第2話 悲しみに暮れても

冠城将也戦死の報は、すぐさま情報戦略室を通じて翼と御影の耳に入った。


「……翼」


 デスクで両手を組んで面を伏せる翼に、御影は悲しみに曇った表情で尋ねる。


「……服部由美の戦死も、確認できたんだな」

「ああ」

「……将也は、どうだったんだ?」

「慶介達を逃がす為に突っ込んで、慶介に自分ごと敵を撃つように言ったんだ。つまり……」

「道ずれってことか……」


 そうつぶやきながら、翼は面を上げた。悲しみを一切感じさせない、大師として毅然とした表情だった。


「……将也の弔い合戦は、これからの戦いの中で行える。他の連中にとってこの上なく辛いだろうが、今は……」

「分かってる。最終目的は警察と新選組モドキの討伐、そして、国の中枢機能の確保だろ?」

「その通りだ」

「それで、このことはいつ伝えるつもりだ?」

「慶介が帰還してからだ。それに、今日一日ではっきりわかった。やはり俺達の全戦力を投入し、容赦なく連中を叩き潰すことが先決だとな」

「つまり、ここから最終ラウンドに突入って訳か」


 御影のその言葉に、翼は静かに頷いた。


「御影、時間を掛けてもいい。情報戦略室に指示を出してくれ」

「指示?」

「全部隊による大攻勢をかける。そして、俺と総次で一騎打ちを行うとな」

「翼、お前……」

「行ったよな。今のあいつに対抗できるのは、俺しかいないって」

「……分かった。長刀使いの女と弓使いの優男に関しては、俺と財部さんと人事部の方で考えるよ」

「頼むぞ。この戦いに勝ち、死んでいった者達と、これからを生きる者達の前を覆う闇を払う。そして、神々しいまでの光を必ず見せてやる……‼」


 そう言いながら翼は右手の拳を握りしめ、天に掲げた。



⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶


赤狼七星に冠城将也の戦死が御影と慶介から伝わった時、赤狼七星達の間で沈んだ空気をが漂っていた。


「……将也が……」


 報告をした慶介以外で、このことに悲痛な思いを見せた面々は全員だったが、特にアザミの落ち込みは相当なものだった。


「慶介、あんた、大丈夫なの?」


 将也の戦死を見届けた慶介を案じる八坂。彼女の落ち込み様も相当であったが、尊と並ぶ七星の双璧として、毅然とした態度を取っていた。


「……俺のせいで、将也が……」

「お前が責任を感じるのは分かるけど、ここで悔いたところで将也は……」


 そこまで言って、つらそうな表情になりながら言葉に詰まる八坂。


「……分かってる。あいつが帰ってこないことは、でも、でも俺は……‼」


 そう言いながら静かに泣き出す慶介に、八坂はそれ以上は何も言わず、彼の隣に座って背中を優しくなでた。


「まさや~……」


 窓際で座り込んでいるアザミは、ただただ泣くしかなかった。


「……翼はどうしてるの?」

「次の戦いに備えるように全部隊に呼びかけたよ」


 瀬里奈の質問に対し、御影はつつがなくそう答えた。


「二人は、敵の戦力をかなり削ることに成功した。俺達も頑張らないと、あいつの死に報いることは出来ないぞ」


 御影の発言に、彼らは沈んだ表情ながらも頷いた。


「それにしても、翼は潰れねぇのか?」


 翼の疲労について懸念をする尊。彼に限らず、七星の面々の中でもかなりの間心配されていることであるが、特に自分の腹心が戦死したことで精神的に来ているのではと言う風に思っていた。


「セーブするように伝えた。今回の仕事の分散も、俺が提案した」

「俺達の方でもなんとかするよ。あいつに何でもかんでも背負わす訳にはいかねぇからな」

「頼む」


 尊の宣言にそう答え、御影は改めて赤狼七星に頼んだ。


「……アザミ、大丈夫?」

「……立ち直るのに、時間掛かりそう……」


 アザミの視線に合わせるように屈んで尋ねた瀬里奈だったが、やはりアザミの態度は相変わらずだった。


「にしても、戦っていたのはあのカットラス使いだったんだろ? 俺は直接戦ったことはねぇが、噂じゃあのバカ面にやられるなんてってのがなんか……」

「それはもう昔の話だ」


 尊の意外そうな発言に対し、慶介は待ったをかけるようにつぶやいた。


「それなりに修羅場を潜り抜けてきてることは、戦って俺にもよく分かった。もう単なるバカ面じゃねぇよ。あいつは」


 慶介の修一に対する論評に、一同は沈黙のまま項垂れた。


「それに死んだのは将也だけじゃねぇ。地獄の女神ヘルゴッデスもだ」


 深刻な表情で努めて冷静に告げる尊。


「流石は新選組ね。改めて連中を倒す為の対策を考えないと」

「その通りね」


 瀬里奈の説明に腕を組みながら首を縦に振り、納得する八坂。


「幸い、俺達は連中とある程度の戦闘経験があるし、データもある。それを簡単に洗い出しつつ、後は臨機応変に対するしかないな」

「臨機応変、か……」

「どうしたんだ? 尊」


 尊の反応が気になった瀬里奈が尋ねる。


「いや、俺達にそれがどこまで出来るか、だな。これまではその辺りをあまり考えなくても戦えたが、これからはそうはいかねぇ」


 そう言って尊は全員に注意を促す。だがそう言っている尊の表情は、相変わらず曇ったままだった。


「……チッ、言葉が出てこねぇ……‼」


 そう言いながらスーツのズボンのポケットからハイライトを取り出し、一本を口に咥えて静かにライターで火をつけた。


「言葉は必要ないわ。皆の未来を切り開く役割は翼と御影が中心になってやるわ。私達に必要なのは、将也と同志達の死と奮闘を無駄にしないこと。それだけで十分じゃないかしら」


 そんな尊に対し、八坂は重い声でつぶやいた。そして瀬里奈達も静かに首を縦に振って同意した。


「……そうだな。それが今の俺達に出来ることだな。そしてその先で、あいつのことを支える為にも、絶対に死ぬ訳にはいかねぇな。そうだろ? 慶介」

「当たり前だ。それに、俺は将也がああなっちまった責任を取らねぇt路いけねぇんだ」


 慶介は自分に対して言い聞かせるようにそう言いながら立ち上がり、他の赤狼七星の面々を、涙で真っ赤になった目で見渡した。


「……慶介。そう言ったからには、次の戦いでは俺と一緒に行くぜ」

「えっ?」

「お前にとって将也が同志達の中でもかけがえのない親友であるように、俺にとっても将也は大切な仲間だ。だからこそ、その敵は俺の手でも討ちたい」

「尊……」


 意外そうな表情で尊を見つめる慶介。普段は飄々としていて何事においても冷静なはずの彼が、いつにもなく熱くなっているからだ。

慶介だけでなく、アザミや瀬里奈も同じ反応をしていた。


「お前にとって同志達、特に赤狼七星は家族のようになものだからね。こうなるのも無理ないわ」


 唯一冷静だった八坂が、慶介の耳元でそう言った。


「尊……」


 八坂から尊のことを聞き、慶介は再び目に大粒の涙を溜めていた。


「それによ。この戦いに勝たないとあいつの創ろうとしている未来にたどり着けねぇ。それからも俺達の役割を果たさねぇといけねぇんだ。それが全部終わるまで死ねるかよ……‼」


 態度こそ静かだが、その表情は慶介にとって初めて見る険しさがあった。


「アザミはどう?」


 それに続き、今度は瀬里奈がアザミに尋ねる。


「ぐすっ……あたしだって、こんなところで死にたくないわ。絶対にこの戦いに勝って、生き残って見せる。翼といっしょの場所に居たいわっ‼」


 そう言ってアザミも、メイクが落ちるほどにボロボロな気ながら立ち上がって宣言した。


「アザミ……」


 そんなアザミに、瀬里奈も覚悟を決めたような表情を見せた。


「決まりね。私達の思いは皆一つ。この戦いに勝って、日本の未来に光を灯す」


 そう言いながら八坂は片手を前に伸ばす。そして八坂を中心に、赤狼七星が集合する。


「ああ、翼の為にも、俺達の為にも、この国に生きる人達の為にも、あの腐った警察や新撰組モドキに負ける訳にはいかねぇ」


 決意に満ち満ちた表情で八坂の右手に自分の右手を重ねる尊。


「私も、翼を守る者としての務めを果たすわ」

「あたしだって、翼と一緒に未来を生きたいわ」


 瀬里奈とアザミも、互いを一瞬見つめ合いながら手を掲げる。


「……必ず、将也の仇は取る。あいつらを徹底的に叩き潰してな……‼」


 そして慶介も、将也の敵を討つという誓いの下、重なった四人の手に自分の手を重ねた。


「……いいな。絶対に生き残るんだ。これが俺達の誓いだ。忘れんなよ」

「「「「勿論だっ‼」」」」


 尊の宣誓に、四人は異口同音にそう言った。


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