川面に揺らぐ黒髪の麗しき
蜜海ぷりゃは
川面に揺らぐ黒髪の麗しき
「ただいま」
「おかえり。早かったね。」
娘が、帰ってきた。
髪が濡れている。
盆休みで、高校時代の友人と遊びに行ったそうだ。
神社の近くに渓谷があって、そこは地元民しか知らない穴場である。
お盆は水に近づくな、と言われているが、
気温もまだ高く、台風も来ていないため、了承したのだった。
「どうだった?」
「うん、楽しかったけど、ちょっと冷たかった。」
髪の水が滴って、床を濡らしている。
娘は脱衣所へ向かった。
「友達、元気だった?」
聞こえなかったのか、返事がない。
娘がいつもより、遠い気がした。
「台風10号の影響により、13日にかけてうねりを伴い、大時化となる所があり…」
台風が来ているようだ。
「よかったね、台風の前に行けて。」
返事がない。
「14日以降は、波が更に高くなる見込みです。高波に警戒してください。また南部では…」
憂鬱だと思った。
同時に、年甲斐も無く、わくわくしてしまっている。
それはまさしく本能に依るものであって、私も動物なんだと思った。
時計は16時59分を指している。
娘が帰ってきたことだし、夕飯の準備を始めよう。
重い腰を上げようとした、その時だった。
電話が鳴る。
無慈悲に泣き叫ぶ呼び出し音が、静寂を断ち切った。
心臓が高鳴った。
受話器をとる。
「…もしもし。」
「…」
「…もしもし?」
「あの、ごめんなさい」
「はい?」
「何もできなくて」
電話の向こうでは泣いているのか、時折鼻をすする音が聞こえる。
「どなたでしょうか。」
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
「いたずらはやめてください。」
受話器をおろした。
娘が気になった。
「風邪ひくまえに、お風呂入っちゃいなよ。」
風呂場を覗いた。
誰もいない。
ただ、小さな水たまりがあった。
水たまりは冷たく、震えていた。
川面に揺らぐ黒髪の麗しき 蜜海ぷりゃは @spoohnge
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