第9話 非情の弾丸

「遂に遊撃部隊が動くか……」

「総ちゃんが、久しぶりに戦場に出るのね」


 西東京地区の指揮を任され、その道中で支部のメンバーを二百名を味方に入れ、既にバスで現場に到着していた修一と花咲姉妹が率いる部隊は、姉山近辺へ向かうその道中で第一、第二遊撃部隊の宣戦投入を聞いて士気が上がり始めていた。


「第一遊撃部隊は西東京地区を中心に動いてくれるらしいわ」

「心強い味方だが、こんな戦いで復帰ってのは複雑だな……」


 冬美の意見に賛同しつつも、修一は総次の境遇を考えてどこか申し訳なさげだった。


「だったら、あたし達でその負担を軽くすればいいと思いますっ‼」


 そんな修一に対して夏美はこう提案する。


「そうだな。俺達も力を出さないとなっ‼」


 決意を新たに目的地へ急行する修一達を、夏美達も置いてかれないように全速力で走り抜けた。

 やがて彼らは姉山地区の中心街、現時点で最も大師討ち・渡真利派による虐殺が激しい地域に到着した修一達は、そこに広がる光景に唖然となった。


「ひでぇ……」

「これ、全部渡真利警視長達が……?」


 脳天を弾丸で貫かれた死体、刀で四肢や首を斬り落とされた死体。内臓を引きずり出された死体が、血と肉片で舗装された道路に無数に転がっていた。そしてそれらは全て、武器を持っていない民間人だった。


「お姉ちゃん……」


 この光景に冬美は気分を悪くしたようで、夏美にもたれかかる。


「……無抵抗の人を嬲り殺したってことかよ……」


 拳を握り締め、怒気を込めた声で言った修一。一方で冬美を支えている夏美は、目の前に広がる惨状を現実かどうか受け入れられない様子で、ただ呆然と立ち尽くしていた。


「あ、ああ……」


 すると修一達の足元から、力のこもっていない、か細い女性の声が聞こえてきた。


「修一さんっ! あの人っ!」

「どこだっ⁉ 冬美ちゃん!」

「あそこです」


 冬美は五メートル程離れた死体の山を指さした。すぐさま修一達は隊員達を引き連れて死体の山をかき分けながらそこまでたどり着いた。

 女性の全身には無数の打撲跡や切り傷があり、息も絶え絶えの様子だった。修一は彼女の姿を視界に捉え、一も二もなく駆け付けて彼女を抱きかかえた。


「しっかりしろっ‼」


 必死な形相で声を掛ける修一、すると女性は微かに開いた口から絞り出すように声を出し始めた。


「父さん、が……母さん、が……」

「どうしたんだ?」

「けい、さ、つ……」


 そう言い終えた途端、女性の瞳から光が消えた。


「おい……おいっ!」

「修一さん」


 戸惑う修一を制止しながら近づいた冬美はそのまま彼女の心臓に耳を当てる。


「……どうなの? 冬美」


 夏美の問いかけに、冬美は彼女の心臓から顔を遠ざけてから、無念そうな表情で首を横に振った。


「……この人達も、もしかしてMASTERの親族なの……?」

「かも知れない……」


 冬美も夏美もより一層悲痛な表情になった。


「……冬美ちゃん、ここから闘気感知できるか?」

「えっ?」

「連中の居場所を突き止める……‼」


 怒りに表情を歪ませる修一の指示を受けた冬美は即座に闘気感知を始めた。


「……ここから先、北西を七百メートルに無数の闘気反応が……」

「よし、みんな行くぞっ‼」


 修一はそう叫びながら腰に佩いていた二振りのカットラスを抜き、冬美の指示した方角へ向けて隊員達と共に走り出した。


「あたし達も行くわよっ‼」

「全員、続いてっ‼」


 花咲姉妹も隊員達を率いてその方角へ走り出す。


「俺達が何したってんだよっ⁉」

「放してよっ‼」


 冬美が指示した方角から無数の男女の悲痛な叫び声が轟く。その度に彼らの表情は焦りに満ちていく。


「こっからは俺達三人で行く。お前らは周囲に援軍が来ないか見張っててくれ」


 大師討ち・渡真利派の人間に知られないように多少声を抑えて全員に指示を出した修一。夏美と冬美も彼と同じ支持を部下達に出し、彼らはそれに答えてその場を後にした。



⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶


 冬美が位置を特定してから五分後、遂に彼らは悲鳴の聞こえた現場に到着した時には、50人程の老若男女が正座で横二列に並ばされ、背後で渡真利派のメンバーが彼らの後頭部に銃口を突き付けていた。


「おいっ‼ そいつらを離せっ‼」


 渡真利派メンバーを一喝する修一。だが彼らは聞く耳を持つことなく、直後に次々と50人の後頭部を打ち抜いて殺した。


「……何もしてねぇ連中を一方的に……」

「新戦組の澤村修一か。まさか貴様らがこんなとこにまで来てたとはな……」


 到着した修一達を目にした大師討ち・渡真利派のメンバーの一人はそう言いながら銃口を彼らに向ける。


「貴様達はこいつらが何者なのか知ってるか?」

「MASTERで戸籍が分かってる連中の親族やダチだろ?」


 目の前で行われた惨劇に、阿修羅の如き形相で応える修一。


「そうだ」


 渡真利派のメンバーの一人は何ら罪悪感を感じることなく無表情で言う。


「大師討ちは拷問や敵の殺害は認められていても、それはあくまでMASTERの構成員にだけだろう?」

「その方法は時間が掛かりすぎだっ‼ そんな方法でやり続けて、いつまでも敵の蠢動を許してきたのはお前らだろっ‼」

「疑いがある状態なら取り調べてからこっちで対処するはずじゃなかったのっ⁉」


 今度は夏美が彼らに対して詰問した。


「こいつらは現時点で戸籍が判明しているMASTER構成員の血縁者だ。そしてこの女はそいつの幼馴染だっ‼」

「たったそれだけだろうがっ‼ ましてこの人達は自分の家族や幼馴染がテロリストに加わったことを知らなかったはずだっ‼ 連中に加わる前に絶縁してんだからよっ‼ 一体こいつらが何をしたってんだっ‼」

「それが罪だ。連中はテロリストを生み出す手伝いをした。それこそが罪であり、断罪されるべき理由だっ‼」

「勝手にありもしねぇ罪を作って断罪すんなっ‼ お前らっ‼」(疾風迅雷‼)

「「「「「オウッ‼」」」」」


 感情を爆発させ、両手のカットラスに風と雷の闘気を纏わせ六番番隊の隊員達と渡真利派メンバーの群れに向かって突撃する修一。


「冬美っ‼ 修一さんを援護よっ‼」

「分かってるわっ!」(氷雨‼)


 藍色に輝く破界の水の闘気を発生させ、無数の氷柱にして渡真利派メンバーに乱れ撃つ冬美。夏美もトンファーに炎の闘気を纏わせつつ、隊員達を率いて修一に続く。


「狙撃班はあの女の放つ氷柱を迎撃。近接戦闘班は残り二人を叩け」


 指揮官と思われる警察官が渡真利派メンバーに指示を出しながら刀を抜いて突撃し、指示を受けたメンバーも無数の弾丸を放って冬美の氷柱を迎撃する。


「怯むなっ‼ 一気に叩き潰すぞっ‼」

 突入するや否や、四方八方から刀を振るう渡真利派メンバーに囲まれるが、修一はその場で縦横無尽にカットラスを振るい、彼らを斬り刻んだ


「怯むなっ‼ あの二人は遠距離攻撃は不得手だっ‼」


 怯んだ渡真利派メンバーを鼓舞する指揮官だが、夏美達の攻撃がそれを許さなかった。


「そんなことは百も承知よっ‼」


 襲い掛かる渡真利派メンバー相手に、持ち前の身体能力と炎のトンファーの連撃で応戦する夏美。

一人一人が夏美に襲い掛かる度に、攻撃の軌道を読んでかわし、受け止める二人の動作は、彼らの勇猛果敢さを証明した。日頃の鍛錬に加え、渡真利派メンバーの非道への怒りも手伝っていたと言えよう。


「これだけの力がありながら、どうしてあのゴミ共を滅ぼせない。初めから我々のようにやっていれば、惨劇を未然に防ぐことが出来たものを……‼」


 その光景を眺めながら渡真利派メンバーの現場指揮官の男は刀を振るって修一に襲い掛かる。


「てめぇらのやってることはMASTERと同じじゃねぇかよ‼」

「我々はこの国に寄生するがん細胞共を消滅させるためにやっているのだ‼ がん細胞の大本そのものと共になっ‼」

「それはあんた達の方でしょ‼」(女豹乱舞・豪炎‼)


 激高つつ周囲の渡真利派メンバー十人を、炎の闘気を纏ったトンファーと全身のバネを活かした力強い振り抜きで一気に吹き飛ばす夏美。そのまま修一の援護に回り、次々とトンファーのラッシュを指揮官に叩きこむ。


「あんた達がやってんのは只の八つ当たりよっ‼」

「貴様らが何と言おうが、我々はこの世のゴミ共を抹殺する。その為にはいかなる犠牲も厭わない」

「犠牲になってんのはてめぇらじゃねぇだろうが‼」


 夏美との連携を得て修一は高速の連続斬撃を叩きこむ、指揮官の刀を粉々に砕いた。


「なっ……‼」

「「ハァァァア‼」」


 刀を砕かれて動揺する指揮官。そこに修一と夏美は渾身の力を込めた一撃を叩き込み、指揮官を吹き飛ばす。


「ぐはっ‼」


 胸部を斬り裂かれ、顎を砕かれて吐血する指揮官。


「お、おのれぇ……‼ 他に味方は……」

「もういません」


 静かに聞こえる少女の声がした方へ首を向けるメンバー。そこには無数の氷柱でその身を貫かれて絶命した五十名余りの渡真利派メンバーの亡骸があった。

そしてその中央、屍と鮮血で舗装された大通りに冬美は冷たい視線を向けながら立っていた。

 その姿を見た二人の渡真利派は、あまりの光景に失神して斃れてしまった。


「冬美……」

「援護、ありがとうな」


 指揮官を打倒した夏美と修一がその足で冬美に駆け寄った。


「随分と短時間で派手にやってくれたな……」

「既に戦えるのは我々二人ですか。以前のあなた方とは違うようですね。あの時の中傷は撤回した方がいいですね」


 そこへ三人にとって聞き覚えのある声が、大通りの民家の一軒から聞こえる。声の主は刀と全身が血で紅く染まった白金と黒谷だった。


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