第2話 人選

「総次の奴も、夏美ちゃん達との特訓を頑張ってるな」

「そうですね。ですが昨日入ったあの情報、人事の方が気になりますね」


 翔の言葉に賛同しながら別の話題の方で首を傾げながらつぶやいたのは哀那だった。総次が夏美と話し合っていたのと同時刻、食堂で談話していた陽炎の話題は、総次の近況から、昨日入った北区の情報施設敵襲への迎撃任務の件に入った。


 北区を始め、今年に入ってから、渡真利警視長の指示で、二十三区を中心に情報収集能力の強化の為に急ピッチで情報収集と管理を行う施設の建設を始めていたのだ。


 しかし、あまりに急な話であったことから、鳳城院・椎名両グループの力でも、情報収集力の高さはともかく、僅か四ヶ月弱でセキュリティまで万全を尽くせる状態ではなかったので、その点の脆弱さが問題となっていた。そんな折に、捕虜の情報で、かつて椎名グループが使用していた北区にある工業地帯を再利用した情報施設の存在を敵に知られてしまい、それに対する防衛任務を行うことになったのだ。


「結果は上々だが、それでもこれからどうなるかは分からんな」

「だからですかね? 今回は三つの本部所属の実働部隊させるってのは」

「一番隊の鳴沢さんと、二番隊の剛野さん辺りが任命される可能性が高いと言われてるけど、あと一人が誰になるかって言うのがね どう思う? 麗美」

「そうね。あの二人以外に誰が当てられるのかな? 人選的に拠点制圧任務の時みたいな感じに思えるけど……」


 そう尋ねた麗美も例の報告書に目を通していたが、他の面々と同様、その三人目が誰になるのかという点が気になっていた。


「渡真利警視長曰く、もし沖田総次が闘気を使える状態なら、間違いなく任務に当てたって言ってたからな。それとは別のアプローチでメンバーを選ばなければならないって、麗華達も頭を抱えてるよ」


 翔はそう言いながらコーヒーを飲みほした。


「それに、例え総次君が前線に出れる状態だったとしても、局長達は二つの理由から人選を考えたらしいですよ」


 清輝もまた、手元のコーラを飲みほしながら話に割って入った。


「二つの理由って?」


 それに最初に食いついたのは麗美だった。


「一つは総次君の力は確かに強大ですが、だからと言って総次君一人に大きな負担を負わすことは出来ないということです」

「どんなに大きな力を持っていたとしても、人間である以上限界は当然にある、ということですね?」


 納得した様子で哀那は言った。


「もう一つは、総次君一人に大半の戦闘任務を任せると、他の部隊が出撃することが少なくなって、実戦を積む機会が巡ってこなくなるというんです」

「第一、第二遊撃部隊は確かに強大な力を持ち、更に局長や副長の権限を通り越して自らの意思で任務へ参加することが許されている。これからの新戦組の切り札と言える部隊だ。おいそれと使って失えば、俺達にとって深刻なダメージになる」

「じゃあ、それ以外の部隊を選ぶのも頷けますね」


 清輝は翔の言葉に頷いた。


「そう考えると、今回の任務、第二遊撃部隊の出動もないだろうな」

「じゃあ、やっぱり攻撃力のある修一さんか勝枝さん辺りが出ると……?」


 翔に確認を取るように尋ねる哀那。


「それもあるな、だがこれからの状況によっては俺達陽炎からも人員が割かれる可能性も高い。いつ命令を下されても言いように準備を進めるのが得策だ。お前らも覚悟しておけよ」

「「「了解」」」


 翔のその言葉に敬礼する三人。それと同じタイミングで遅い夕食を取りに来た勝枝が入ってきた。


「おやおや、陽炎の皆さんお揃いで」

「勝枝か、今日も随分と重労働だったようだな」

「渡真利警視長がやったMASTERへの全面攻撃宣言から、各隊の組長の部隊編成の再確認やら訓練やらで、ここ最近は休む暇がないんだ。練度と実戦経験が豊富である程度その時間が短縮されている遊撃部隊が羨ましいよ」


 そう愚痴りながら勝枝は翔の隣の席に座った。


「ところで勝枝さん、今度の任務、誰が参加すると思いますか?」

「どうしたんだ? 急に」


 突然の麗美の質問にやや苦笑いした勝枝、すると清輝がその理由を説明した。


「そっか、だがその議論はそろそろ必要なくなるだろうね」

「ってことは、参加者が決まったのか?」


 やや興味津々な態度で翔は尋ねた。


「ああ。そしてアタシが、その伝令を任されたのさ」


 そう言いながら、勝枝は先程自販機で買ってきたブラックコーヒーを一口飲み、話を続けた。


「今回出るのは、佐助率いる一番隊と、助六が率いる二番隊。そして……」

「「そして?」」


 勝枝の次の言葉が気になり、麗美と清輝はやや身を乗り出して尋ねた。


「……鋭子率いる三番隊だ」

「「鋭子さんが……?」」


 やや意外そうな表情になった麗美と哀那。


「鋭子……そう言うことか」

「なるほどですね」


 その二人と反対に、翔と清輝は何かを悟ったような表情でつぶやいた。


「元々鋭子が率いる部隊は、俺達陽炎を含めたいくつかの特殊部隊が成立する直前までそれに準ずる職務を負っていた部隊だ。今年に入ってからの組織再編と戦局の変化で、特殊部隊の面々も実戦要員と言う形で三番隊に組み込まれたんだったな」

「かくいう俺達も、元々鋭子さんが率いていた部隊の隊員でしたからね」

「そう、今回の任務は防衛任務ではあるが、これまでと違い、本部にも繋がる情報管理を行っている拠点だ。セキュリティはしっかりしてるにしても、抜き取られたり細工されたりって事態は避けたい」

「鋭子さんも、今回はプレッシャーを感じてるみたいですね」


 翔と清輝は懐かしそうな表情で語った。これまで潜入任務がメインだった彼女が、そう言った類の任務に就くのは、余程大規模な戦いでない限りなったからだ。


「麗美ちゃん達は陽炎がそうだったことは知ってるよね?」

「ええ。リーダーからその件は」

「あたし達の暗殺に関する連携も、確か鋭子さんが提案したものを下地にしてると聞いたことがありますが、それでも少し以外と言うか何と言うか……」

「そう思うのは無理ないな。最も、それをもっと高い完成度で昇華させたのはお前達陽炎だからな」


 勝枝はそう言いながら麗美と哀那の背後に回って彼女達の方をポンと叩いて激励した。


「そいつは有り難いが、この一年は鳴かず飛ばずなのは情けない限りだ」


 一方でリーダーの翔は自嘲気味だった。昨年と今年の蒼炎の闘気の使い手との戦い、更に沖田総一との戦いにおいて彼らは連携を活かしきれていなかったからだ。それを自覚していた他の三名もやや暗い表情で俯いた。


「相手が悪かった、ってのも慰めにはならなそうだな」

「情けない限りだ。倒せないまでも、一矢報いる程度も出来ねぇと来た」

「総次が提案した個人の能力強化案が定められて一年近く、その成果もある程度出てきてるし、陽炎や各部隊の連携も強化されている。だが状況や相手次第で、それがいつまで続くか不安ってことか?」


 勝枝の意見に対し、翔は無言で頷いた。


「遊撃部隊ばかりに重荷を背負わせねぇよ。俺達もこれまで以上に力を尽くしてあいつらと戦わねぇ駄目なんだ」


 翔の決意と責任感に満ちた言葉に、他の陽炎の面々は無言で、しかし翔と同様の表情で頷いた。


「だから、陽炎からも人員を割くことになるわ」

「ほぉ。それで誰を派遣することになるんだ?」


 興味あり気に翔は勝枝に尋ねた。


「哀那と清輝だ。清輝は特訓の成果が出て成長してるし、哀那とは麗美と並んで連携が取りやすいって薫が判断したからね」

「相手が不明な以上、妥当な判断課は分からないということですか?」


 勝枝の言葉から浮かんだ疑問を哀那はぶつけた。


「あんた達が四人でない時の連携をある程度積ませる為と言うのもあるわ」

「そういうことか……」


 勝枝の説明を聞いた清輝は納得したような表情になった。


「それで、いつ出撃するんだ?」

「明日だ」

「ならお前らも、気を引き締めろよ」

「「了解です!」」


 翔の言葉に対し、哀那と清輝は整然とした態度でそう言った。



⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶


 同時刻、警視庁・大師討ちの司令室には、新たに二人の警察キャリアが配属されていた。


白金龍彦しろかねたつひこ警部、只今到着いたしましたっ‼」

「同じく、黒谷光利くろがねみつとし警部、到着いたしました」


 そう言って二人の青年キャリアは渡真利に敬礼した。二人共、年齢は三十二歳だった。


「ご苦労」


 司令席から起立し、渡真利は敬礼した。


「君達のことは知っている。それぞれ、聖翼の命日で親族や恋人を失っているようだな」

「俺は婚約者を失いました。あの時の襲撃で……‼」

「私も、あの時の襲撃で身内を失いました」


 白金も黒谷はそれぞれ、身内を失った被害者であり、長年大師討ちへの所属を志望していた面々だった。

 渡真利と違い、階級の関係で彼らは大師討ちへの所属は許されたが、各地の地方を転々とし、東京への所属には、七年の月日を要した。これもまた、権蔵が彼らのような被害者達をできる限り遠ざける必要があると判断したからである。


「君達としては、やはり本部での戦いを望んでいるのだな」

「無論です。この手で連中を叩かなければ、再び多くの犠牲が出る。俺達はそれを止める為に、ここまで来ました」

「私も、この東京で力を全てだし、MASTERの殲滅をに力を出します」


 力強く答えた白金と黒谷に、渡真利は深々と頷いた。


「分かった。この戦いにおける君達の意気込み、存分に生かしてくれ」

「「了解っ‼」」


 そう言って二人は敬礼し、渡真利への忠誠を誓った。

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