どんなことがあっても、2人で……

 沖田総次が意識を取り戻したのは、戦いが終わってから一ヶ月後だった。それからのリハビリで身体機能や体力はあらかた回復したが、完治とは言えない状態でもあった。


 ようやく仕事に復帰できる時には、既に事後処理も大半が終わっており、司令官としての仕事も代役で麗華が済ませていた為、手持無沙汰であった。この日も司令官室で一人、右手でパソコンのキーボードを叩いていた。やっていることは、彼が以前から再開していた、小説の執筆である。


(片腕だけでキーボードを操作するのが、こんなにも骨が折れるとは思わなかった)


 そう思いながらも、総次はキーボードを叩き続ける。まだ彼には、幸村翼を倒したという実感がなかった。それ故に自分が真の意味で友と呼べた者を討ち取ったという現実を理解しきれないでした。


(……僕は……)


 思うことが多く、心の中でも整理が出来てない総次。


「総ちゃん、いる?」


 扉越しから聞こえてきた、明るく幼さの残る軽快な声。そして総次にとって最も聞き慣れた声が近づいてくる。


「今開けます」


 総次は席を立ち、扉を開けて声の主の夏美を招いた。


「今、暇なんでしょ? 司令官としての仕事、殆ど麗華さんが終わらせたって聞いたけど」

「おかげで時間が有り余っているので、今はこうやって、小説執筆に没頭している訳です。無論、それ以外のことも行っていますが……」

「それ以外って?」


 そう尋ねながら、いつものように総次のベッドの隅に腰を掛ける夏美。


「大学受験です。国立を狙って、もう一度受験しようかと」

「そっか。国の立て直しの為に大学が優秀な人材を育てようって躍起になってるわね。総ちゃんもこの機を狙って大学合格を目指すのね?」

「それをメインにしつつ、ある程度時間を作って、こうやって小説を書いているんです。気分転換にもなるので。今は左腕を無理に動かせないので、些か不自由ですが……」

「無理しちゃダメよ。またそうやって心配させるんだから」


 心配する夏美。彼女は幾度となく総次が無茶をする場面を目撃し続けてきた為、再び総次が心も身体も犠牲にするのではという懸念がなくならないでいた。

 それは総次としても敏感に感じ取っていたが、本意でやっているのではなく、それ以外に自体の解決策がないことが大半だったからだ。


「その辺りは考え直さないといけませんが、なかなか抜けきらないものですね」

「でも、ちゃんと乗り越えないといけないことでしょ?」

「……はい」


 夏美の忠告を、総次は受け入れた。


「ところで夏美さん。どうしてここに?」

「ああ。そうだったわ」


 そう言いながら夏美は、肩から斜め掛けしているピンクのポシェットから、一通の手紙を取り出した。


「これって……」

「南ヶ丘学園からの速達。例の調査の結果が出たよ」

「ああ。僕が意識を失っている時に送った髪の毛のことですね」


 そう言いながら夏美から手紙を受け取り、封を開け始める。


「どんな結果になってるのかな?」

「気になるところです。ここ最近の妙に身体が軽くなった件もあります。まあ、単なる杞憂だといいんですが……」

「体重は計ってたんでしょ?」

「定期的には、それでも、せいぜい一キロから三キロ程度だったんです。渡真利警視長との戦いの後も、やはり三キロ程度の一時的な減少だったのですが、やはり気になったので……」

「……ごめんね。事後報告になっちゃって……」

「いいんです。それに、この検査を行うのを強く支持していたのは、夏美さんでしたね。本当にありがとうございます」

「ううん。いいの。総ちゃんが心配だったし、それに……」


 ふと、夏美が総次に近づき、静かに後ろから抱きしめる。


「約束、守ってくれてありがとう……」

「……こちらこそ、ありがとうございます。約束を守っていただいて……」

「あたしは元々、そのつもりだったわよ?」

「……そう、でしたね……」


 夏美に抱きしめられ、静かにつぶやく総次。


「……本当のことを言うと……」

「何?」

「……翼とは、ああいう形での戦いたくなかったんです」

「えっ?」

「あいつとは、あくまで剣道の上で勝ちたかったんです。殺し合いの上で勝つのは、望んでいませんでした」

「総ちゃん……」


 暗いトーンになる総次に、夏美も同調する。


「……それでも総ちゃんは、幸村翼を、友達を討つって決めたんだ……」

「互いの立場が、それを強制しました。ですから……」

「分かったわ。総ちゃん」


 いたたまれなくなった夏美が突然そう言った。


「……ごめんなさい。夏美さん」

「いいの。でも珍しいわね。総ちゃんからそんな言葉を聞くの……」

「僕も、こんな気持ち、味わいたくなかったです……」


 そう言う総次の言葉に、夏美は総次を抱きしめる腕の力を強くした。


「じゃあ、開けます」


 夏美に声を掛けながら、総次は封を切って中身を取り出し、三つ折りになっている手紙を開いた。


「……これって……」

「どうなってるの?」


 そう言いながら総次の手紙を肩からのぞき込む夏美。


「何か、難しい単語ばっかりで分かんない……」


 首を傾げる夏美。だが総次は対照的に一層暗い表情になる。


「どうしたの?」

「……僕が、人として生きられなくなると言うことです……」

「えっ……?」


 その総次の言葉に、夏美は理由が分からない様子で戸惑う。


「どういうこと?」

「具体的には……」


 あまり人に聞かれるのはまずいと思った総次は、そっと夏美の耳元に口を近づけ、内容を夏美にも分かりやすく説明した。その説明を終えた直後、夏美は両手で口を押えながら戸惑いを見せた。


「強大な力には相応の代償というものが付いて回ります。僕の場合は、こう言うことだったということです」

「つまり、総ちゃんは……」

「近い将来、僕は人としての身体を失うことになります」

「……総ちゃんは、これからどうするつもりなの?」

「無論、新戦組の皆さんにお話しします」

「そう……」


 夏美は静かに肩を落とした。


「夏美さん」

「なに? 総ちゃん」

「こんな僕でも、これから一緒に居てもらえますか?」

「当たり前でしょ‼」


 そう言いながら夏美は、思いっきり総次を抱きしめた。


「言ったでしょ? あたしはどんなことがあっても総ちゃんと一緒に居るって」

「夏美さん……」

「もうこれからあたしのことを、呼び捨てで呼んでいいのよ」

「……うん、分かったよ。夏美」


 そう言って総次は夏美を抱きしめ返した。このとき彼は、生涯で初めて女性を呼び捨てにした、彼にとって、今まで抱いたことのない感情を抱かせた特別な人に対して……。


 

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