第二部 第十章 最終決戦

第1話 涙

 上原薫からの遊撃部隊司令官の招集の放送が新戦組本部全体に流れたのは、日付が変わった午前三時だった。総次は第一遊撃部隊司令室で身支度を整えて早足で向かっていた。


(恐らく戦況報告か出撃要請だろう。ようやく闘気が回復したから、もう問題はないが……)


 どのようなことになろうとも、総次は第一遊撃部隊に臨戦態勢を取るように指示を出してあるので、戦闘関連で何があったとしても即応できる準備を整えてあるのだ。


「総次君」

「椎名さん?」


 すると地上階に続くエレベーター前で真に呼び止められた。


「呼び出しの内容は何ですかね?」

「気になるね」


 淡々とした様子の真だが、総次と同じ心境にあることだけは総次にも分かった。そのまま二人は並んで局長室へ歩き出した。


「君としては、どっちだと思う?」

「どっちと仰いますと?」

「単なる戦況報告か、出撃命令か」

「もう一つあると思いますよ」

「……こちらが不利になったという報告かい?」


 総次の言わんとしていることを悟った様子を見せながら、穏やかな口調で答える真。


「そう考えれば、上原さんがあんな声になる理由にも合点がいきます」


 総次の言ったことは、放送で聞こえた薫の声が、随分と暗いものだったからだ。


「確かに、薫のあの声は焦った時にしか聞けないからね」

「……随分と冷静ですね」

「そんなことないよ。薫の報告次第では、僕だって正気をなくしてしまうかもしれないよ?」

「この一年半、椎名さんがそうなったところは見たことないですが」

「だとしたら、新戦組として戦いに身を投じて、その手のことに慣れたのかも知れないね」


 おどける真だが、それが自分の緊張をほぐそうとしているが為の行動と言うことを、総次は悟っていた。


「苦戦していると聞いても、翼達相手なら当たり前と言うのが僕の率直な意見ですね……」

「でも彼のことを一番に知ってる君なら、こうなる可能性も覚悟してたんでしょ?」

「まあ……」

「君も幸村翼も、かなり異端な闘気を使うからね。抵抗手段を持っていることは、君にとってもアドバンテージになる」

「それも、皆さんの協力あってのものです」


 総次は真達への感謝を述べた。


「幸村翼に対抗できるのは君のみ。強大な力を持つ者同士、一騎討ちになる可能性は大だね」

「ええ……」


 真の言葉を聞き、総次と真は局長室の前にたどり着き、総次はドアをノックして中に入った。


「第一遊撃部隊司令官、沖田総次。参りました」

「第二遊撃部隊司令官、椎名真。到着したよ」

「突然呼び出して、ごめんなさいね……」


 到着を告げる二人を出迎えた麗華だが、その表情は暗かった。それは彼女の隣に侍している薫も同様だった。


「……あまり、良い報告とは言えないようですね」


 二人の態度から緊急報告の内容をある程度把握しながら、総次は真と共にデスクの前まで来た。


「……先程、各地から報告があったわ。澤村君と翔・清輝君の部隊は敵部隊の撃退に成功。敵幹部の一人を討伐したわ。翔君も清輝君も負傷して後退したけどね」

「それのどこが、悪い報告なのかな?」


 内容を聞いて疑問を呈する真。その直後、薫の口から衝撃的な一言を聞くことになる。


「台東区の雷門通りで戦闘中だった佐助の、戦死が確認されたの……」

「……え?」


 その報告に真は眼を見開き、総次もハッとしたが、すぐに薫にこう尋ねた。


「……詳細は?」

「敵部隊長との相討ち、双方ともに死亡、ということだわ」

「その敵はどのような相手なのか、分かりますか?」

「報告では、二振りの忍刀を持った女らしいわ」

「では、正木邸や情報拠点の時の……」

「その通り……」

 

 総次の質問に、麗華は暗い声で答えた。総次としても、大先輩である佐助が討たれたという報告は衝撃的であり、まだ受け入れられていなかった。


「全身に無数の切り傷、更に内臓破裂が六ヶ所以上、既に心肺停止状態で、蘇生も不可能だったわ」

「……つまり、仇討ちも出来ないってことだね?」


 薫の報告を終えた途端、真の重い声が局長室に響いた。


「えっ?」

「……相討ちってことは、仇討ちも無理ってことでしょ?」

「それは……」


 急に雰囲気が変わった真に戸惑う薫。それは麗華も同じだった。


「……だよね……」


 面を上げないまま、真は局長室を後にした。


「真……」


 そんな真の無念に満ち満ちた後ろ姿を目の当たりにし、やるせなさを覗かせる二人。

 

「僕はやはり、翼の力のみに目が行き過ぎていました。あいつの下には強者が多いことを知っていたはずなのに」


 総次もまた、彼の同志達の力を過小評価していたと思い、己を恥じた。


「幸村翼の力は凄いけど、彼らの同志達も強くなっていたのね」


 確かめるように尋ねる麗華。


「それだけ、今のあいつらには迷いがないってことです」

「容赦なくこちらを嬲り殺せると?」


 そう発言した薫に、総次は深々と頷く。


「渡真利警視長の一件をどのメディアにも先んじて動画で上げ、警察と新戦組の同士討ちを宣伝し、多くの民心を味方にしました。ここで彼らにとって代わって翼達が台頭するのを良しとする一派が出るのも、時間の問題です」

「そうなったら、完全に私達は賊軍と言うことになるわね……」


 苦々しい表情でつぶやく薫に、麗華は静かに頷いた。麗華も薫も、この状況を生み出す母体となったのが、個々人の責任放棄にあるとことを自覚し、罪悪感に似たものを感じているようだった。


 それと同時に、総次は自分に向ける二人の視線に、些かの後ろめたさがあることを感じ取り、麗華にこう尋ねた。


「どうなさったんです?」

「……実は、昨日修一君が本庁刑事部の若手と揉めたの」

「揉めた?」


 麗華に尋ね返す総次。


「あなたのことを、刑事部の若手が中傷していたのを聞いてしまったのよ。あなたのことを化け物呼ばわりしてたらしいの。それを保護したメンバーの引き渡しを終えた彼が聞いてしまって……」

「それで……」


 自分のことを警察組織が嫌っていることも知っているので、それ自体への驚きはなかったが、それ故に修一に対して申し訳なさが生まれた。


「どうしたの? 総次君」

「僕の預かり知らぬところで、澤村さんや本庁刑事部にご迷惑をお掛けしてしていたとは……」

「総次君、澤村君の行為そのものは、褒められたことではないわ」


 そう言った薫だが、その上でこう続けた。


「でもね。行為はともかく、あなたを単にそれだけの理由で、しかも、助けられたはずの人間がそのようなことを言ったんですもの。私達だって、涼しい表情でこの報告を聞けるはずがなかったわ」

「上原さん……」

「総次君」


 すると今度は麗華が話に割り込んできた。


「警察があなたに抱く感情は後ろ向きなものが多いわ。まだ去年の東京襲撃による沖田総一への恐怖心を乗り越えられた訳ではないわ」

「だからこそ、僕にあいつの亡霊を見てしまうと?」


 総次にそう言われ、麗華も薫も苦しげな表情になりながら頷いた。


「私達だって、そんなことを思う人達がいるのは納得できないわ。どうして総次君がそんな風に見られなければならないのって」


 微かに身体を振るわせる麗華。彼女が総次への中傷に憤りを感じていることは、誰の目にも明らかだった。


「仕方のないことです」


 総次はそんな麗華達の激情を察しつつも、余計な不安を煽るまいとあえて冷静のこう言った。


「今の僕にできることは戦うことです。翼との一騎討ちへの備えも必要ですし」

「そうは言うけど、確証はあるの?」


 そう言って薫は総次に質問を投げかけた。


「自惚れでも何でもなく、今の翼に拮抗しうるのは、僕以外に誰がいますか? 例の話からも、翼の闘気量は既に冬美さん以上。それに敵うのは、もう僕しかいないです」

「それは……」

「それに翼も、街中で大技の連発は避けるでしょう。前回は自分の実力誇示の為にああしたのでしょうが、今後は慎むと思います。下手をすれば、あいつ一人で東京が壊滅することもあり得ます」

「この戦いにおける彼の目的は、あくまで首都の掌握ということね?」


 麗華の問いかけに、総次は無言で頷いて話を続けた。


「となれば、そもそも自ら表舞台に出るということも少なくなる。実力行使すると考えれば、現在こちら側で、不肖ながら最も多くの闘気を保有している僕を討ち取る為にでしょう」

「……薫、どう思う?」

「否定できないわね……」


 そう言って薫は総次の意見に賛同し、更に麗華も頷いた。


「分かったわ、あなたの良いように」

「ありがとうございます。では、僕はこれで」


 総次は二人に敬礼し、局長室を後にした。

 すると局長室を出て直ぐの曲がり角で真が立ち尽くしていた。


「椎名さん……」

「……総次君」


 総次に振り向く真。彼の目元は赤く腫れており、つい先ほどまで泣いていたことが総次にはすぐに分かった。

 だが総次は、今の真に話しかけるのはあまりよくないと思い、一礼をして真から離れた。


(……僕は、まだまだ無力なんだな……)


 そう思いながら自室に戻ろうとしている総次。すると彼のポシェットにあるスマートフォンが着信音を鳴らし始め、総次はそれを取り出した。


「はい、沖田です」

『総ちゃん。そっちは大丈夫なの?』


 声の主は、別の支部に駐屯している夏美からだった。


「どうなさったんですか?」

『あの、さっき本部から入った情報だけど、これって……』


 夏美の声が震えている。そう感じ取った総次は、その内容についてこう尋ねた。


「……鳴沢さんの戦死、ですか?」

『やっぱり、本当なのね……』


 徐々にすすり泣くような声になっていく夏美。


「正直、まだ信じられなくて……」

『あたしもよ。だってあの佐助さんよ? あの佐助さんが死ぬなんて……』

「夏美さん……」


 嗚咽まみれになりながらの夏美の言葉とその思いは、総次にもよくわかった。


「冬美さんは、どうしてます?」

『あたしと同じ、まだ受け入れられてなくて、部屋で泣いてる……』

「そうですか……」


そう言った夏美に、総次は自分の意思を伝えることにした。


「……僕は絶対に死にません」

『ぐすっ、総ちゃん……』

「以前、夏美さん言ってましたよね。絶対に死んではいけないって」

『うん……』

「それで、自分なりに考えたんです」

『何を?』

「これまで無関係な人が二度と命を落とさないようにと思い、戦ってきました。その上で、こう思うようになったんです」

『理由?』

「現状を、翼一人に全てを託そうとするこの現実を、あいつは受け入れられてないでしょう。誰もが自立して生きることを望むあいつにとって、一番受け入れがたい現実です。それでもあいつが立ち止まらないのなら、いつか絶望してしまうのではないかと……それを止められるのは、僕一人です」

『総ちゃん……』


 力強く宣言した総次と対照的に、夏美の声はどこか不安げだった。


『……勝てるの?』

「大丈夫です、夏美さんとの約束があるから」

『あっ……』


 総次のその宣言を聞き、夏美はハッとした声を漏らした。


「必ず、夏美さんと一緒に生き帰ってくると」

『総ちゃん……』


 それまで不安げだった夏美の声が、少しずつ安堵の声に変っていった。


「お互い、生き残りましょう」

『うん……うんっ! もちろんっ!』


 そう言う夏美の声は、明るさを取り戻していた。


「互いに生きてこの戦いを乗り越えましょう。その先にある未来の為にも」

『……総ちゃんらしい。そういうとこ』


 総次の決意に納得する夏美。


「そうでしょうか?」

『だって総ちゃん、初めて会った時からそうだったもん。どんなに過酷な現実に直面しても、前を向いてしっかりと歩こうとしてる。簡単なことじゃないわ』

「それ以外の選択肢がなかったからこそ、覚悟を決めただけです」


 夏美の称賛に、総次は謙遜した。と言うよりもこれが本心だった。


『総ちゃんらしいわ。そうやって無茶するところも』

「今まで、本当にご迷惑をお掛けしました。夏美さんもご無事で……」


 そう言って総次は通話を切った。


「……生きて見せるさ。あいつを倒して、必ず……」


 静かにそう宣言し、総次は改めて自室へ戻った。


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