第13話 もう一度、あともう一度……‼

「はぁ……はぁ……」

「これで、もう十五分だぜ……」


 修一は総次の執念に感嘆の言葉を息切れしながら漏らした。彼に限らず、訓練を共に行った夏美達五人も同様だった。激しい特訓で総次の模造刀は刃こぼれが目立ち始めていた。

 それでも夏美達と真っ向から戦うことを諦めていなかった。闘気を引き出す為に、自分をギリギリの精神状態に追い込んでいた。


「十五分でくたばるほど、身体は脆くありません」

「そうじゃないわ、総ちゃん」


 そう言って総次の言葉を遮った夏美。手にしているトンファーは模造刀と激突した際に出来た傷が所々に見られる。


「五対一は無茶なんじゃないかなってことよ。少しくらい休憩しようよ」

「夏美さん達はどうなんですか?」

「結構疲れてるわ」


 新戦組女性人で最も体力のある勝枝でも、流石に十五分間通しで、かつ全ての技をフルパワーで討ち続けるという総次の提案は堪えたようだ。


「あと一回だけ、お願い致します」

「ま、まだやるの?」


 総次の注文にやや苦笑いする冬美。だが総次は諦めきれない表情でこう言った。


「お願い、します……‼」

「本当に君って子は……」


 あまりにも無謀なことを続ける総次に、紀子は感嘆の言葉を漏らした。


「しょうがねぇな。もう一度だけだぜ」

「はいっ‼」


 そう言って身体を深く落とし、襲い掛かる態勢に入った総次。


「いいわよっ、総ちゃん!」


 トンファーを構えた夏美がそう言うや否や、彼女達の視界から姿を消す総次。


「どっからくるんだ?」


 周囲を見渡しながら警戒する勝枝。直後、総次が背後から音もなく近づいて斬撃を繰り出した。


「速いっ‼」


 総次の声を頼りに、勝枝は十字槍を振り抜きながら総次を弾き飛ばし、続けて夏美が総次の右側面からトンファーを振りかぶって襲い掛かった。


「いっくわよぉ‼」(女豹乱舞‼)


 繰り出されるトンファーと徒手空拳の連撃をかわし続ける総次。一撃の威力は高くないが、それでも総次を追い詰めるには十分だった。隙を見つけて女豹乱舞から総次は脱出したが、今度は背後から修一が迫って来た。


「おらぁ‼」(疾風迅雷‼)


 修一の二刀カットラスによる苛烈な連続攻撃が、総次に襲い掛かった。


「技は見える……‼」(蒼狼‼)


 修一の疾風迅雷と同時に、総次も蒼狼の連続攻撃をカウンターで発動し、打ち合いになった。


「前よりも力が着いたじゃねぇか。助六さんとの特訓の賜物だな」

「剛野さんには感謝痛み入ります」

「だけど……」


 徐々に力で総次を押し込んでいく修一。いくら力が着いたと言っても、二週間程度では付け焼刃に等しく、修一を上回れるものでは無かった。


「おらよっ‼」


 総次の刀を地面に弾き飛ばし、更なる一太刀を振り下ろす修一。


「まだまだ……‼」


 負けじと総次は即座に鞘で防ぎ、地面に落ちた刀を拾いに行った。


「行くわよ‼」(氷雨‼)


 走り出した総次の背後目掛けて、パラソルから出力を抑えた氷雨で無数の水の針を生み出して発射する冬美。


「くっ!」


 背後の闘気に気付きながらも、総次は振り向くことなく向かってくる氷の刃をかわしながら駆け抜けた。


「後ろを向かずにかわすなんて……」


 総次の咄嗟の行動に、ベンチで見ていた未菜は驚きを隠せなかった。


「こいつでどうだっ!」


 その眼前に十字槍を振るって突進してくる勝枝。


(軌道は単純……‼)


 直線攻撃を仕掛けてくると読み、十字槍の先端より僅かに左に進行方向を変える総次。


「そう簡単にかわせるか?」

「なっ……‼」


 軌道は総次の予想通りだったが、繰り出し速度は総次の予想の一秒上回り、対応で精一杯になった。


「ならば……‼」


 総次は鞘を腰から抜いて十字槍の先端を滑らしていなし、その勢いを利用して機動力を上げた。


「慌ててたのに、反応できるんだな」


 感心した様子を見せる勝枝だが、総次はそのまま模造刀目掛けてひた走り続けた。


「簡単には行かせないわよ?」


 次に総次の立ちはだかった紀子が得物の長棍「流麗」を構えて立ちはだかる。


「このまま突っ切る……‼」


 そのまま速度を上げて突破を試みる総次。


「私か簡単に通すと思って?」


 総次の足下を流麗で薙ぎ払う紀子。総次の足を引っかける算段である。


「くっ……‼」


 気付いた総次は、流麗の軌跡を見切りって前方宙返りで通り抜けるが、紀子はそのまま身体を後方に半回転させ、流麗で総次の足元を薙ぎ払い、転ばせた。


(それでも……‼)


 すると即座に立ち上がり、目の前に落ちている模造刀を拾い、五人に迫る総次。


(何があろうと、この力を取り戻すんだ……‼)


 闘気を自然と扱っていた時を思い出しながら祈るように刀を振り上げる。


「総ちゃんっ‼」

「必ず……やり遂げるっ‼」


 その叫び声が轟いたと同時に、総次の刀が淡い純白の光に包まれる。


「あれは……」


 驚いて片手の鉄扇で口を覆う冬美。


「はぁぁぁあ‼」


 勢いよく振り下ろされた模造刀。同時に模造刀を包み込む光が刃となって紀子達五人に襲い掛かった。


「はっ‼」


 真っ先に前に立った夏美の炎の闘気を纏ったトンファーが、総次の放った純白の刃を斬り裂く。


「はぁ、はぁ……」


 膝を付いて息を整える総次。


「総ちゃん、今のって……」


 トンファーを腰のホルスターに戻しながら微笑む夏美。


「闘気だ……」

「遂にやったな……」


 動揺に感嘆の表情でつぶやく修一と勝枝。


「……まだ、この程度か……」


 一方で総次は嬉しそうではなかった。


「総ちゃん?」

「ここまでが今の自分の限界でしょう……」

「総次君……」

「まだ、今日中に上に行けるって思わないの?」

「そうしたいですが、これ以上特訓に付き合わせるのは……」


 冬美と夏美の問いかけに、総次は焦りを隠せないながらも申し訳なさそうにそう言った。その直後だった……。


『新戦組組長、陽炎、遊撃部隊司令官。大至急情報管理室へ集合してくださいっ‼』


 新戦組本部の館内放送が流れ、総次達はすぐさま情報管理室へと急いだ。



⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶


 放送から二分も立たずに、総次達新戦組幹部達は情報管理室へと到着し、画面に映し出される光景に驚愕した。


「これって……」

「新戦組データバンクの大半のデータに、ロックが掛けられてしまったのよ」


 戸惑いながら尋ねた夏美に、薫は力なく答えた。


「兄貴達が、出し抜かれたなんて……」

「その上、連中の新しいウイルスがばら撒かれた……」


 佐助達の実力を知っている修一は愕然とし、逆に真は状況を冷静に見つめていた。


「厄介なのは分かってたけど、まさかここまでとは……」


 麗華もまた、翼達新生MASTERの力に対し、これまでにない脅威を抱いているようだった。


「でも彼らは、情報の抜き取りをするつもりだったんでしょ?」

「これだけの潜入能力と情報収集力があれば、この手のことものらりくらりとやってのけると思ってたが……」


 紀子の疑問に賛同したのは翔だった。


「それが不可能だったから、置き土産を残したってとこでしょうね」

「つまり、二の矢を放ったということだね」


 そこで総次と真が、二人の疑問に答えるようにそう言った。


「それで、このウイルスは、どのくらいでやっつけられるんですか?」


 そこで麗美が、少々気難しそうな表情で情報管理室の女性主任、並原に尋ねた。


「恐らく、二週間は掛かると思われます」

「この状況で二週間も情報収集や管理が出来なくなるのは、痛いわね……」


 並原の報告を聞き、薫は弱ったような表情でそうつぶやいた。


「それで、鋭子さんを出し抜いた敵は分かってるんですか?」

「昨年、正木邸を襲った女殺し屋よ」

「えっ、あいつが……?」


 冬美からの質問に答えた薫だが、真っ先に驚きを見せたのは修一だった。


「そうでした。あの時澤村さんは、鳴沢さん達と同じ任務についてましたね」


 そこで総次が、思い出したかのように修一に尋ねた。彼もこの任務の報告を聞き、佐助と助六と互角に渡り合った兵がいるという衝撃を覚えていたからだ。


「顔は見てなかったけど、話を聞く限り、中々にやる女だったらしい」

「その女の力が組長に匹敵する力を持っているだろうことは覚悟してたけど、率いている部下も中々だったらしいわ。闘気を使わず隊員達と互角に渡り合ったらしいわ」


 薫のその報告に、組長達や陽炎は驚きを隠せなかった。


「幸村翼やその部下の存在を考えれば、そう言う連中がいても何らおかしくない」

「ですが、これまで以上に対MASTER戦術に再考が必要になったのは間違いないです。今までのMASTERとは別物と考えるのが賢明でしょう」


 他方で動揺する様子を見せなかった真と総次は涼しい表情でそう言ったが、事の重大さは彼らも理解していた。


「彼らには本部に戻ってもらうわ。詳細を知りたいところだし」


 そこで薫は微かに険しい表情になってそう言った。


「皆、これからしばらくの間、情報面で不便になることは確実よ。警察へのデータバンクのリンクも危険と判断し、情報のやり取りも個人使用の携帯電話に限定するので、それを承知の上でこれからの任務に専念してもらうわ」


 麗華の命令に、総次達は一斉に敬礼して応えた。だがこれより2週間の間、総次達は情報のやり取りが封じ込められたという事態が、予想以上に危機を真似ていることをまだ知らなかった。

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