第2章 ありがとうを言いたくて
第8話 記憶を辿って
奈緒と別れ、やりきれなさと喪失感が残る中、健太郎は車を飛ばして家に帰ると、健太郎の家の入口には、真っ黒い灰や、焦げて炭のようになった薪が残っていた。
そういえば、今日でお盆は終わりだった。
送り火が終わると、今年のお盆も終わり、町の人達はまた日常の生活に戻る。来週からは仕事も始まる。
健太郎は、胸にぽっかりと大きな穴が開いたような感じがした。
翌日、健太郎は幸次郎と共に、先祖の眠る墓の掃除に向かった。
掃除道具とバケツを手にした二人は、墓地へと続く石垣の塀で囲まれた小径の前にさしかかった。
その時健太郎は、奈緒のことが頭をよぎった。彼女は、どうやってここから帰っていったのだろうか?奈緒は、最後まで自分の家を健太郎に案内することは無かった。
「奈緒さん、いつもここで別れたんだよな。そして、そのまま小径を歩いて、どこかへ消えてしまうんだ」
「ふーん」
「この小径を真っすぐ行ったら、家が見えてくるかな?そこが、彼女の家だと思うんだけど」
二人は小径をしばらく歩き続けると、道路は山に阻まれ、行き止まりになっていた。
「あれ?ここでおしまい?」
「そうみたいだね。というかここ、墓じゃね?今日、点検して行く墓地の1つだよ」
「ええ?ぼ、墓地?」
行き止まりとなった小径の両側には、古いお墓がずらりと並んでいた。その周りには、民家らしきものもなく、墓地しか見当たらなかった。
「どうなってんの?彼女は確かに、こっちに向かって歩いていったんだけど」
「なあ兄貴、本当にこっちなのか?俺の知る範囲でも、この辺には民家はないぞ。この小径も、墓地にしかつながらないからね」
諦めきれない健太郎は、墓石を一つ一つ見て回った。奈緒につながる手掛かりがあるのでは、と思い、墓石に書かれた名前を一つ一つ確認した。
「彼女の名前、何ていうんだっけ?」
見るに見かねた幸次郎も、一緒に墓石の確認を始めた。
「たしか、坪倉……奈緒だったと思う」
「坪倉さんねえ……この町にそんな洒落た苗字の人、いないと思うけど?」
蝉の声がけたたましく響き渡る中、蒸し暑い墓地で汗だくになりながら、二人は墓石を一つずつ確認した。
「だめだ、だめだ!坪倉なんてお墓は、どこにもないよ」
健太郎は、ため息をついて、へたり込んだ。
「きっとさ、キツネか狸だったりするんじゃねえか?このあたりでも、目撃情報あるしさ。たぶん、化けて出てきたんだよ」
「そんなわけないだろ?マンガじゃないんだから、そんなの現実にあるわけないじゃないか?」
「というか、今兄貴が俺に話していることも、マンガみたいだぞ。数日間だけ、墓から人がよみがえって、この世に出てきただなんて、どこのマンガだよって感じ」
「まあ、そう言われたらそうかもしれないけどさ」
「とにかく墓地の点検は終わったし、今日は帰ろうぜ。暑いし、腹減ったしさ」
健太郎は幸次郎に肩をポンポンと叩かれると、がっくりと肩を落としながらもうなずき、小径を再び歩き出した。
「なあ、幸次郎。近くのコンビニでさ、若い女の子が夜に立ち尽くしてたの、見たことあるかい?」
「知らないな。彼氏との待ち合わせでコンビニの前に立ってる子達とかなら、何度も見たことはあるけど」
「こう、髪が長くてさ、色白で、背が高くてさ」
「う~ん……ないなあ」
地元から出たことのない幸次郎の記憶にないのであれば、ほかを当たるしかない。実家に帰ると、健太郎は、今は物置にされている自室へと向かった。
ここなら、中学や高校時代のアルバムとかも残っている。
健太郎は、片っ端からページをめくって写真を確認した。そして、最後のページに掲載されている、同級生の住所一覧もくまかく確認した。
「ないなあ。奈緒なんて名前の子、いないよな。」
小学校、中学校、そして最後に、高校の卒業アルバムをめくったその時、健太郎は一枚だけ、気になる写真を見つけた。それは、健太郎の所属していた合唱部の集合写真であった。集合写真には三年生だけでなく、一年生や二年生も一緒に写真に入るのが合唱部の伝統である。
「あれ?この子、奈緒に似てるなあ。長身で髪が長いし、肌の色も白いし」
健太郎の真後ろに立つ一年生の女子生徒の列に、奈緒らしき姿があったのだ。
健太郎は、幸次郎の元へと走った。
「幸次郎、この子見覚えあるか?」
「あれ?この子……兄貴の成人式の日にこの家に来て『健太郎さん、いますか?』って言ってた子によく似てるな」
「はあ!?」
すぐさま健太郎は、合唱部のOBに連絡をとった。
合唱部の一年後輩で、唯一健太郎と今でも付き合いがあり、東京でラーメン店を経営している、
アルバムの写真を撮り、LINEで和希に送信した。
その後十分足らずで、着信音があり、確認すると、和希からの返信だった。
『この子、
『やっぱり、合唱部の子だったんだ』
『大人しくて目立たない子でしたからね。一緒に一年半活動したといえ、俺もあまり記憶がないんですよ。後輩の女の子に聞いてみますか?』
LINEを通してではあるが、和希から嬉しい答えが返ってきた。
『頼むわ。それと、俺からその子に直接連絡してもいいか、聞いてみて』
しばらくすると、再びLINEの着信音が鳴った。
「後輩の
健太郎は、早速、和希から教えてもらったみゆきのLINEアドレスに、メッセージを送信した。
『お久しぶりです。テナーやってた藤田健太郎です。元気ですか?みゆきさん、突然ですみませんが、同級生で同じ合唱部だった佐藤奈緒さんのこと、知ってますか?』
メッセージを送ってしばらくは返信がなかったが、昼食を食べ終えた頃になってようやく、着信音が鳴った。
『お久しぶりです。岡田です。お元気ですか?奈緒ちゃんとは三年間、一緒のクラスで、合唱も一緒でしたよ』
『奈緒さんは今、どうしてるか、知ってますか?』
『もう、亡くなりました。ちょうど二十歳の時かな』
『ええ?そうだったんだ。じゃあ、中川町には家族だけが住んでるのかな』
『いや、彼女が高校卒業する頃にお父さんが病死し、奈緒ちゃんはお母さんと一緒に、東京に出て行ったんです』
『そうなんだ。じゃあ、ご家族はお母さんだけ残されたんだね』
『お母さんには奈緒ちゃんのお葬式で会ったんですけど、その後のことはわかりません』
『そうなんだ。わかりました』
『ところで先輩、何で急に、奈緒ちゃんのことを?』
『いや、知り合いが、どうしてるか知ってる?って、俺に聞いてきたんで』
『そうですか。奈緒ちゃんはもう亡くなってだいぶ経ちますし、余計な詮索はしない方がいいかもしれませんよ』
『わかりました。ありがとう。また何かあれば連絡しますね』
健太郎は、スマートフォンをポケットに仕舞うと、再び、小径の奥にある墓場へと走っていった。
最初は、奈緒の苗字である「坪倉家」だけを意識して墓石を調べたが、今度は「佐藤家」の墓石があるかどうか調べた。しかし、佐藤姓はこの町では多い苗字であり、墓地の中に佐藤家と刻まれた墓石は五か所もあった。
「う~ん、確か墓の横に、戒名とか刻まれてるんだっけ?」
健太郎は、佐藤家と刻まれた墓石の、それぞれ横側を確認した。
そしてついに、一か所だけ、奈緒の名前が刻まれていた墓石を確認した。
「坪倉奈緒 二十才 平成二十一年三月二十六日 没」
ああ……やっぱり奈緒は、既に十年も前に死んでいたのだ。
健太郎が見たのは、お盆の迎え火に迎えられてやってきた、奈緒の亡霊だったに違いない。彼女が、昨日までしかいられない、と言っていたのは、昨日が盆の最後の日で、送り火に見送られ、「元の世界」へと帰っていかなければならなかったからに違いない。
奈緒の脇には、亡くなって一緒に埋葬された親族の名前が刻まれていた。
祖父母、そして病死したという父。この墓に埋葬された親族のうち、奈緒だけが「坪倉」姓であった。おそらく、父の死後この町を離れた時に、母方の姓に改姓したのだろう。
健太郎は、うすうす感じてはいたものの、奈緒が故人であったという事実を知り、すっかり落ち込んでしまった。
折角出会った彼女が、まさか亡霊だったなんて。
これでは周りに、付き合っている彼女がいます!だなんて、堂々と言えるわけがない。そして、年齢が彼女のいない期間であるという不名誉な記録は、またしても更新されてしまった。
やがて、目の前に、奈緒と出会ったコンビニが見えてきた。その時健太郎は、入り口付近に不思議なものを見かけた。路側帯に置かれた、百合の花束と線香、その近くには昨日焚いたと思われる、送り火の跡が残っていた。
一体誰が、この場所に?
そもそも、奈緒はなぜいつも、墓地へと続く小径ではなく、この場所から出現したのだろうか。健太郎は、コンビニの店主なら、奈緒のことを色々知っているのではないかと思い、店内へと入っていった。
「いらっしゃいませ」
いつもレジに立っている、初老の男性……おそらく、このコンビニの店長だろう。
「すみません、つかぬことをお聞きしますが、この人、知りませんか?」
健太郎は、スマートフォンに収めてあった奈緒の写真を見せた。
「ああ、この子ね。知ってますよ」
店長らしき男性は、躊躇なくサラリと答えた。
「この子って、いつもこのお店の辺りで、うろうろしてませんでしたか?」
「そうですね」
男性はまたしても、サラリと答えた。
「すみません、お店の皆さんなら、この子のこと、ひょっとしたら、何か知ってるんじゃないかなと思いまして」
すると、男性は少し考え込んだ後、
「ちょっと待ってもらっていいですか。お客さん来てるんで。そのあと、お話しますから、店の奥の控室へどうぞ」
と言うと、健太郎は男性にレジカウンターの後ろにある控室へと案内され、ここで待っているよう伝えられた。
この男性、奈緒について、ほかの誰もが知らない何かを知っているに違いない。そう思い、しばらく待ち続けることにした。
数分ぐらいして、男性が控室に入ってきた。
「待たせてすみませんね。レジは妻にお願いしてきたんで、ご心配なく」
そういうと、男性はドアを閉め、しっかりと施錠した。そして、健太郎の正面に腰を下ろし、うつろな目でみつめた。
この町で奈緒をよく知る人は、この人しかいない。健太郎はそう確信し、緊張の面持ちで、男性の顔を見上げると、深々と一礼した。
「藤田健太郎と言います。よろしくお願いします」
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