想いが通じ合う時


「――大丈夫?」


 戦いが終わり、まだ地面には石の欠片かけらのゴミが散乱しているロコの家先で、彼女は真華しんげにそうたずねる。いくら不老不死とは言えども、傷は負ってしまう。いかづちに打たれて業火ごうかに焼かれ、そしててつく氷。アレだけのことをされたのだから、ロコにはそれが心配であった。


「あっ、まあ……大丈夫」


 言葉をにごすかのようにハッキリとしない口調で、真華はそう言った。だが実際のところ、目で見てもわかるほどに腕や顔の傷は酷く、服もボロボロになっていた。


「待ってて、今すぐ治してあげるから」


 これは明らかにやせ我慢していることがわかったロコは、すぐに回復魔法で癒やしてあげることにした。ロコからすれば、助けてもらった身なのだからこれぐらいは当然であろう。そしてロコは右手を真華の頬に当て、目をつぶって


Ruvviesラビーズ


 と唱えた。するとまたたく間に真華が負っていた傷が治っていき、さきほどまで感じていた痛みもキレイサッパリと消えていった。そしてさらにこの能力のおまけなのか、傷ついた服までもがその対象となってキレイに戻っていく。


「すっげぇ!? 傷が一瞬で治った!?」


 その回復速度に、目を見開いて驚く真華。そのスピードはほぼ一瞬に近いほどで、その治った姿はとてもさっきまで一波乱あったとは思えないほどだった。


「ふふーん、私を誰だと思ってるの? 世界最強の魔女よぉー? こんなの私にかかれば、朝飯前よっ!」


 そんな驚嘆きょうたんする真華に、機嫌を良くして得意顔になって自身の力を自慢し始めるロコだった。どうやら彼女、こうして感心されたり驚かれたりされるのが嬉しいみたいだ。


「なんか、このまま死んだ人とかも蘇生できそうな勢いだな」


 真華はあまりにも彼女の強大さで、それには際限はなく完全に無敵なように思えた。さっきの戦いからみても、序盤しくじることはあったけど、力の差は誰から見ても歴然であった。上級魔法は魔力を溜めなければ発動できない敵側と、上級魔法だろうと何のその、しかも一発の攻撃で相手を殺すという技をやってのけたロコ。これだけで判断しても、ロコは最強無敵だろう。


「まあ、できるにはできるけど、それは禁術。死んだ人を蘇らせるってモラル云々もあるし、何より蘇生魔法って死んだ本人の意思が無視されて道具のように扱われてしまうから、使うことは禁止されているの」


「へぇーそうなんだ」


「――で、さ。ちょっ、ちょっとついてきてほしいところがあるの」


 そんな会話の後、ロコがそんなふうに急にどこか緊張したような面持ちになってそう真華を誘ってくる。


「おっ、おう、いいけど?」


 対してなんの事情も知らない真華は呑気のんきな顔をしながらも、今度はどこへ連れて行かれるのであろうかと考えていた。


「うん。じゃあ、2階へ行きましょう」


 そしてその言葉を合図に、2人は1階の部屋からさっき地下に渡った廊下を経由して、今度は2階へと足を運んでいく。


「ここは……?」


 そこは見るからに1階のような多人数が利用するような空間ではなく、個人のために設けられた個室のような空間だった。おそらくロコ個人のプライベートルームなのだろう。相変わらず物は少なく、必要最低限の物ぐらいしかないように思えた。だけれど、部屋の壁紙や置かれている家具などはロコが女の子なんだということが改めて認識させられるような、そんな可愛らしいものや、オシャレなものが揃っていた。


「ねえ? 私があなたを助けた理由、知りたい?」


 真華の問いかけに、ロコはその問いを無視して唐突にそんなことを話し始める。

その表情は真剣なそれで、


「え? あぁーまあ、一度はぐらかされたってのもあるけど、気になりはするなー」


 そんな表情の変化に戸惑いながらも、真華の好奇心という感情は隠された秘密を求めていた。最初にその質問をした時は、明るい表情でちょっとおふざけが入った感じだったが、今回のそれは至って大真面目。それはおそらく、その『秘密』にはむやみやたらと人様に言えない事情があるのであろう。


「これはあなただけの特別だからねっ! 私の全て見せてあげる」


 恥ずかしそうにしながらそう言って、ロコはクローゼットの扉を開けて何かダンボールをあさるような仕草を始める。それをボケーッとしながら真華が待っていると、すぐに両手で抱えるほどの大きな本を取り出して、真華にそれを渡してくる。


「卒業アルバム……? しかも、これって――」


 これは紛うことなきアルバムであった。しかも表紙から見て、それは卒業アルバムと呼ばれる類のものであった。そしてさらに詳しく見ていくと、そのアルバムには日本の、しかも『人間』が通うはずの学校名が記載されていた。


「まさか、魔女の身分を隠して人間の学校にでも通ってたのか?」


 その得られた情報を元に、真華は結論を導いていく。そのアルバムの中を見ていくと、ロコと思しき者が普通の人間と思われる人たちと写真に写っている。もちろん彼女の身はセーラー服に包まれている。ということは間違いなくこの学校で生徒をしていたということだろう。ただ、その結論ではなぜ『身分を隠して人間の学校に通っていた』という事実が、『真華を救った』理由になるのか、それが導かれてはこなかった。


「ううん、順序が逆。私ね、元々は人間だったの」


 その推論にロコは横に首を振り、そんな驚愕の事実を真華に告げた。


「…………は? ハァッ!? に、にに、にんぎぇん!?」


 その言葉に、一瞬脳がフリーズしてして、そして遅れてその事実が脳内でようやく理解でき、噛んでしまうほどにその事実に目を見開いて驚きの表情を見せていた。まさかロコが元々人間だったとは、誰が思うだろうか。見た目は日本人でも名前は全くもって日本人っぽくないし、魔女特有の何かだと受け取っていた。そしてアレだけの最強の力を持っていることから、普通はどこかの由緒正しき魔女の血筋の者だと思うだろう。だからこそそれだけの力を持ち、まさに無敵と呼べるほどに敵が存在しないと思っていた。でも、現実はロコは魔法使いたちにとってイレギュラーな存在であったのだ。


「元々はどこにでもいそうな普通の女子高生だった。でもある日、突然、目が覚めたら私は魔女にいたの。最初のうちは無意識的に、魔法が使えるようになっていた。私はそれで気づいたの、『私、魔法使いになった?』って。最初は嬉しかった。そんなフィクションの世界でしか見たことのないものを私は手にしたのだから」


 ロコは自身の過去について詳しく語っていく。どうやらロコは全くもって唐突に起こった『突然変異体』らしい。真華が受けたような儀式も介さずに、急に何の前触れもなくそれは起こってしまったのだ。だけれど、その事実をロコはポジティブにとらえたようだ。まるで新しいオモチャが来て、それでこれからどう遊ぼうか色々と考えてワクワクしているときのように、期待と興奮で胸がいっぱいだったようだ。


「でも、現実はそう甘くはなかった。世界はね、私を受け入れようとはしなかったの。人間という種族は自分の上位の存在、自分の理解の及ばない存在を排除しようとする。みんなが横並びであることに安心感を覚える。出るくいはまず真っ先に打たれてしまう。だから私はから数え切れないほど、そしてそれは言葉で表せないほどむごたらしく、残虐的な迫害を受けたわ」


 だけれど、ロコの顔は次第に暗くなっていき、そんな悲しい過去を語っていく。自分の立場が脅かされるかもしれない、そんな恐怖がきっとロコを苦しめたのだろう。本当はそんなことなんてありえないことなのに、勝手に決めつけて勝手に『自己防衛』と称して攻撃を行う。そんな現実を突きつけられたロコは、次第に最初に抱いていた期待はついえ、心に大きな傷を負っていた。


「なるほどな……だから――」


 ロコが自身の辛い過去を話してくれたことで、全ての糸が繋がった。なぜロコがこの計画プランに反対で、どうして赤の他人である真華を助けようとしたのか。そして儀式で負った呪いまでも、それを調べ解決策を導き出してくれた。それらは全てはたった1つの理由から来るものだったのだ。


「ええ、私と同じような目にあわせたくなかったのよ。あなたが魔法使いに堕ちれば、それはきっと今より辛いものになるだろうから。それにね、私はそんな人々に落胆し、憤慨ふんがいし、何人もの人たちを殺してきた。殺害だけではなく、その他にも数々の許されない罪を私は犯してきたの。だから決してあなたにはそんな道を歩んではほしくなかった」


「そう、だったのか……でもよかったのか? こんな裏切るようなことまでして」


 だけれど、ロコがしてきたことは魔法使い全員を敵に回すことと同義である。たとえ最強の魔女であったも、数の暴力、多勢に無勢と1人では厳しいかもしれない。そんな大事おおごとを、自分のためにしてくれたことは嬉しいけれど、それが同時に心配でもある真華だった。


「むしろ叛逆はんぎゃく狼煙のろしをあげるのに、いい機会になったわ。逃げる時にも言ったけど、私はアイツらのやり方は嫌いだから」


「たぶんあのさっきの魔女だけじゃ、まだ終わらないんだろ? これからも何十、何百の敵が襲ってくることになるのに」


「私、割と後先のこと考えないタイプだからっ! まっ、なるようになるって!」


 そんな真華の心配に対して、楽観的にものを考えるロコであった。その根拠のない自信はどこから来るのであろうか。もちろん、ロコもロコで全くもって何も考えていないということはないのだろうけれど。


「ハハッ、お気楽だなぁー」


「でっ、でねっ。私はあなたを『人間』の状態で元の生活に戻してあげるつもりだった。でも、今のあなたは呪いによって、世界から異物の存在となってしまっている。

それは私が望まない形、だから――」


 そんな会話の中、急に頬を赤らめながら目を泳がせつつ、そんな前置きをしながら、



「キスをしましょう」



 そう真華に提案した。余程恥ずかしいのか、ロコはまともに真華の目を見れずに、俯いていた。どんな答えが真華から返ってくるのか、それが不安と心配でいっぱいであった。


「ええっ!? いやいや、でも……まだしたことないんだろ? いいのか? 初めてが俺で……」


「さっきの戦いの時の言葉、聞いてなかった? 私はあなたが好き。だから好きな人とするキスは、嫌じゃないわ」


「でも、どうして? その言い方からすると、別に最初のあの儀式の時から好きだったわけじゃないんだろ? 一体、今までの間で何が――?」


 真華にとってそれが気がかりであった。どうしてこのわずか数時間程度の関係で、『恋』という感情が芽生えたのか。特に自身がこれといったことをした記憶もなく、ただただ魔女について回っていただけの人間なのに。


「あなたは私を守ってくれたでしょ? 自分の身を削ってでも、他人ひとのために頑張る。そんな人、私が今まで生きてきた中で誰一人としていなかった。人間はもちろん、魔法使いにさえ。だから私はそんなあなたが好きになった。これじゃ、不十分かしら?」


 その真華の疑問に、そう答えるロコ。ロコにとって誰かに守ってもらうなんてことは今まで一度もなかった。だけれど真華は自分のことをかえりみず、ひたすらにロコを守るために頑張ってくれた。しかも、その理由が『助けてもらった恩返し』というなんとも単純なもの。それだけのことに命を燃やし、人を守ろうとする姿はとてもたくましくカッコよかった。そんな姿に、ロコは胸打たれかれていたのである。


「いや、十分……だけどさ、」


「逆にあなたはどう? 私とキスしてもいいと思ってる? 私はそれに相応しい人?」


 そんなどこかハッキリとしない真華に自ら攻めていくロコだった。キス、というものは互いの気持ちが通じ合っていなければいけない。そんな観念を持っていたロコは、逆に真華の気持ちが気になっていた。彼が自分のことを好いていてくれなければ、キスをする意味がない。それは結局、『呪いを解く』という名目だけのものとなってしまう。キスは決してそういうもののためにする行為ではない。だからこそ、彼の気持ちが大事なのだ。


「えっ!? ま、まぁ……そうだな、この今俺が持っている感情を『好き』と断定はできないけど、たぶんきっと確実に惹かれては、いる」


 突然、そう訊かれて驚きつつ、真華は自分の気持ちを相変わらずハッキリとはしないものの自分の言葉で語っていく。


「う、うん。ありがとう……じゃあ、私たちにはもうしない理由はない。だから、して?」


 これで全ての準備が整った。後はもうするだけ。ロコはそう言ってゆっくりと目を閉じていく。内心は心臓が破裂しそうなほどに、ドキドキしていた。後もう少しで人生で初めての、とても大切な口づけを交わす時がやってくる。そう考えただけで、もう緊張でどうにかなってしまいそうになっていた。そして数秒ほどして、


「んっ……」


 ロコの唇に柔らかいものが触れる。だけれど、それもどこか小刻みに震えていて、どうやら緊張しているようだった。ロコも真華も、互いに緊張と胸のドキドキで頭が沸騰しそうなほど、熱くなっていてまともにその初めてのキスの感覚を味わっている余裕などなかった。そしてその状態がしばらく続くと、真華の背中から毒々しい色で中に何か禍々まがまがしい模様のようなものが描かれた円が浮かび上がってくる。そして砂が流れるような音を立てながらその円の模様が細かい粒となって真華の体から滝のように流れ落ちていく。そしてものの数秒ほどでその円全体は崩れ落ち、跡形もなく消えてしまったのであった。


「はい。これで呪いは解けたみたい」


? じゃあ、キミのは?」


「キスをした時、私のはどうやら破壊されていないみたい。そもそも、やっぱり人間への呪いと同じ理屈で考えるとマナを持つ魔女では矛盾してしまうし、きっと『限りなく人間の不老不死の呪いに近い、魔女の呪い』なんでしょうね。だから理屈も違うし、解決方法も違う」


 『不老不死の呪い』というのは間違いなかった。だけれど、それを真華のそれと同じ理屈で考えられるようなものではない。言ってしまえば、ガワだけは同じ様に見えるけれど、中身はまるで違うものであるということだろう。だからマナによる破壊もできなければ、キスだけでは解決できなかったのだ。


「んー……だとすると、またあの地下で解決策を探すしか他ないか……」


 だからこそ、そうなるとロコの呪いに関しては振り出しに戻った、あるいはようやくスタート地点に立ったという感じだろうか。ただし、最初にあの図書館で調べた時、その本にはロコの呪いに関する記述はなかった。検索の仕方を変えるだけでヒットすれば簡単な話だが、現実はそううまくはいかないだろう。そんな考えが真華の頭をよぎり、始まりから高い壁にぶち当たっているのは目に見えた事実であった。はたして、ロコの呪いを解くカギは見つかるのだろうかという不安の念もあった。まさか自分だけ呪いを解いて助かって、自分の好きな人の呪いを解かないままにしていいはずがないだろう。


「いいわよ。私たち魔女はただでさえ不老不死みたいなものだし。人の何千倍と生きられて、いざとなれば蘇生魔法だって使えるからねっ! だからそんなに私の呪いを気にしないでっ」


 だけれどロコは解決する気でいた真華とは対照的に、相変わらず全くもって後のことを考えず、流れに身を任せるつもりでいるようだった。あくまでも呪いを解くのは真華のため。彼を元通りの人間に戻してあげるためだったのだ。


「そうか? ま、キミがそれでいいって言うならいいけどさ……」


 ロコ本人がそういう考えなのであれば他人は口出しする権利はないだろう。案外、時が経つにつれて自然と呪いが解けてしまうかもしれない。もしくは呪いなんて全く感じないほどに、それは生活に影響はでず、むしろその不老不死の能力によって更に憎き魔法使いたちに対して優位に立てるかもしれない。そうポジティブに考えれば、悪くはないのかもしれない。


「さてっ! これでようやくあなたは元の人間になったのだから、元の場所へ帰りましょっ!」


「ああ、そうだな。本来、俺たちの目的はこれだったわけだしね」


 真華とロコを繋ぐ糸はこれで終わりを迎えたのだ。元々2人は真華が普通の人間として、ごくごく普通の生活を取り戻すことが目的だった。それが果たされたということは即ち、2人にも『別れ』が来ているということであった。その事実を悟った2人の表情はどこか沈んだようなそれで、暗い雰囲気になっていた。


「うん……でも、さ。『たまになら』遊びに行っても、いい?」


 なのでロコは2人の糸を完全に断ってしまわないように、爪痕を残すがごとく、約束の糸で繋ぎ止めようと、そう真華にお願いをする。乙女みたいになって、少し声を甘えた感じにして。


「ふふっ、ああ、もちろん! だって俺たちはもう『恋人』だろ?」


 そのロコの言葉を聞いて、真華はパーッと花開くように笑顔が舞い戻り、太陽みたいに輝いていた。そしてそんなちょっとクサい言葉で返してく。


「っ! うんっ!」


 その輝いた笑顔につられるようにロコにも満面の笑顔が戻っていた。ロコにとってこんな僅かでも希望の光が灯ることは、とても嬉しいことであった。『またいつか彼に会える』その事実だけで、心がおどるようだった。それから2人はロコの案内のもと、またあの天使の羽根を使って戻るべき日常へと戻っていくのであった。その際も、人間に目撃されないように認識を消す魔法を使ったりと、最後の最後まで非日常を体験する真華だった。そして真華の家に到着し、いよいよ本当の別れの時がやってくる。もちろん『また会える』という希望があるにはあるけれど、実際にこうして一度別れることは2人にとっては惜しいことであった。だからその別れを先延ばしにするかのように、互いを見つめ合い、それぞれの道へと歩んでいくのを躊躇ためめらっていた。そこには声を出しての会話も、魔法を使った心と心を繋ぐ会話もないけれど、アイコンタクトだけで愛を確かめあい、でも『また会えるから』と互いを励まし合っているようにも見えた――



 最初は小さな恋だった。ただ私を守ってくれたという単純な理由だった。でもそれが私にとってはとても嬉しいことだった。しかもその人が私の元々の種族で、み嫌っていた人間だったということ。私は彼のその行動で、少しではあるけれど人間にもこういう人がいるのかもしれないという希望が持てるようになっていた。そして私たち『たまには』の範疇はんちゅうを超えるほどに会い、仲を深めていた。こちら側の領域で彼と楽しんだり、逆にあちら側の領域で一緒に遊んだりしていくうちに、やっぱりあの日の口づけはしてよかったものだと、改めてそう思えるものとなっていた。ただ、2人の恋は順風満帆かと言えばそうでなく、やはり『ヤツら』の存在が私たちの邪魔をする。よほど彼に魅入られたのか、それとも人間から魔法使いにする計画プランという魔物に取りかれているのか、私たちに固執し、世界中どこにいても追い回してくる厄介者であった。だから私は決断した。ヤツらの母体である『魔法協会』そのものを破壊することに。これはおそらく多くの魔法使いが犠牲になることだろう。だが心の内や考えがそう簡単には他人にわからない以上、善人と悪人を振り分けるのは難しい。だから私は彼を守るため、人として人生を全うしてもらうために、ヤツらをまるごと滅ぼしてやったのだ。



 ――こうして、次第に私はようになっていた。何をするにも全ては愛する彼のため。もし仮に、私たちのことを阻害するような者が現れようものなら、確実に私が排除する。それでたとえどんなに数え切れないほど罪を重ねたとしても、彼さえ生きていてくれればそれでいい。もしかするとこれは私に刻まれた真名まなを隠すための『偽装フェイク』がもう既にそのことを予見していたのかもしれない。『Locho Vespy』を並び替えれば『Pyscho Love』つまりは愛になるわけだ。これをつけてくれた師匠が、このことをあらかじめ知っていたのかもしれない。とにかく、私はもうその名の通り、恋愛に狂っている。そんな自覚が私にはあった。でもそれで彼と愛がつむげるのなら、もう思考はストップ、そんなことどうでもいいと思える私がいた。それに彼も特に止めようともせず、何も言うことはない。むしろ、私と一緒に邪魔者を排除する段取りだって考えてくれるほどだ。私たちはもう後戻りできないほどに闇へと堕ちていき、でもその堕ちた先で『闇の光』を見つけて2人なりの『愛』を紡いでいた。そして幸福とも言える時間を2人で過ごしていたのであった。

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