第67話
「いただきまーす!」
「いただきます」
美鈴ちゃんの元気で大きな声が、リビングに響き渡る。けど、うるさいなんて事は全然なくて、寧ろ可愛らしいと思える。それに引き換え愛美は、久々で
あろう母の料理を目の前にしても、いつもと変わらず静かでお淑やかだ。少しくらい嬉しいという感情を出してもバチは当たらないだろうに。
そういえば、愛美が喜んでいるところはあまり見ないな。強いて言うならペアネックレスをあげたときくらいか。まぁ、あれも少し怪しい気がするけど。
「さ、柊くんもいっぱい食べてね」
「は、はい。ありがとうございます」
手を合わせて「いただきます」と言うと、愛美のお母さんはにっこりと笑い「はい」と返事をくれる。
なんか、イメージ通りのお母さん、って感じだな。
とりあえず、用意してもらってたんだし早速食べよう。今日は走り回ったり、コンテストにも出てお腹が減っている。出来るだけ美鈴ちゃんに奪われないようにして食べよう。
「そういえば美鈴。今日はお話、聞かせてくれないの?」
「何がー?」
「ほら、いつもお兄ちゃんがゲームで遊んでくれたとか、お兄ちゃんが英語教えてって頼んできたのって、嬉しそうに話してくれてるじゃない」
「なっ」
「え?お兄ちゃん?」
美鈴ちゃんにお兄ちゃんなんていたのか。
てっきり、愛美と美鈴ちゃんの姉妹かと思っていたのだが。じゃあ、つまり美鈴ちゃんは俺たちが学校に行っている間に、そのお兄ちゃんの所に行っているのか。相当お兄ちゃんが好きなんだな。
ちょっと焼き餅を焼いてしまう気がした。
「そのお兄ちゃんってどんな人なんですか?」
「あら?柊くんのことよ?」
「……えぇ?」
俺?いや、その。普段お兄ちゃんなんて呼ばれてないから……他人なのかと思っていた。というか、俺お兄ちゃんって呼ばれてたんだな。俺の前だとお兄さんなのに。
それからは他愛もない話が軽く続いた。
結局、美鈴ちゃんが俺のことを裏で、お兄ちゃんと呼んでいたのかは謎のままだ。歯痒いな。今度きゅうりの漬物で釣ってみるか。
ご飯を食べ終えそう考えていると、肩をトントンと優しく叩かれ、ソファーでくつろいでいた俺は顔をあげ誰かを確認する。
まぁ、分かっていたけどやっぱり愛美のお母さんだった。
「少し隣いい?」
「あ、は、はい」
隣になんの躊躇いもなく、ストンと座る。大人の余裕ってやつだろうか。どことなく愛美と似たような甘い香りが、鼻腔をくすぐった。
心がドキマギしていると、愛美のお母さんが口を開いた。
「柊くんは、愛美のことどう思ってるの?」
それに「私からは好意があるようにみえるけど」と付け加えた。
俺から、愛美に向ける愛という感情はそんなにも分かりやすいのだろうか。それともただ単にこの人がそういう事に鋭いのか。どちらでも構わないのだが、相手の親と考えると緊張が体を駆けた。
「好きですけど……」
この一言で口が乾ききった。
「やっぱり……何も変わってないのね」
「何がですか?」
いきなり訳の分からないことを言い出す愛美のお母さんに、俺は疑問と怪訝な表情を見せた。
「愛美はまだ言ってないのね」
「は?」
「…………ううん何でもないの」
「はぁ」
まだ、言っていないというのは、いつか言われるって事だよな。どんな事を言われるとかは全く想像できないけど。
「じゃあ、最後。私の名前分かる?」
「名前ですか」
初対面なのだから普通は知らない。けど、頭の中ではその名前が浮かんでいた。それも確信的な自信があった。
「百合さん、ですよね」
「えぇ。そうよ。なんで分かったか聞いていい?」
「……多分、夢です。夢で言っていたんです。桜崎の理事長が百合って。なんでかはあんまり覚えてないですけど」
「そう。うん、ありがとうね」
「いえ」
この時少しだけ、頭が痛かった。いつものあの痛みだった。
話というよりは取り調べみたいな感じだった気がする。
話が終わって、俺はリビングを出た。流石に二人っきりのままあそこに居るほど、俺は空気を読めない人間じゃない。
美鈴ちゃんと愛美はいつもの部屋だろうか。
「ふぅー。疲れたな」
早く風呂に入ってゆっくり寝たい。それに走ったせいか足が痛い。目にかかった前髪が階段を下るこどに動いて、鬱陶しい。愛美が疲れていなかったら切ってほしいところだが。
「切ってあげようか?」
「あぁ。頼む」
「分かったわ」
「って!ビックリするからやめてくれ。あと心読むな」
中々久しぶりに心を読まれたけど、やっぱり多分こいつエスパーかなんかだよ。美鈴ちゃんも嘘とか分かるし。そういうことなら、あの百合さんもなにか持ってるんじゃないのか?そう考えると怖くなってきたな。
「ふふ。先にいつもの方のお風呂行っててくれる?準備してくるから」
「はいはい」
そこで、突然。なんとなく心の中で思ったことを聞いてみた。いや、突然なんかじゃなくて、さっき夢をまた思い出したからだ。
「あのさ」
「ん?」
「お姉ちゃんってお前か?」
愛美に少しだけ間があった。けど、ほんの一瞬だけ。気にする方がおかしいくらいの間だ。
「どういうこと?」
「いや、なんでもない。忘れてくれ」
「そう?」
「あぁ」
違うか。そうだよな。俺は一人だ。親もいなければ兄弟もいない。じゃあ、あの夢はなんなんだ。なんで俺はあの場所にいたんだ。なんで南方のお父さんは俺を…………くそ、痛い。これ以上はよそう。
また倒れるのは嫌だしな。
お姉ちゃんか……。いるなら、会いたいな。
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