第4話 強大過ぎる力が齎す恐怖
翼の宣戦布告から六日。開戦まで四日に迫ったこの日の午後四時。警備局長の上原権蔵は、現首相の立原から首相官邸に呼び出されていた。
「急に呼び出して済まなかったね、上原君」
「いえ、突然のお呼び出して驚いていますが、気になる件とは一体……?」
「……君は、彼を今後どうするつもりかね?」
「彼?」
「沖田総次君のことだ。私も彼のことはある程度知っている。強大な闘気の力で数多の難敵を葬って来た、新戦組のエースなのだからな」
立原の言葉に、権蔵は何かを悟ったようだった。
「……彼が、この国に留まれなくなる可能性があると仰りたいのですか?」
「彼の力は日増しに増大しているらしいな。いずれは一国で支え切れるほどのものではなくなる。まだ法的拘束力を持たず、研究が進んでいないイレギュラーの能力を持っているのであれば、万一の場合は対処できない。そう考える連中が我々政治家や官僚には多い。警察でもそうではないのかね?」
「彼らは昨年の沖田総一のトラウマからまだ回復しきれていませんが、それと沖田総次君とは関係ありません」
改めて総次を弁護する権蔵。それに対して立原は「その通り」と言わんばかりに首を縦に振って肯定するが、それと同時にこう言った。
「だが、彼の姿と沖田総一の姿は瓜二つ。彼らからすれば、そのトラウマを思い出させるものが残っているのだろう。それ以前に遡ってみても、沖田総次の活躍は彼らの恐怖を煽ってるのではないかね? これだけの力を一年も見せつけられ続けられて、誰もが彼を普通の人間として見れると言い切れるかい?」
「だとしても、彼は我々と共にMASTERと対峙してきた同志です。そのことに変わりはありません」
立原の言葉を否定するように強く主張する権蔵。だが立原は一切引くことなく話を続ける。
「彼を存在をどう思うかも君の自由だ。だが既に、闘気の存在は夢物語でも机上の空論でもなくなった。その上、現状付け焼刃程度の力しか警察官が持っていないのであれば、本格的に闘気を鍛えた人間に対しては十分な対処が難しい。そうなれば、沖田君のあの力は、良くも悪くも脅威となるかも知れん」
立原のその言葉に、権蔵は彼の言おうとしていることの意味を悟ったように思えた。
「……首相は、彼が我々に敵対するとそう仰りたいのですか?」
そう言われた立原は少々申し訳なさそうな表情になっていったん面を下げ、そして改めて表情を引き締めてこう言った。
「……この戦いでは彼の力は必要だ。だが、それが終わった時に彼の力はどうなるのかね?」
「私も考えていない訳ではありませんが、彼の今後を我々が決めるなど……」
「君達がそう思っても、他の大半の人々はそうは思わんだろう。彼らは君達と違って彼と面識がない」
「それは、確かにそうですが……」
「差別というものは確かに良いことではないが、大抵の人間というものは見ず知らずの者に対して接するのに抵抗を覚えるものだ」
「抵抗、ですか?」
「彼の人柄を知らず、力しか知らない者からしたら、何をされるか分からないという恐怖心を先に感じ取り、それによって彼の人柄まで知ろうと考えらんだろう」
「……いずれ脅威になるなら、いっそ彼を……」
立原が次に言おうとしていることが何なのかを感じ取り、珍しく感情的になる権蔵。
「少なくとも私としては、監視を付ける必要があると考える。無論、それと気取られないようにはするが、最悪の場合は……」
「……沖田君が、この国で生きていけるかどうかの保証すらできない、そう仰りたいのですか?」
「そこまでは考えてはいない。今のところはだがな」
「今のところ、ですか……」
そう言われて権蔵は尚のこと不安を覚えた。今のところという言葉を裏返しに考えれば、いつこの状況が変わるか分からない。その時、総次の日本における立場の保証も出来ないということになるからだ。
「……首相は、彼が怖いのですか?」
故に権蔵は、立原に総次への印象を問わずにはいられなかった。
「正直に言えば……」
「そうですか……」
「だが、これはあくまで個人の意見だ。本来であれば、一個人の今後の人生に対して口を出すことは許されないことだ」
権蔵の目をまっすぐに見つめ、そしてはっきりと宣言した立原。その言葉は一瞬、権蔵の心に安堵を齎した。
「では、沖田君は……」
「但し……」
だがその安堵は、次の立原の発言により、一瞬でかき消されることになった。
「彼がここまで大きな力を持っている以上、普通の人間と同じように生きるのは難しいだろう」
「首相……」
立原のその言葉に、権蔵は決心したような表情になった。
「彼のことは、私の方でも彼自身と話し合って考えます。なので、国の判断は今少し待っていただけますか?」
「……この戦いの行方次第だ。君の意見も一応の参考にはする。このまま決定ではあまりに乱暴だからな」
「ありがとう、ございます」
そう言って権蔵は深々と立原にお辞儀した。
「忘れるな。彼の力次第では、私達としても、非情の選択も辞さないということをな」
立原のその言葉に、権蔵は沈黙したまま改めて一礼して首相官邸を後にした。
⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶
午後六時。新戦組地下の訓練場では、総次が陰と陽の闘気の特訓に励んでいた。
「調子はどうだい?」
そう言いながら訓練場に入ってきたのは真だった。
「安定し始めてます。動き回りながらでも、極端に乱れることはありません」
「闘気が使えなくなった二ヶ月間の特訓が、それを可能にしたのかもね」
感心した様子でそう言った真に、総次は軽く頷いて再び刀と小太刀に陰と陽のそれぞれの闘気を纏わし始める。
「……感覚の方は、どうやらもう心配はないみたいだね」
「出力の方も、四割の安全稼働では全く問題はありません。それに……」
「それ以上の出力を出しても暴発の危険性がなくなったんだね。 修一達から聞いてるよ。特に闘気に振り回されている感じもなかったらしいしね」
「ですが、身体に負担が掛かるのはそのままです。四割以上の力を使うのは、状況次第です」
「幸村翼かい?」
「……あいつには、そうしなければ勝てないでしょう」
「……確かに、それだけの力は必要だろうね」
真も納得した様子で頷く。彼自身、アリーナの蒼炎の時に僅かに翼と対峙し、彼の創破の力に驚かされたからだ。
「だからこそ、この力を研ぎ澄まさないといけないのです。それに、前とは違って体力的にも精神的にも安定しています」
「精神的に安定することは、陰と陽の闘気を操る上では基礎となるからね」
「ええ」
総次は自信をもってそう言った。
「まあ、今の君なら確かに大丈夫だよ」
そう言って真は総次を激励した。
「おう、総次」
「澤村さん。夏美さんに冬美も」
「頑張ってるね、総ちゃん」
するとそこへ修一が花咲姉妹を連れて訓練場にやって来た。
「この忙しい中でここへ来たってことは、特訓だね?」
「そうっス。総次に負けてらんないっスからね」
「ひょっとして中距離攻撃のコツをつかみに来たんだね?」
「牽制程度でも威力を持たせられれば、何とかなるっスよ」
「私も協力してます。修一さんの飲み込みは結構早いですし」
そう言ったのは冬美だった。彼女は修一から真と共に闘気による中距離攻撃のコツを教えてほしいと頼まれ、時間が空いた時に特訓を付けていた。
「闘気による遠距離攻撃は、人によってはほとんど意味がない。だから君のようにそれをある程度でも行えたのは凄いことだよ」
それを知っているからこそ、真もそんな修一を称えた。
「でも俺がそこまでやろうって思ったのは、総次がいたからっすよ」
「僕が、ですか?」
「お前が沖田総一を倒してから、俺も頑張らないとって思うようになったんだぜ」
「……光栄の至りです」
総次は謙虚な姿勢で答えた。
「総次君。これからの戦いでは、遊撃部隊は新戦組の切り札となる。これからは君も戦場に出るタイミングを決めることが出来るけど、状況を見極めないとだめだよ。大きな権限を与えられたということは、相応の責任が伴うからね」
「椎名さん……」
「まあ、こんな大きな戦いは僕にとっても初めてだから、偉そうなことは言えないけどね」
少々苦笑いしながらそう言った真。
「三人も大変だけど、部隊の錬度を高めて今後の戦いで後れを取らないようにすれば、数の有利を生かすことを更に高めてくれる」
「「「はいっ‼」」」
真にそう言われた修一達三人ははっきりと応えた。
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