それぞれの未来
動乱終結後、警察と共に戦後処理の手伝いをしている新戦組だが、彼らの目下の問題は、やはり隊員達の今後だった。
「多くの隊員は、大学へ入り直しや実家の家業を手伝うことを検討。一部の隊員はその能力を生かし、警察や消防署への志願者したいと言ってる者もいるわ」
局長室に赴いていた薫は、人事部からの報告を麗華に伝えていた。
「とは言え、不安を抱く隊員は多い。私達はあくまで民間の義勇軍。これからの生き方を考えると、厳しいものがあるわね」
麗華ものこの問題について頭を抱えている一人である。
「私はあなたと真と一緒に新党を結成して政界進出するわ」
「とても難しいものよ。結果的に勝ったとはいえ、幸村翼という巨星を失った今の日本国民は落胆してる。ましてそれらを討った私達がどんな綺麗事を並べたところで、信用してもらうのは難しいわ」
「それでもやるしかないわ。この国の腐敗を正す政治家になる為にも、いばらの道を歩む必要があるわ」
「薫……本当に強いわね」
麗華は改めて薫の強さを感じ取った。
「私も、真も、出来ることをするわ。あなたと一緒に出来ることをね」
「そうね。でもその前にやるべきは……」
そこで薫は本題に戻る。
「厳しいわね。これから私達が歩む道は……」
「能力を持っていると言っても、あくまで平等に他の人達と扱わなければならないし、それ以外にも様々な弊害が出てくると思うわ。彼らがそれに耐えられるかが心配ね……」
麗華も薫も、共通認識として隊員達の今後を憂いている。確かに彼らはMASTERの非道な暴挙の被害者であり、そして犠牲者の遺族でもある。そして戦いに身を投じ、MASTERの非道を相手に、そして幸村翼の正義の戦いに打ち勝ってきた彼らの力は確かなものがあり、企業や公務員として喉から手が出るほどの人材もいる。
だが、だからと言って都合よく各企業や公的機関が雇うのも不平等が生じる。その辺りの問題の解決には、国と警察。そして隊員達一人一人の決断が必要になる。だからこそ、一人一人の隊員達が、これからどういう道を歩むのかを考えると、期待と不安が入り混じっていた。
「……信じることだけね。私達に出来るのは……」
麗華のその言葉は、最も安直で、無責任な結論かもしれない。だが、その手のことに関してあまりにも経験がない二人には、それが唯一かつ、自分達にできる最大限の行動であった。
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この手の話題は、食堂に集まっている組長達や陽炎の間でも中心になっていた。
「冬美ちゃんと夏美ちゃんは、短期大学で幼稚園の先生になりたいのよね?」
厨房越しの椅子に座ってイチゴミルクを飲む冬美に、保志の手伝いをする紀子が尋ねる。
「ええ。私もお姉ちゃんも、小さい子が好きですから」
「そうなの……」
「紀子さんは?」
「私は保志さんと一緒に、レストランを開こうと思うの」
「レストランを?」
「ええ。保志さんの実家は小さい食堂なんだけど、そこで経験を積んで、いつかはレストランを開く。それが、新戦組に入って、保志さんと一緒に生きてきた私達の夢になったの。ね?」
保志の方を振り向く紀子。それに対し、保志も微笑んだ。
「うん。僕のいつか、自分の店を開きたいと思ってるんだ。難しいことけど、夢を叶える為には、苦難が待ち受けているものだよ。それに僕には、紀子がいる」
そう言われ、紀子は頬を微かに赤く染める。
「熱いですね~……」
そんな二人の様子を、清輝は羨ましそうに眺める。
「俺も大学に入り直そうとは思ってますけど、具体的にこれから何をしようとかってのは、俺にはまだ分からないですね~」
清輝は将来について悩んでいた。翔は警察官の道を選ぶことを知っているが、では自分にできるかが、未だに答えが出てなかった。
「まあ、ゆっくり考えればいいと思うわ。
「哀那はどうするの?」
「私は元々、実家の道場を継ぐ予定よ。随分遅れてしまったけど、実家に戻ってその修業を積むわ」
「あたしは大学に入り直すわ。体育の先生になりたいって夢があったもの」
麗美はそう言って自分の夢を語った。
「それ、あたしも一緒」
そこに同調したのは勝枝だった。
「私も大学に入り直すわ」
続けて鋭子が話に割り込む。
「元々法学部だったから、そこでもう一度法律を学んで、弁護士になるわ」
「そうだったな。鋭子の夢って、元々弁護士だったな」
思い出したような態度をとる勝枝。
「修一君はどうするの?」
「俺は、中学の先生になりたいっス。だから教育学系の大学に入るっス」
紀子に尋ねられた修一は滞りなく答えた。その右腕はひじから下が欠けているものの、そのやる気や覇気は一切衰えていなかった。
「この戦いを通じて、俺もいろいろ学ぶことがあったっス。正しいことを貫くのがどれだけ難しいのかとか、それを実行するにも、いろんな痛みを。例えば、報われないことに直面したり、仲間が傷ついたりとか、そんなことを乗り越え続けないといけないとか……」
そう語る修一の表情は、これまで以上に真面目なものだった。普段からそういう部分が見えていた分、尚のこと周囲にはそう思わせるものがあった。
「……だから俺、そんな現実で自分の生き方とか、正しいことを貫くことの厳しさとか、その中でどうやって生きていくのかとか、そう言ったもんを教えていきたいと思ってるっス。それが、俺のこの戦いを通じて考えた答えっス」
そんな修一を、隣で聞いている未菜は微笑ましく見守り、こう切り出した。
「私は、やはり医大に入り直して、医者になろうと思います。多くの人達を治してきて、私にできることって何なのかなって考えたら、やっぱりその道がいいって思ったので」
そう語る未菜の表情も、修一に負けず劣らず真面目だった。
「皆。とても難しい未来を選ぶんだね。でも、どんなに過酷な道だったとしても、力強く生きていこうって決める君達を見ていると、僕もしっかりしないとって思うよ」
彼らのそんな姿勢を見て、保志は刺激を得たような表情になった。
「それにしても、一番心配なのが……」
「ええ」
急に暗い表情になる保志と紀子。彼らの暗さが伝線したのか、他の面々も同じような表情になる。
「総次君、これからどうなっちゃうのかな……?」
真っ先に不安を述べたのは冬美だった。彼らの間でも、総次がこれから先、どのような道を歩むのかが気になっていたが、それ以上に、彼が手にした力によって、どんな試練が待ち受けているのかと言うことも考え始めていた。
「……あの子の力は、既に人を超えている。ただそれは、あくまで武力と言う一点にに関してのみ」
冷静に分析する鋭子だが、当の彼女も、共に戦ってきた同志が不遇な目に遭うのではないかと心配していた。
「それに、警察の大半が、総次のことを未だに恐れている。戦いが終わっても、強大な力を持ったあいつが脅威になると考えてる」
「沖田総一と幸村翼。総次君が二人を葬った力を持っている事実は、日本の治安維持を司る警察にとって、この上ない脅威と思ってるのね」
そう言った勝枝と紀子の共通認識は、警察組織の総次に対する印象であった。沖田総一の一件以降、大半の警察関係者の総次への見方は、いずれ自分達に害をなすのではないかと言う恐怖心に他ならない。
「総次はいつも言ってたな。いつまでも沖田総一の亡霊を自分の中に見続けているなら、警察に未来はないってな」
「修……」
修一の発言に、未菜は彼の言わんとしたことを悟ったような表情になった。
「でも俺は総次のことをバケモンだと思ってねぇし、そういう風に言う連中が気に入らねぇことに変わりはねぇよ」
「それは、どういうことですか?」
特に修一の言葉が気になる様子を見せた冬美が尋ねる。
「俺達は総次のことを知っている。力だけじゃねぇ。人柄とか何が好きで何が嫌いなのかとかよ。局長との付き合いからも、あいつが力とか能力以外は、変わり者だけど、狂った奴じゃねぇのは知っているし、むしろ仲間思いで、一直線な奴ってだってことを知ってる」
「……それでいいと思うわ」
そう答えた鋭子に、修一は無言で頷いた。
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沖田総次の遺伝子に関する結果が出たのは、翌日本部宛てに届いた一通の速達だった。それは総次以外に上原権蔵や、麗華・薫にも届いた。
「やっと届いたのね。結果が気になるわ」
封を開けようとする麗華に、薫はやや不安そうな表情になる。
「何もなければいいんだけどね」
そう言いながら、麗華は封筒を開け、中に入っている資料を開いた。
「……これって……」
表情が固まる麗華。
「どうしたの?」
尋ねる薫に、麗華は無言で資料を渡す。
「……本当なの? これ……」
「……ええ。事実、よ……」
「そんな……」
調査結果の内容に絶句する二人。
「うっ……‼」
「麗華っ!」
急に左胸を抑える麗華。既に心臓への負担は軽くなったが、未だ完治はしておらず、こういったことになると胸に微かな痛みを感じることがある。闘気を失った影響もあり、まだ無理が出来ない身体なのである。
「すぐに薬を飲むわ」
「大丈夫?」
「安静にするわ」
そう言って麗華は、スカートのポケットから取り出した水入らずの薬を飲み、椅子にもたれて瞳を閉じた。
「麗華……」
そんな麗華の様子を見て、薫はいたたまれない気持ちになった。
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