第5話 総次への挑戦状

 幸村翼による沖田総次への挑戦状来る。その報告が総次達新戦組本部の人間の耳に入るのに、五分の時間も必要なかった。大師討ち情報解析課から新戦組情報管理室へ贈られた内容を、麗華と薫は総次をそこへ連れて確認した。


「……決着の時が来たか……」


 報告を見た総次の第一声はそれだった。


「向こうとしても、余裕がないのは自明の理のようね」

「ここから先は全戦力を投入しての総力戦になるわね」


 麗華と薫も、翼からの通信を見てそうつぶやいた。


「それにしても、つい最近変えたばかりの警視庁のサーバーにアクセスするなんて……」

「流石にそれ以上のセキュリティのある情報管理室の方は無理だったみたいだけど、驚異的なのは相変わらずね。囚人や権力者の情報を仕入れることが出来たのも納得だわ」

「直ぐに警視庁に、別のセキュリティシステムに切り替えるように伝えてください。ハッキング元は特定して検挙してください」


 薫との語らいの後、麗華は情報管理室長にそう言い、警視庁にその指示を出した。


「総次君……」


 そうつぶやきながら総次の方を振り向く麗華。総次の表情は既に、彼との戦いに向き、得物を捉えんとする狼の如き雰囲気を醸し出していた。


「……いずれはこうなるのは分かってました」

「そうね」


 総次の質問に、麗華は淡白に答えた。


「ですがこうも早いと、諸々の対応が……」

「第一遊撃部隊の指揮監督を、麗華に移譲することは出来るわ」


 続けて何か言いたげな様子だった総次に、薫はそう答えた。


「しかし……」

「これまで事務作業を中心だったのは、あくまで平時のこと。有事なら必要もないわ。それでいいわね? 麗華」

「勿論よ。総次君は指定されたポイントに行って」

「了解ですが、本部の守りはどうなさるのです? いくら第一遊撃部隊とは言え、それだけで守り切るのは不可能です。剛野さんや霧島さんの部隊を糾合すれば、ある程度問題の解消にはなると思いますが、それだと他が手薄になりますし……」

「麗華の実力は、あなたが一番知ってるでしょ?」


 薫の指摘に、総次はハッとした。麗華の実力を信じていない訳ではない、寧ろ薫以上にその実力を信じているという自負がある。数の差をものともしない大きな力があることを。


「……分かりました。準備を急ぎます」

「今のあなたの闘気量は、既に他の追随を許さない程に強大。戦闘に突入しても、支障をきたすことはないと信じてるわ」

「局長……」


 優しく微笑みながら総次にそう語りかけた麗華に、総次は静かに、そしてどこか安心した様子でつぶやいた。


「では、第一遊撃部隊にこのことをすぐに伝えます。ですが、この情報は……」

「全員に知らせるわ。もちろん、あなたの生還を誰よりも望んでいる人にもね」

「夏美さん……」


 直ぐに思い当たる人物の名を導き出した総次。彼女の存在は、総次の中で知らぬ間に大きくなっていた。


「……約束したんです」

「「約束?」」


 同時に首を傾げる麗華と薫。


「必ず生きて帰ると。そして、夏美さんも生きて帰ってきてほしいと。互いに約束したんです。その時に会えるように……」

「沖田君……」

「総ちゃん……」


 微笑む薫と麗華。麗華の方は、今まで彼女の見たことのない総次の姿と態度に、自然と素に戻っていた。


「局長?」

「生きて帰えりなさい。夏美ちゃんの為にも、あなたの為にも」


 優しく微笑みながらそう言った麗華に、総次は無言で頷き、そのまま情報管理室を出た。


「……麗華。どうして言わないの?」

「何を?」

「総次君が夏美ちゃんに抱いた感情が何なのかを」

「そうね。あの子が夏美ちゃんに対して抱いている気持ちは、多分、これまであの子が感じたことも抱いたこともないものね。でも、ここからはあの2人の問題。私は2人のこれからを見守っていきたいわ」

「麗華……」


 敢えて二人のことに介入しないことを決めた麗華。


「……あなたの言葉を信じるわ」


 そう言って薫は麗華の信条を鑑みて、それ以上何も言わなかった。



⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶


 情報管理室を後にした総次は、そのまま第一遊撃部隊司令室へ赴き、翼との戦いに臨む準備を始めるに先立ち、食堂に赴いて朝食をとっていた。


「よく食べるね、総次君」


 この日の総次は、辛口カレーライス大盛りを注文していた。


「力をつけておかないと、いざという時に命を落としかねません」

「……お友達との戦いが始まるんだね」

「お友達?」

「そうじゃないのかい?」


 厨房で料理をしている保志の言葉に、近くの席についていた総次は首を傾げた。


「翼は僕の友達です。それがどうしたんですか?」


 保志が何を言いたいのかを測りかねている総次。そこに保志はこういった。


「友達と戦うことに、抵抗はないのかなと思ったんだけど……」


 保志の問いかけに、総次は面を伏せる。


「……実のところ、こういう形であいつとの決着をつけたくないと思ったことが何度かありました」

「やっぱりね」

「個人的感情を押し殺して戦ってきましたが、それでも青梅の時からしばらくの間、あいつと殺し合いをしたくないとは思ってました」

「今は、どうなのかな?」

「……新戦組の一人として、責務を果たすのみです」

「覚悟を決めたんだね?」


 そう尋ねられ、総次は無言で頷いた。


「……君の決心はよく分かったよ」


 そう言いながら保志は、小さな青い弁当箱と水筒を総次の前に差し出した。


「保志さん……」

「腹が減っては戦は出来ないからね。道中で食べてよ」

「ありがとうございます、保志さん」


一礼をしながら、総次は弁当箱と水筒を受け取った。


「それで、このことは第一遊撃部隊のみんなは知ってるの?」

「これから彼らに説明をします」

「総次君、君は……」

「……必ずあいつを討ち、この戦いを終わらせて見せます」


 保志はそう言った総次の眼差しの真剣さを感じ取ったようだった。


「……本気だね」

「元よりこの戦いが始まってから、あいつとの一騎討ちになることは覚悟してました。そのタイミングは僕の予想を遥かに上回っていましたが」

「でも、遅かれ早かれ、こうなることになっていた」

「そう言うことです……」


 そう言いながら総次は椅子の横に掛けていた刀を腰に佩いた。


「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」


 保志から受け取った弁当箱と水筒を大型ポシェットに入れ、総次は保志に一礼して食堂を後にした。



⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶


 司令官室へ戻って一通りの準備を終えた総次は、第一遊撃部隊の隊員達に集会場に集まるように指示を出し、彼らの到着を待っていた。


(随分隊員を振り回すことになってしまっている……)


 内心、第一遊撃部隊の隊員達が、自分や周囲の状況に振り回されていることに申し訳なさを持つ総次としては、彼らとどういう態度でこの話題を切り出そうか考えていた。


「司令官っ‼」


 すると隊員達は召集から五分も掛からずに集結した。


(本当に迅速な行動が出来る方々だ……‼)


 どんな状況であっても、毅然とした態度の彼らを見て、総次は覚悟を決めた。そして遅れて到着した者がいないかを確認し、総次は演台に立って先程の報告を始めた。


「皆さん、突然集まってもらってありがとうございます。このように集合を掛けた理由を説明させてもらいます」


 突然の発表に何のことが気になる様子の隊員達。


「先ほど、警視庁のサーバーに、MASTER大師の幸村翼から、あるメールが届きました。それは、僕との一騎討ちを所望するものでした」


 その発言を聞き、一瞬で戸惑いと驚きの感情が広がる隊員達。


「僕達にとって、あいつは討たねばならない敵です。僕は今回の挑戦を受け、彼との決着をつける所存です」

「司令官……」

「まさかこんなことになるなんて……」


 状況を飲み込めていない様子の隊員達。彼らとしても、総次がいずれは幸村翼と決着をつけることになるのは予想出来ていた。人知を超えた力を手にした幸村翼を倒せるのは総次しかいない。そういう確信と信頼が彼らの中にあった。それでも、ここまで早い段階でその決着が来るというのは予想外だったようだ。


「僕が不在の間、局長が代理で第一遊撃部隊を率いることになります。これからは局長の指示に従って動いてもらいたます」


 第一遊撃部隊の今後について説明を終えた総次だが、まだ戸惑っている様子の彼らにどう対応すべきかの答えは出ていなかった。


(……突然こんなことを言われても、戸惑うのが当たり前か……)


 そう思いながら一礼をして演台から降りようとする総次。すると……。


「絶対に生き残ってくださいっ‼ 司令官っ‼」

「そうだっ‼ 俺達の司令官に、敗北はあり得ないっ‼」

「俺達も、司令官と鍛えた力で、MASTERの戦いに勝って見せるんだ‼」


 一人の隊員が激励を始めると、一人、また一人と総次へ激励を送り始めた。その大声は徐々に多きくなり、全てが総次の勝利と帰還を望む声に変っていた。


「いけー‼ 俺達の最強の司令官っ‼」

「あんたの手で、この戦いに終止符を打ってくれっ‼」

「まだガキなんだから、年上の俺達より先に死んだら許さねぇぞ‼」


 隊員達の歓声と共に送られた激励は、総次の心に会った彼らへの申し訳なさを浄化していくような実感を抱かせた。


「皆さん……」


 総次は険しい表情の裏で、感慨深さを抱いていた。入隊決定から間もなく一番隊組長へ就任させられるという異例の人事に不満を抱き、戸惑う彼らに頭を下げ、これからの自分を成長させてほしいといったあの時とは違う。隊員として、そして第一遊撃部隊司令官として認められたという実感が沸いてきていた。


「……必ず、生きて帰ってきますっ‼」


 そう言って総次は力強く隊員達に敬礼し、隊員達もそれに応えるように敬礼し、それを見届けて総次は集会場を後にした。


(……待っていろよ、翼……‼)


 強い決心を固め、総次はバイクを置いている第6駐車場へ足を向かわせた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る