにみゆきにも伝えていた。

 思い返せば、今年のお盆は、まだ奈緒の墓参りに行っていなかった。

 健太郎は、墓参りがてら、久しぶりにみゆきに会いに行こうと決意した。

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