第6話 惨劇、憤怒の赤狼
「ま、待って下さいっ‼ 私が一体何をしたんですかっ⁉」
五十代の女性は突然押し掛けた白金率いる十人の警察官におびえながら尋ねる。女性を見下ろす白金の目は害虫を見るかのようなものだった。
「お前のガキがMASTERの構成員だ。お前は知らねぇだろうがな。ゴミを生み出した罪はお前らにもある。だからここで死ね……」
「や、やめてくださっ……」
女性が命乞いをしようとした刹那、女性の身体は振り下ろされた風の闘気を纏わせた刀で頭から真っ二つに斬り捨てられた。
「お母さんっ‼ お母さんっ‼」
「お前も死ね……‼」
返り血を浴びながら近くでそれを見ているだけだった女性の娘も、悲鳴を聞きつけた別の警察官に炎の闘気を纏わせた刀で斬り捨てられ、同時に全身を燃やし尽くされた。
「行くぞ……」
返り血を浴びた白金達は血で紅く染まった女性達の住まいを出る。周囲に彼らを見る者達も少なからずいたが、威圧的な目と血塗られた刀に恐怖して何もできなかった。
「他は?」
白金がメンバーに尋ねる。
「B地点の殲滅率六十パーセント。C地点は四十五パーセント」
「D地点は三十五パーセントです」
「そうか。なら俺達は姉山の方に行くぞ」
彼の指示を聞いて一斉に敬礼して目的地に向けて駆け抜けた。
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「おらっ‼ いい加減におとなしくろっ‼」
「俺達が何をしたってんだよっ⁉」
「お前の兄はMASTERの構成員だ」
「兄貴が……?」
「ですから、あなたに生きる資格はありません……」
家から引きずり出された男の首は、光の闘気を纏わせた刀で斬られ、切り口から鮮血が噴出して周囲を紅く染め上げた。
「隆司っ‼ てめぇら何なんだっ⁉ 人様の家に勝手に踏み入ってっ‼」
「お前は確かこいつの兄貴の友人だったな。なら貴様も死ね……」
「ふざけんなっ‼」
そう叫びながら男は別の警察官に向かって感情的になりながら飛び掛かったが、警察官の非情の刃はそんな男の身体を無情に貫いて絶命に至らせた。
「まだです。まだ数が多すぎます。ゴミの数が多いですね。我々も予定通り、姉山に向かいますか」
憎しみに満ち満ちた表情の黒谷は血刀を握り締めながら部下達と共にアパートの一室を後にした。
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新戦組本部や各地の所轄署からの報告を受けた警察庁は混乱の渦中にあった。市民を守るべき警察官が無関係な人間まで巻き込んだ作戦を決行するなど、あってはならないことだからだ。
無論、顔面蒼白になっている姉川からの報告を受けた上原権蔵の受けた衝撃は計り知れなかった。
「……警備局長……」
「いずれ起きると考えていたが、よもやここまで早くとは思わなかった……‼」
こうなる事態を予測しておきながら後手に回ってしまったことを悔いる権蔵だが、そんな余裕はない。そこで後悔をやめ、垂れていた首を上げて姉川を見上げた。
「これからどうすれば……?」
「君にも部隊を率いてもらう。これまでに小規模なテロの鎮圧で何度か指揮を執った君なら、その職責に耐えうるものがあると期待してるが」
「承りますが、人選は?」
「特務部隊として構成した部隊で、警備部や公安部で闘気を扱える面々が揃っている。既に君を指揮官だと伝えて待機させてあるから、行ってこい」
「了解しました」
御意を得て警備局長室を後にしようとする姉川。
「ああ、それとだ」
すると背後から権蔵が呼び止めた。
「渡真利君も恐らく前線に出てくるだろう。同行が掴め次第、私も出る」
「警備局長、ですが……」
「手遅れになっているだろうが、彼に伝えるべきことを改めて伝えたい」
「しかしそれは、警備局長の身を危険に晒すことに……」
「今の日本に完全に安全と呼べる場所はない。どこにいようと身の危険は感じている。それでも、私は彼に改めて伝えなければならないことがある。頼まれてくれるな?」
「……はい」
小さく返事をした姉川を見て、権蔵は深く頷いた。
「呼び止めて済まなかったな」
権蔵の謝罪を無言の敬礼で受け止め、再び警備局長室を後にした、
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警察による一連の事件の様子をシャットアウトさせることは最早敵わず、この情報が情報戦略室に入るにも時間は掛からなかった。そして翼や赤狼七星の耳にもすぐに入った。
「財部さんっ!」
「お待ちしてました。大師様、赤狼七星の皆さん」
御影と共に財部からの連絡を受けた翼達は駆け足で情報戦略室へ辿り着き、現場から送られてきた各地の被害状況を表示されたモニター画面に目を通した。
「まさか、このような蛮行を起こすとは……」
「こんなこと……」
「なんて酷いことを……‼」
資料を見て、尊と八坂は絶句した。
「いったいあいつらが何したってんですか?」
感情的になりながら、アザミは財部に食い入るように尋ねた。
「原因を調べましたが、どうやらこれが理由かと……」
目を覆いたくなるような惨状に愕然とする御影にとあるデータをモニターに移した財部。それは構成員の血縁関係者リストと、彼らの所在地についてのデータだった。
「……今のところ、殺されているのは戸籍が消されていない構成員の親類縁者や友人ですね。大半は絶縁してその後の行方を知らない連中ばかり……」
「何で連中はこんなことを、警察がこんなこと出来るんだよ……‼」
「そうだよ。この人達は何も悪いことしてないのに……」
瀬里奈も慶介も将也も、そのむごい光景を目の当たりにし、口々に憤りをつぶやいた。
「奴らは恐らく、MASTERの構成員を関係者ごと抹殺しようとしているのでしょう」
「何てことを……‼」
感情的になりながら情報戦略室を後にしようとする翼。
「待て翼」
翼の右腕を掴んで制止する御影。
「何をする……‼」
そんな御影を、凄まじい怒気を込めた眼差しでギロリと睨みつける翼。
「御影、今回ばかりは俺達も翼に賛成だっ‼ こんなことを許しておくわけにはいかねぇだろ⁉」
「アタシだって、こいつらを叩き潰したいわっ‼ 何で翼を止めるの⁉」
感情的になる慶介とアザミだが、詰め寄られた御影は冷静だった。
「ここでお前達がしゃしゃり出たら、それこそ現場が混乱する。俺達の立場を考えれば分かることだろ?」
御影に諭されて歯痒そうな表情になる一同。
「翼、お前の気持ちはもっともだが、俺も御影の言ってることに賛成だ」
「あたしもムカついてるが、確かにその通りだと思うわ」
そんな翼の憤りを理解しつつも、尊と八坂は御影と一緒に彼を制止した。
「それに、これは俺達にとってはチャンスだ」
「チャンス? お前、まさかこれを……」
御影の提案を察してやや戸惑いを見せる翼。
「犠牲になったのは民間人の命だけじゃない。警察の正義もだ」
冷静に諭された翼は御影の言葉を咀嚼するように考え込み、そして徐々に落ち着きを取り戻していった。
「オイ御影、それってこの状況を見逃して、犠牲者が出るのを受け入れろって言うのか?」
しかしそこで慶介が尚も御影に食って掛かって来た。
「俺だってこんなことを容認できないが、この際連中の同士討ちという機会は、俺達にとって一石数鳥のメリットがあるんだ」
御影の説明を受けても慶介は受け入れられていないようだが、当の翼は何かを決心したかのような表情になっていた。
「……分かった。財部さん。引き続き現場の状況の記録を続けるように命じてください。それと現場の撮影も開始するようにお伝えしていただきたいと思います。全てが終わり次第、編集を開始してください」
「了解しました、大師様」
「御影、お前は決戦に向けての準備を始めてくれ。大体どのくらいで出来るか?」
「戦いの準備なら十日前後でなんとかなる」
「頼むぞ」
財部と御影に指示を出し、翼は情報戦略室を後にした。
「翼……」
「まさかあの翼が……」
あっさりと引き下がった翼に、瀬里奈や将也達は意外そうに目を丸くしていた。
「内心、あいつは俺達以上に感情的になってるだろうさ」
「でも、翼はMASTERの大師としての決断を優先したのよ。あたしだって正直、出たい気持ちはあるわ」
そんな彼の心理を正確に洞察しえるのは、赤狼七星たる尊と八坂だからこそだろう。
「それに翼は、この戦いが終わった時、全てに決着をつけるって宣言したんだ。その時に向けて、俺達も準備を始めようじゃないか」
更に尊は、戸惑う瀬里奈達を鼓舞し、自分達のこれからやるべきことを告げた。
「決戦か……」
「連中との最後の戦い……」
その単語に、慶介とアザミは闘志を滾らせていた。
「という訳で御影、お前はここで情報を集めといてくれ。俺達は俺達で、あいつを抑えるからさ」
「頼むぞ、尊、そして皆」
御影はそう言って尊達に翼を託し、彼らを見送った。
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