第60話

「な、なんで?」

「優香。やっと見つけた」


探していた少女が見つかって、安心したのか体の力が全部抜ける。いくら、あそこにいるぞ、と数分前に言われていても、実物を見ると言葉以上に安心してしまう。


「え……どういうこと?」


俺は一度深呼吸をし、誠と紗枝で学校内を探し回ったこと、誠と二人で外を手分けして探していること、ここの大家とは知り合いだと言うことを伝えた。 


「けど、本当に偶然なんだよ。必死で探してたらここに着いてて、偶々大家さんと会ってここに優香がいることを知ったんだ」

「そう、なんだ……」


とりあえず、冷たい風が通るドアを閉める。恐らく電気が付いていないのは、優香がここの電気は点かないと思っているからだろう。ここの、電気の点けかたのコツは根気強くスイッチをカチカチしていれば……よし。暗い部屋で話すより、明るい部屋で話した方がいいだろう。


元自分の部屋なのだが、女の子という存在がいるだけで別の部屋のように感じる。この殺風景の部屋に女の子がくるとは、思ってもいなかった。


そんな事を考えながら靴を脱ぎ、ゆっくりと優香に歩み寄る。近くで見ると、いつものようなキラキラした瞳はそこにはない。何がここまで優香を堕とすことが出来たのだろうか。


まぁ、無事優香もいたことだし早くみんなを安心させるために「帰ろう」と優香の手を取る……つもりだった。けど、今の優香を見てやめた。


もし仮に今優香が、うん、と返事をして俺の手を取って帰ったとしても、それはからだ。


この問題は、根本的な何かを解決しないと終わらない気がした。だから、俺は優香の隣にゆっくりと腰を下ろす。


隣で、ビクッと体が震える。


「優香、何があったか話せない?なにかアドバイスできるわけじゃないけど、聞くだけなら俺にもできると思うんだ」


優香は無言で首を横に振る。


「そっか。無理だよね」

「ううん。そういう事じゃなくて」


「え?」と聞き返す。


「まだ、言いにくいの。だから時間が必要なの。けど柊くんコンテストとかあるから……だから」


あぁ、なるほど。俺は優香に馬鹿にされているのか。


「優香。俺は、今何が大切で何を優先するかくらいは判断できる男だって自分では思ってるよ」

「っ!」

「だから、時間をかけてでもいいから俺に話してほしい」

「……う、うん」


まぁ、今日中には話してくれるだろうし。けど、これは優香次第だ。俺はその時を待つだけでいい。最終的に優香が笑顔で戻れるようにすればいいのだから。


「あ、そういえば。優香携帯貸してくれる?」

「え?あ、うん……?」


いきなり携帯を貸してくれと言われて、困惑しない人間は少ないだろう。俺は持ってないからなんとなくだけど。


「見つけたら知らせろって誠がさ」

「分かった……」


優香は自分の携帯を制服から取り出す。そういえばその制服俺のなんだよな。完璧に忘れていた。


「はい」

「ありがとう」


黒い画面をタッチすると紗枝から5件着信がありました、誠から7件の通知、など他にも何件も届いている。これを見るだけで優香の人脈の良さが垣間見える。


「えっと、携帯ってどう使うんだ?」


「え?嘘でしょ?」と言いたそうな優香の顔が横目に映る。いや、今実際言った。なるほど、今の高校生は携帯が使えないと、嘘でしょと言われるのか。


愛美からもらった腕時計は使いやすかったんだけどなぁ。


「ごめん、優香。教えて」

「ふふ」


優香は不思議と笑い「貸して」と甘いトーンを口にする。携帯を渡す際、俺の制服を着ているはずなのに、いつもの優香の匂いがしてドキっとする。

俺後から、それ着ることになるんだよな。背徳感というかなんというか。


「メッセージの打ち方分かる?」

「わからない」

「だよね」

「ごめん」


優香はメッセージアプリを開き、電話のマークを押して俺に渡す。


「流石に電話は……」

「分かるよ!」


そして、一緒に軽く笑う。そうだ、優香はこうじゃないと。暗いのは似合っていない。


そんな風に笑っていると、コール音が数回鳴る。


ブツっと聞こえ「もしもし!柊か!?」


「うん。優香見つけたよ」

「そうか、良かった……!」


誠もよっぽど心配していたらしい。優香を探し始めた時よりも声色が柔らかくなっている。


「どうすればいい?俺もそっちに向かえばいいか?」

「いや、大丈夫だよ。ここは俺に任せてほしい」

「おう。分かった。けど、そうなるとコンテストは」

「うん。多分無理。だから、それも含めて伝えといてくれない?」

「オッケー」


用件を伝えた俺は「じゃ」と言って電源を切る。一応優香に目配せをしたが、いいと首を横に振ったからそのまま電話ボタンを押して電話は終了した。


そして、あれからどれくらい経っただろうか。外が暗くなり、おそらく雪が降り始めている。


しかしまだ、優香が話す気配はない。


話しやすい雰囲気を作れる気配りができればいいのだが、そんな技も特技も俺は知らない。

というか話しやすい雰囲気というものは、どういうものだろうか。


「うーん」


お茶を一口すする。大家さんが持ってきて時間が経ったからか、もう既に冷えている。最初は湯気が出ていたのだが。

そういえば、気を利かせてくれたのか茶菓子も持ってきてくれたんだよな。あの大家さんが物をくれるとは珍しい。賞味期限が切れたものとかじゃないよな。流石にそんな人間ではないと思いたいのだが。


恐る恐る、まんじゅうと思われしきお菓子を口に運ぶ。……うん、普通に美味しい。多分貰い物か何かなのだろう。


優香も初対面の人からもらう食べ物に、抵抗があったのか、俺が食べるまで手をつけずにいたのだが、安全なことを確認したのか、まんじゅうを口に運び出す。優香ってたしか、パフェとか好きだったはず。甘いものが好きなのかな。


「あ!」

「え?なに?」

「い、いや。何でもないよ」


我ながらいい事を思いついた。


多分だけど、優香は言うタイミングが分からないんだと思う。正確には迷っているかもしれないけど。

とにかく、言える状態を作ればいい。そのためにはどうするかと言うと、俺も辛い経験を語る。俺も優香と同じような事を先に言えば言いやすくなるのではないだろうか。「柊くんも言ったし私も……」みたいな。

実際、先ほども俺が食べてから優香もお菓子を食べた。一人より、二人三人……と人が多いほど行動もしやすくなる。だからこれは、名付けて赤信号みんなで渡れば怖くない作戦だ。


よし、これでいこう。俺は別にいいのだが、これ以上時間をかけると、みんなが心配してしまう。


俺は、話すために優香がまだ言わないことを目で確認してお茶を飲みきる。そして、俺は自分の過去を嘘偽りなく、事実を伝えるために口を開いた。



←←←←←


28日に公開だった映画が延期されて、ぬぅわー!

ってなっております。






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