第3話 絶対に一人にはさせない
翼による宣戦布告から五日が経過し、第一師団長の新見安正は、第二師団長室で武器の手入れをしている狭山剛太郎と会っていた。
「まさか、警察があのような手に出るとは思わなかったな」
「大方、一気に我々を討伐する為に、都内全域にローラー作戦を行ったのでしょうが……」
「かつての大師様と同じようなことをする連中が警察にいたとなれば、まあそれはそれで連中の程度の低さを考えることが出来る」
嘲笑するようにケタケタしながら言った剛太郎に、安正も無言で同意した。
「だが、あの小僧も腹をくくったか……」
「以前まであった大規模襲撃の時も、自分が出て過激派連中を叩き潰すなどと言ってましたね。もっとも、私が聞いたところでは、やはり御影君が相当に苦労してるようですよ?」
「……てことは、この前の警察と新選組モドキのゴタゴタの時もか?」
「言ってたらしいですよ? 御影君から聞いたとこでは」
「あのガキ。大師という立場をまだ忘れる時があるのかよ。まあ、あれで死んだらあいつの力も人柄もその程度ってことで俺達には済む話だが、全体の士気にかかわる」
「そういうところが彼の魅力であり、問題点でありますからね。正義感が強すぎるのも考え物です。あの放送を提案したのも御影君だったらしいですし」
「宣戦布告の為の、あれがか?」
「あの提案を飲んだことで、彼も自分が出撃しないことに対してある程度納得したらしいです。まあ、ファインプレーだと思いますよ」
感心した様子で紅茶を一口啜る安正。
「で、お前はどう思うんだ?」
「……まだ甘いですが、大師としての器は持ち始めてますね」
「まだ甘い、か……」
「誤解のないように申し上げますが、私は彼の能力は認めています。現代において闘気の一つの極致、創破に到達せしめるほどに信念を貫いていることも。ですが……」
「その信念は、どこまで行っても甘いし、理解できないってか?」
「完全にはです。大衆はそう言った甘い夢を見たがるものです。悔しいですが、彼ならそれに近いところまで実現しうる力と仲間を得ています」
「安正……」
剛太郎が話しかけようとすると、安正は左手で拳を作り、震えるほどに力を込めていた。誰の目から見ても、悔しがっているのは一目瞭然だった。
「……堪え時です。この戦いで勝利し、彼が生き残れば、その時が戦いの始まりです……」
そんな安正の言葉を聞きながら剛太郎は立ち上がり、彼の隣に歩み寄って肩を軽く叩いてこういった。
「……俺も、出来る限り協力しよう」
「ありがとうございます」
こみ上げる激情に堪えながらも、剛太郎の言葉に微かに救われた様子を見せる安正だった。
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MASTER赤狼エリア・第三訓練場で訓練している赤狼七星の面々は、各々の戦闘スタイルの確認を行っていた。
「おらよぉ‼」
慶介が放った無数の光の弾丸が束となり、一直線に将也目掛けて襲い掛かる。
「相変わらず凄い力だね」
それを将也は両手に持った双戟を風車のように振るって次々と斬り裂く。斬り裂かれた闘気の弾丸はそのまま将也の後方ですさまじい爆発を引き起こして消滅した。
「相変わらず二人のパワーはすげぇな。見ていてこっちも力が出そうだ」
偃月刀の手入れをしている尊は、そんな二人の戦いぶりに闘争心を揺さぶられていた。
「最終決戦が近いってこともあるし、赤狼全体の士気も上がっている」
八坂も得物の鉤爪を両手に装着しながらそう言った。するとその八坂の右隣の壁際に背を持たれている瀬里奈が八坂に尋ねる。
「第一と第二師団の方はどうなってるの?」
「最終決戦に備えての準備を進めてるわ。力の入れようも相当なものよ」
「ネックになるのは数ね。御影からその辺りの情報は何か入ってないのかしら?」
そう言いながら瀬里奈は二人に尋ねる。
「原状、敵の方はこっちの倍近くはあると考えるべきだってな。ここ最近は警察だって力を増してる。港区のアレを思い出してみろ」
「確かに手ごわかったわね。あいつらは」
「その二人って、八坂っち達と引き分けた連中で所? この間のMASTER狩りに参加して死んだって聞いてるけど」
そこにベンチに腰かけて左手の爪にマニキュアを塗っていたアザミが会話に割り込んできた。
「だが連中と肩を並べるレベルの警察官だって出てくるかもしれねぇから、今まで以上に用心しねぇと、足元掬われるぜ」
「んなこと、俺達の力で叩きのめすのみだぜ」
そんな尊の声が聞こえたのか、将也と対峙していた慶介が自身気にそう宣言する。その言葉に尊達は一斉に彼の方を振り向いた。
「尊が心配することは無理ねぇかも知んねぇけど、いつまでもネガティブになってたら勝てる戦いも勝てなくなっちまうぜ?」
「慶介……」
「そうそう。僕はとりあえず、この戦いが終わったら祝勝パーティーでおなか一杯にご飯が食べたいな」
「将也……あんたまた食うことしか考えないなんて……」
他方で将也の能天気な発言に八坂は些か呆れ返ったが、同時にそんな将也の能天気ぶりに巣くわれたのか、先程まで険しかった表情に笑顔がこぼれた。
「尊。俺達だけの力で不安なら、御影が何とかしてくれるぜ」
そう言って尊に近づいた慶介は、尊の肩に手を置いてそう言った。
「確かにな。ちょっと、一服してくる。そのあとで慶介、将也。お前等と訓練をしたい」
「勿論だぜ‼」
「終わったらおごってよ? 尊」
「分かってる。期待しとけよ」
そう言いながら尊は懐からハイライトを取り出しつつ、喫煙ルームへ向かっていった。
「……ああは言ったが、単に翼のイエスマンってだけじゃダメなんだよな……」
尊の姿が第三訓練場から消えた直後にそうつぶやいたのは、つい先ほどまで明るく振舞っていた慶介だった。
「どうしたの? 慶介」
そんな慶介を不思議そうに眺めるアザミが尋ねた。
「御影が前から言ってただろ? 翼は自分の正義に意識を取り込まれ過ぎると、暴走しかねねぇから気を付けろってよ」
「四年前に赤狼が結成して間もない頃から御影から言われたことでしょ? 確かに昔の翼は慶介に負ける劣らず直情径行にあったから、御影がそう言いたくなるのは無理ないわ」
そう八坂に言われた啓介は些か不服そうな表情になった。
「……俺に負けず劣らずってのは認めたくねぇがな。だけど確かに、翼が自分で物事の分別を付けられるまでは、俺達が支えなけりゃならねぇって言ってたな」
慶介は懐かしむように、しかし責任感を持ってそう言った。翼の強く、そして一切の妥協を許さない姿勢を幾度も見てきたからこそ、彼らの中ではその意識が強かった。
「慶介には、今の翼はどう見えるの?」
腰に下げているポシェットから肉まんを取り出して頬張りながら慶介に尋ねる将也。
「ある程度の自制は効くようになったかな」
「確かに、あたし達以上に冷静に見えるようになったわね。慶介なんかあっさりと冷静さでは追い越されたでしょ?」
「余計なお世話だってんだっ! 八坂」
八坂のからかいに対してムキになる慶介を、他の面々は微笑ましそうに見つめた。
「とにかく、俺もあいつには死んでほしくない。あいつは俺達にとって希望なんだからよ。敵からしたら俺達は全てを翼に託して楽してるような奴に見えるかも知れねぇが」
「どう見えようとかまわないけど、私達に翼のように自分の力で国の未来を切り開く力がない。だから翼の為に何ができるのかを考えて行動するだけよ」
慶介に続いて八坂は強い口調でそう言った。
「慶介は去年の沖田総一の件で、密かに翼が無事かどうか確かめて、その危機にいの一番に気付いて救援に駆け付けた。ひょっとしたらこれからもそう言った部分は私達全員に必要になってくるでしょうね。まあ、今のところは翼の方も自重してるけど……」
それに続いて今度は瀬里奈が深刻そうな表情になった。
「全くだ。これからもってのは、考えてほしいもんだ。あの時ほど心臓が止まりそうになったことはねぇよ」
「へぇ。慶介でもそんな風になるんだね」
八坂はにやにやしながら慶介に言った。
「……まあ、一応はな」
やや照れくさそうにそう言った慶介だった。
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