探偵気取り

宮野実憂

第1話 十二月五日 金曜日 ルーティン

 机に収められなかったあちこちを見ている椅子たち、置いていかれた弁当、床に落とされた大量の消しカス、僕はこんな空間が好きでよく教室にいる。放課後の誰もいないのにいる様な気がする、そんな所がお気に入りのポイントだ。


キーンコーンカーンコーン……


 もう十六時か、テストが終わったのが十四時だから、かれこれ二時間もこうしてぼーっとしている。でも安心してほしい、これが僕のルーティンだから。一時間後には掃除、二時間後には女教師と対決、その後それらの褒美の様に天使が廊下を通る。さらに運が良ければ教室に入ってくる特典付きだ。いつもは部活があるが、ない日はこれがお決まりなのだ。定期テストが終わった今日は特に「褒美」がないとやってられない。


 そろそろ掃除の時間か。本当は、童話の小人の靴屋を模した「小人作戦」の様な感じで、誰にも見つからないけど後で感謝される事を期待している。修了式の日に皆に「今までずっと掃除してくれてたんだね、ありがとう!」と言われるのが理想だが、週二回以上は掃除しているのに、相変わらず机の向きも揃えず、消しカスを平気で落として行くのだからその見込みはない様だ。でも、僕は皆に言われなくても良い。たった一人に言われたら十分だ。あの天使、佐々木百合ちゃんに。こんな不純な動機で掃除しているから百合ちゃん以外の場所は雑かもしれないが、それは毎日掃除をしない当番のせいだから知ったこっちゃない。と、くだらない考え事をしていると毎回掃除が終わっている。それなのに、そんな事さえもさぼる奴らは、どんどん物を失くして困ってしまえ、と強く思った。もちろん、あいつらは置き勉常習犯だから僕が物を隠すのなんてちょちょいのちょいだ。どうだまいったか、と物理の先生の真似をしてほうきを持ちながら腕組をし、教壇に立った。誰もいないと爽快感に満たされる。でも、誰かに見られていないか心配して、小走りで最前列の自分の席に戻る。


ボソッ


今何かが落ちたな。教室の後ろの方に目をやると、そこには、「守り神」が落ちていた。他人からしたらただの熊のぬいぐるみだろうが。もしかしたら、今の愚行を奴に見られていたのか。こりゃまずいと急いで黒板の上に奴を戻す。


 なぜ僕がたかが熊のぬいぐるみを守り神と崇め、ここまで丁寧に扱うのか。それは新緑の山々が連なる五月に遡る。四月から楽しそうにクラスの男女と話せていた熊谷功はあの日の放課後、何を思ったか急に黒板の上にお手製の熊のぬいぐるみを置いた。それから、授業中数々の先生にいじられた奴はいつしか神聖化され、今に至る。ちなみに熊谷も、僕と同じく天使の気を引こうとしている。しかも一枚上手で、もう二人で食事をしたらしい。連絡先さえ知らない僕とは比べ物にならない。


全く、余計な事を思い出してしまった。


 こんな時は読書をして気を紛らわす。ラスボスの前に三十分も休息がとれれば十分だ。


ガラガラ


……その方向にはやはり、あの女教師がいた。

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