第6話 最初で最後のデート
八月十六日、盆送りの日。健太郎は前日の盆踊りの準備作業で疲れた体に鞭打って、朝早く起き、シャワーを浴び、しっかり髪をセットした。
幸次郎は、初めてのデートに出かける健太郎に、自分の車と、幸次郎の勝負服?だという濃紺地に真っ赤なハイビスカスが描かれたアロハシャツを貸してくれた。
「兄貴、いい思い出作ってこいよ。そして帰ったら、ちゃんと俺に結果を報告しろよ」
幸次郎はニヤニヤしながら、肘で健太郎の肩を小突いた。
「う、うるさい。どうせこれが最初で最後のデートなんだから」
「は?どういうこと?」
幸次郎は、あっけにとられた顔で健太郎を見つめた。
「い、いや、何でもないよ」
昨日の奈緒の言葉を説明するとなると、話が長くなりそうだし、なかなか信じてもらえないと思い、健太郎は知らんぷりを決め込んだ。
納屋に停めてあった幸次郎の車は、車高の低いスカイラインである。
車にキーを差し込むと、「ブオブオブオ~ン!!」と、マフラーが大爆音を立てて唸りだした。
「こ、幸次郎!この車、カッコいいけど、音がうるせえよ!」
「俺の自慢のスカイラインに文句言うなよ。高い車なんだからな。傷つけたら、兄弟と言えど弁償お願いしますよ」
「あ、あのなあ!そういうわけじゃなく、彼女、ビビっちゃうだろう?この爆音さあ、しかもこの車のデザイン、何とかならないのか?」
「じゃあ、行ってらっしゃい!いい結果を期待するよ。あ、今夜は帰り遅くなっても、親には上手く取り繕っておくから、心配すんなよ」
幸次郎はニコッと笑って、親指を上げた。幸次郎の気持ちは嬉しいが、どう考えても田舎のヤンキー仕様のカスタム車を運転してきて、奈緒がドン引きしなければいいが。
おととい奈緒と出会ったコンビニの駐車場に到着すると、コンビニの裏の壁にもたれかかるように、麦藁帽子をかぶった髪の長い女性が立っていた。
「奈緒さん?」
車の窓を開け、健太郎は大きな声で声をかけた。
すると、奈緒はニコッと笑い、健太郎の車に駆け寄ってきた。
奈緒は、肩の出た緑のギンガムチェックの膝上丈のワンピースを着ていた。肩ひもが背中でクロスし、大きく露出した白く華奢な肩と背中を見て、健太郎の胸は、思わずドキドキと高鳴りだした。
「どうしたの?顔がちょっと真っ赤だよ、健太郎さん。」
奈緒は、どうしたの?と言いたげな表情で、健太郎の顔を覗き込んだ。
「な、何でもないよ」
「そう?じゃあしゅっぱーつ!」
奈緒は、拳を上げて健太郎にニッコリと笑いかけた。健太郎がエンジンをかけると、ブオンブオンと爆音を立ててエンジンが唸りだした。
「わああ!すごい音!」
奈緒は、両耳をふさぎながらも嫌そうな表情はしていない様子だった。
「ごめんな、驚かす気はないんだけどさ」
「ううん、平気だよ私は。それより健太郎さん、何気にすごくカッコいい車、持ってるんだね」
「まあね、カッコいいだろ?」
本当は弟の幸次郎の車だけど、それを言うと、自分の車を持ってないのかとガッカリされてしまいそうだから、隠し通すことにした。
「健太郎さんの着てるアロハもカッコいい!私も着てみたいかも!」
奈緒は、健太郎のアロハシャツを指でつまむと、羨望のまなざしでしばらくまじまじと見つめていた。
「そう言われると嬉しいなあ。アロハ、俺結構好きなんだよね」
これも本当は幸次郎のものだし、本当はアロハは好きじゃないけど、このことも車同様、隠し通すことにした。
車を二時間近く走らせ、峠を越えると、目の前には太陽に照らされ、輝く海と水平線が姿を現した。峠を下り、町を通り抜けると、県内有数の海水浴場「美根浜」に到着した。ここは、遠浅の海とどこまでも広がる白い砂浜が魅力で、県内外から海水浴客がやってくる。この日は盆休みということもあり、朝早くから色とりどりのビーチパラソルが砂浜にひしめき合っていた。駐車場は既に満杯で、他にも停められそうな場所を探したものの、なかなか空いている場所が無い。
「今日はお盆休みだからなあ。駐車場はどこも満車だな。諦めようかな?」
健太郎は、思わず弱音を吐いた。
「ねえ、もう少し離れたところも探したら?」
奈緒は、冷静に健太郎にアドバイスした。
健太郎は奈緒の言葉に従い、車を走らせると、海水浴場から少し離れた場所に、やっと空いている駐車場を発見した。
車を降りると、目の前にあるのは広く白い砂浜。しかし、波の上には遊泳禁止の赤いポールが張られていて、監視員らしき若い男がメガホン片手にうろうろしていた。
「せっかくこんなきれいな場所なのに、遊泳禁止だってさ」
「しょうがいないじゃん。じゃあ、波打ち際で少し水浴びしたら、帰りましょ」
奈緒は、両手の手のひらを上にあげて、仕方ないのポーズをして、そそくさと砂浜に歩き出していった。波打ち際近くまで来ると、麦藁帽子と、着ていたワンピースを脱ぎ捨て、グリーンのビキニ姿になった。フリルの付いた可愛らしいデザインであったが、華奢で色白の奈緒に、とても似合っていた。
「あれ?どうしたの?水着、持ってこなかったの?昨日、私、持って来いって言ったよね?」
奈緒は、目をくりっとさせながら、着替えず浜辺にぼーっと立ち尽くす健太郎にやや不満そうな表情を浮かべていた。
「も、持ってきたよ!ただ、タオルがないと恥ずかしくて着替えられないんだ。着替えるスペースないんだよ、ここ」
「もう!最初にズボンの下に穿いてこなくちゃ。健太郎さん、要領悪いなあ」
「や、やかましわい」
奈緒は、車にそそくさと戻ると、バッグから白くて大きなタオルを取り出すと、ポイっと健太郎に投げて渡した。
「ごめんな」
健太郎は、申し訳なさそうな表情で、タオルを受け取った。奈緒のタオルを腰に巻き、健太郎は、幸次郎に借りたサーフパンツに何とか穿き替えることができた。
健太郎が着替え終わると、奈緒はニコッと笑って、そっと右手をさしのべた。健太郎が手に触れると、奈緒はその手をグイっと引っ張った。
奈緒は水辺を、ひたすら走った。
その表情は、何かから解放されたかのように、生き生きとしていた。
真夏の太陽が、じりじりと二人を真上から照らした。そのせいか、水辺を走っているのに、健太郎の額には汗が噴き出してきた。
海水浴場の監視員が二人に気づいて、こちらに向かってくるのを見て、やっと奈緒は走るのを止めた。
「あ~あ、監視員さん、気づいちゃったか。残念」
「そ、そうだね。はぁ……疲れたよ」
健太郎は、走り終えると、疲れ果ててその場に座り込んでしまった。
「大丈夫?」
「うん。というか、何でそんなに砂浜を走りまくるんだ?そんなに子供みたいにはしゃいでさ。海がそんなに、珍しいのか?」
「ううん。だって、なかなか来れる場所じゃないもの」
「え?車を飛ばせば、中川町からだと二時間弱でここに着くぞ」
「運転、できないもん。免許、無いんだもん」「そ、そうか。ごめんな、変なこと聞いて」
健太郎は、ちょっと余計なことを聞いたかな?と、決まりが悪そうな顔で髪の毛をかきむしった。二人は手をつないで、波打ち際を歩いた。光輝く波は、砂浜に打ち寄せ、二人の足元を優しく濡らした。
「ねえ?あのモニュメント、何かな?」
奈緒は、遠くを指さした。
「え?どこ?」
「あの、白いハートのモニュメント」
砂浜が途切れ、少し小高い丘になっている所に、ハートの形をしたモニュメントが立っていた。
「あ、あれは有名な美根岬かな?このあたりでは、有名なデートスポットだよ」
「デートスポット?」
「一緒に行ってみようか?」
健太郎は奈緒の手を引いて、モニュメントのある場所まで先導した。モニュメントの前には、既に水着姿のカップルが沢山集まり、列をなしていた。
彼らの目的は、ハートのモニュメントの中央に設置された、「
「うわあ、すごく並んでる。しかも、みんなカップルじゃん!」
奈緒は、目を丸くして、行列を見つめていた。
「あの鐘を一緒に鳴らすと、そのカップルは永遠に続くって言われてるんだ」
「そうなんだ。じゃ、私たちには、関係ないね」
それだけ言うと、奈緒はちょっと下を向いた。
「そうか、今日までだもんな。俺たちは」
健太郎は、奈緒の表情を見て、この場所に連れてきたことをちょっと後悔した。
「でもさ、私、また健太郎さんにどこかで会えるような気がするんだ」
「え?今日までなのに?」
「うん……。あ、そうそう、鐘を一緒に鳴らそうか?健太郎さん」
奈緒は顔を上げると、驚いた表情の健太郎をよそに、健太郎の手を引っ張り、鐘を鳴らすため待機している列に並んだ。しばらく並ぶと、健太郎と奈緒は、モニュメントの前にたどり着いた。モニュメントの前には、鐘を鳴らす時に唱える言葉が書かれていた。
「『二人の愛が、
健太郎は、「今日までの恋人」である奈緒とともに、この言葉を唱えることに空しさを感じていた。しかし、奈緒は落ち込んだ様子もなく、前を向いて鐘につながる二本の紐を握りしめると、片方の紐を健太郎に渡した。
「一緒にここに書かれてる言葉を唱えないと、効果がないんだって。だから、声を合わせて、一緒に紐を引っ張るんだぞ」
健太郎は奈緒にそう伝えると、奈緒はニコッと笑い、うなずいた。
『二人の愛が、永遠に続いていきますように!』
奈緒と健太郎が声を揃えて言葉を唱え、紐をひっぱると、鐘が甲高い音を立てて、どこまでも青い夏空の広がる海岸に響き渡った。
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