第8話 彼女の想い

コンビニエンスストアの店主と思しき男性は、健太郎の対面に腰かけ、けだるそうな表情でポケットから名刺を1枚取り出し、手渡した。


「この店の店長の金子和明と言います。この場所でかれこれ、20年近くこの店を経営していますが、あなたは?ここに来ていた女の子のことを知っているといったけど、どうしてあなたがそんなこと、知ってるんだね?」


「いや‥僕‥その‥」


金子が、健太郎を見つめるまなざしが次第に鋭くなってきた。


「どういう目的で、その子のことを知りたいんだね?」


「いや、そんな、変な目的があるわけじゃないんです。僕、その子と、知り合って仲良くなり、4日間だけですけど、お付き合いをしていました。けど、別れた後、どうしても、彼女がどうして4日間だけで消えてしまったのか、気になってしまって。」


健太郎の話を聞くと、金子は突然、両手で机を思い切り叩いた。


「ふざけるな!付き合っていただと?それで、その子のことが気になって、この私から色々聞き出そうとしているのか?」


「だ、だって不思議だと思いませんか?彼女、僕に会うときはいつもこのコンビニの陰から出てきたんですよ。」


「だからこの私に聞けばわかると思ったのか?それで、聞きだしてどうするつもりなんだ?」


金子は興奮し、息を切らしながらも、健太郎を睨みつけ、怒鳴り散らした。


「別に、聞きだしたからどうする、というわけじゃありません。彼女に、感謝の言葉を言いたい、ただそれだけなんです。僕は生まれてこの方、彼女がいたことがないんです。そんな僕を、たった4日間だけど、好きになってくれて、たくさんの思い出を一緒に作ってくれた。それが凄く嬉しかったんです!」


金子は、相変わらず怒りに満ちた表情であったが、その後は怒鳴り声を上げず、何か言いたげな顔はしているものの、グッと黙り込んだ様子だった。


「お願いです‥もし、彼女について‥奈緒さんについて、分かることがあれば、出来る範囲で良いです。教えてもらえませんか?」


金子は立ち上がり、窓際へと歩き出した、そして、窓ごしに外を流れる川をしばらく無言のまま、ボーっと見つめた。


「‥ここで、これから私が話すことを、ほかの誰にも言わないと、約束してくれるならば、な。」


「は‥はい、この場で、約束いたします。」


金子は、咳払いをし、ポツリポツリと、つぶやくように語り始めた。


「‥私の同級生なんだが、佐藤剛という男がいてね。幼馴染で、子どもの頃はずっと一緒に遊んでいたんだ。彼は釣りが好きでね。暇さえあれば、私とあっちこっちの川に出かけて行ったんだ。」


「佐藤?まさか、佐藤って。奈緒さんのお父さん?」


「ああ、そうだよ。君もある程度は知ってるんだね?奈緒の生い立ちは。」


「いや、彼女の名字についてだけ、ですけど。」


「剛は‥昔から頭が良くてな。高校卒業と同時に、東京の一流大学に入って、大手の情報通信会社に勤めていたんだ。私は高校出て地元で仕事していたんで、都会で活躍している剛を羨ましく思ってたけど、あいつは、律儀にお盆と正月には必ず帰ってきて、私と釣りを楽しんでいった。そして剛は、実家の親の病気が重くなったので、30過ぎた時に、ここに帰ってきたんだ。奥さんと、まだ小さな子どもを連れてね。」


「それが‥奈緒‥さん?」


「まあな。奈緒ちゃんがまだ幼稚園に入るか入らないかの頃だったな。私は子どもが居なかったから、奈緒ちゃんが遊びに来た時は、自分の子どものように、めいっぱい可愛がって、遊んであげたんだ。奈緒ちゃんは、本当に可愛かった。人懐っこいし、遊ぶときは目をキラキラ輝かせて、とことんまで遊ぶし。」


「…はい。僕と一緒の時も、そんな感じでした。そんな彼女が、とてもいとおしく感じましたね。」


「けどな、家に帰ったら、毎日勉強ばっかりやってたみたいでな。奥さんは剛の学生時代の同級生なんだが、親が中央官庁勤めで厳しい家に育ったせいか、奈緒ちゃんに対しても、勉強をきっちりやらせてたみたいなんだ。それが奈緒ちゃんには窮屈だったみたいで、剛も奥さんのやり方に反発したようだけど、奥さんは頑として聞き入れなかったみたい。」


「え?でも、お父さんと、よく釣りに連れてきてもらったって聞きましたが‥」


「ああ、奥さんが出かけた隙を狙って、二人でこっそり釣りに行ってたみたいだね。」

金子は、笑いながら話したが、話してはまずいと思ったのか、ちょっと咳払いをした。


「店長さん‥僕、奈緒さんとはどっかであった気がしたんですよ。それで、高校の時のアルバムを見たら、奈緒さんは、僕の2年後輩で同じ合唱部にいたみたいです。」

健太郎は、当時のことを思い出しながら、伏し目がちに話した。


「‥‥!そういえば、家に帰ってしっかり勉強することを条件に、部活動やるのを許してもらった、って聞いたことがあるな。」

金子は、目を見開き、驚きの表情を見せた。


「たしか奈緒ちゃんが高校を卒業するちょっと前くらいかな、剛が病気で急死してしまったんだ。当時、もう剛の両親とも亡くなっていたから、この町で身寄りが無くなった奥さんは、奈緒ちゃんを連れて東京の実家に帰っちゃったんだよね。」


金子は立ち上がり、窓の方に歩みを進め、窓の外を見ると、少しため息をつきながら話した。


「それでな、卒業から2年くらいたった頃かな。奈緒ちゃんが突然、大きなリュックを担いで、店の前に立っていたんだよ。お前、どうしてここにいるんだ!って聞いたら、『家出してきました。』って、笑いながら言ってた。奈緒ちゃんは奥さんの勧める一流大学になかなか受からなくてな‥当時は二浪中だった。東京の家に居たら毎日勉強漬けで、母親監視の下で生活しなくちゃいけなくて、窮屈で、嫌でしかなかったって。」


「それじゃ、店長さんが、奈緒さんを匿っていたっていうことですか?」


「そうだ。私の家でしばらく一緒に暮らしていたんだ。時々、お店を手伝ってもらったり、店番の無い日は釣りだのドライブだの、あっちこっち連れてったな。

あの時奈緒ちゃんは確か、20歳くらいだったけど‥とにかく、遊びたい盛りだったんじゃないかな。ここにいた間は、受験の参考書なんて見向きもしなかったぞ。」


「‥お母さんは、奈緒さんを探しには来なかったんですか?」


「奈緒ちゃんは何ヶ月かここに居たんだけど、その後奥さんが警察に相談して、連れ戻しにきたんだ。見つけた時、私のことは、隠避罪で訴えるとか言い出しやがって。私は善意でやったことだから、徹底的に戦うつもりだったけど、奥さんからの圧力がしつこくて、最終的には折れてしまった。けど、あの時、なぜ全力で阻止しなかったのか、それが、今でも悔やんでならないんだ‥。」

金子は、大きなため息をつき、壁に手をつけると、身体を震わせながら嗚咽した。


「奈緒ちゃんは、翌年の受験も失敗したらしく、その直後、精神的に参ってしまって、自殺しちまったんだ・・本当にバカだった、あの嫁に奈緒ちゃんを任せるなんて、悪魔に魂をうるのと同然だった。」


「‥な、なんてことだ。そんなつらい思いをしていたなんて。」


「本人は遺書を残していてね、お墓は、お父さんの所に埋めてほしいと書いてあった。だから、奈緒ちゃんのお墓はこの町にあるんだ。この町にあった実家は、剛が亡くなって奥さんと奈緒ちゃんが東京に出て行った時に、壊しちゃったんだよね。だから、お墓だけが、彼女が生きていた証なんだ。」


「あのお墓だけが‥‥彼女の、この町に残る証なんですか。」


「そうなんだよ。寂しいけどね。あ、そうそう、奈緒ちゃんが亡くなった時に、遺書を私も読ませてもらってね。そこには、もっとめいっぱい遊びたかったって。めいっぱいおしゃれをしたかったって。そして、恋をしたかったって。後悔めいたことが、いっぱい書いてあったよ。」


金子は、半分泣きじゃくりながら、窓の前でうつむき加減につぶやいた。

健太郎は涙が止まらなかった。ただひたすら、悔しかった。彼女が1年生の時、もっと気を遣ってあげればよかった、彼女の家庭のことを聞いて、守ってあげればよかった・・そうすれば、遺書に書いてあった彼女の願望がすべて、現実になっただろうに・・今はただ、後悔の念で一杯だった。


「今も、彼女のために、お盆には迎え火や送り火を焚いてるんだ。お盆の時には現世に降りてきて、生きてる間にできなかった好きなこと、やり残したことをやってほしいって思ってね。奈緒ちゃんは、大親友だった剛の大事な一人娘だし、私にできることがないかな?と思って、彼女が亡くなってからずっと迎え火や送り火を続けてるんだけど、その甲斐があってか、お盆の時には、彼女がここに来てるんじゃないかって感じることがあるよ。」


「店長さん‥奈緒さんは‥奈緒さんは、本当にここに来てたんですよ。僕は、このお盆の間、毎日ここで、彼女に会っていましたから。たまたまこのコンビニで出会い、最後には必ず、彼女のお墓のある場所へ帰っていったんです。」


「お、おお、そうだったのか!あなたは、この世に戻ってきた奈緒ちゃんと会えたんだね。で、奈緒ちゃん、元気だったかい?」

金子は、まさかという表情で、健太郎の方を振り向いた。


「はい、一緒に釣りしたり、海に行ったり、花火を見たり‥ただ、最後はすごくやつれて、かわいそうでしたが‥。」


「たぶん、私が送り火を焚いたから‥じゃないのかな。迎え火で迎えられた御霊は、送り火に見送られて再びこの世を去っていかなければならないからな。」


「そうなんだ‥だから、彼女がこの世に居られたのは、お盆の間のたった4日間、だったんだ。」


健太郎は、奈緒と付き合えたのがわずかな日数だったという理由が、金子の説明に聞き入るうちに、徐々に分かってきた。


「健太郎さんと言ったね。これからも‥お盆の時、奈緒ちゃんを、よろしくお願いしたい。きっと、あなたと過ごした4日間は、楽しかったに違いない。私は、あなたが奈緒ちゃんの過去を、興味本位で聞きこみに来たのかな?と思っていた。でもそうじゃなく、奈緒ちゃんがやりたかったことを、あなたは一緒にかなえてくれたんだね。心から、礼を言いたい。」


金子は、窓際からこちらへ歩み寄ると、健太郎の前で一礼した。


「こちらこそ、色々奈緒さんについて教えて下さって、ありがとうございました。また来年‥奈緒さんに会いに、戻ってくる予定です。」


「おや、あなたはこの町の出身じゃないのかい?」


「僕はここ中川町の出身です。今は東京にいますが‥あ、そうそう、奈緒ちゃんのお母さんって、どちらに住んでるかご存知ですか?」


「‥知らんな。あんな女。顔も合わせたくないな。何だね、会いに行くのかね?」

金子の穏やかな表情が豹変し、眉間にしわを寄せ、何故だと言わんばかりの表情で健太郎に問いかけた。


「奈緒さんの本当の気持ちを伝え、そして奈緒さんに出会ったことの感謝を伝えてこようと思いまして。」


「やめたまえ。時間の無駄だぞ。これはあなたへの「忠告」だ。あの女は、本当に我が強くて、私たちの話なんてこれっぽっちも耳を貸さない。いかにも鼻持ちならない、都会のエリートって感じの女だ。」


金子は、健太郎を睨みつけるような表情で見つめ、たしなめるかのような口調でまくしたてた。

しかし、健太郎は、奈緒を育てたもう一人の親であり、奈緒の自殺の原因だと思われる母親に会いたかった。

そして、霊となり蘇った奈緒のこと、生き生きした表情で健太郎と過ごした日々のことを伝え、母親に奈緒の本当の気持ちを分かってもらいたい、と思った。


その時、ドアを叩く音がして、ドアの外から、金子を呼ぶ声がした。

金子はドアを開錠すると、レジにいた金子の妻らしき女性がドアの外に立っていた。店内が混雑してきたらしく、金子にレジの応援をするよう話しかけてきた。


「悪いが、そろそろ私も仕事なんで、これで失礼する。ただ、母親の所にいくつもりなら、悪いことは言わんから、やめた方がいいぞ。」


そう言うと、健太郎に背中を向け、レジへと戻っていった。

健太郎は、金子に一礼し、店の外へと足早に歩き去っていった。

店の外に出ると、真っ青な夏空に徐々に夕焼けがかかりはじめていた。

そして店先の歩道には、送り火を燃やした跡と、金子が奈緒に手向けたであろう、百合の花束と線香が残されていた。

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