第9話 情報は武力に勝る

「相良検事総長が……」


 その日の午後、麗華は局長室でワイドショーを見ていた。報道されているのは法務省の重要官僚達の過去の悪行についてである。


「全く、検事総長も随分とふざけたことをやってたもんだぜ……」


 スマートフォンでネットニュースを見ていた佐助も呆れ気味だった。


「報告では、マスメディアに証拠を流したのと同じタイミングで、相良検事総長達に幸村翼がファックスを送り付けたみたいね」


 壁にもたれ掛かっている真が静かに薫に尋ねる。


「SNSを見る限りじゃあ、今更正義の味方部って何してるっていう意見が多い。が同時に、そんな汚職を働いてる連中が多く、それを検挙することが出来ねぇ警察や検察への不信感も、一層強まってるな」


 佐助はネットニュースからつぶやきを発信するSNSを閲覧していた。


「こうなれば、地検特捜部も動かざるを得なくなるでごわすな」

「単にテロリストの戯言と切って捨てることも出来るが、ここまで大量の情報がいっぺんに送られた上に、その中には以前からマークしていた官僚のデータまで入ってたとなれば、不服でも動くしかねぇだろうな」


 その隣でワイドショーを見ていた助六と佐助も、険しい表情で言った。


「それに刑事事件に関しては、被害者遺族からの警察への懇願もあったらしいわ。現場の警察官としてはテロリストの情報を無視したいでしょうけど、それで被害者遺族達が警察を見限り、MASTER側についてしまう可能性もあるからと言うことで、渋々受けなければならない状況になってるみたいよ」


 二人に続く形で、薫がそう補足した。


「で、僕らはこれからどうするんだ? 分かってる敵拠点を叩こうにも、この状態では動きようがない。 何しろ連中は武力を行使した訳ではないからね」

「その上ネットの一部では、彼らの行動に賛同する者達も出てきてる。無暗に武力を行使しない部分が評価されておるのでごわそうな」


 真の言葉に、助六が続けて麗華と薫に質問を投げかけた。


「……あなた達の言う通り、今の私達は迂闊に動くことは出来ない。大師討ちと警備局長の判断を仰ぎましょう」


 苦渋の表情を見せながらも、麗華は平静さを見せながらそう言った。


「大丈夫なのか? お前だって、最近の大師討ちの有様を知ってるだろ?」


 一方の佐助は、現在の横暴ともいえる大師討ちのやり方を麗華達にぶつけた。


「当然、それを手引きしたのが渡真利警視長であることも知っている。だからと言って、彼らとの連携を疎かにすればMASTERの行動を止めるのは困難になるわ」


 薫はそう言ったが、麗華と同様にその表情は曇っていた。。


「佐助の言いたいことは僕も分かるけど、今は麗華達の判断がベターだと思うよ」


 佐助の気持ちを理解しながらも、麗華と薫の判断に対して山道の意を示した真だったが、その表情はその二人と同様、複雑なものが浮かんでいた。



⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶


同じ頃、瞑想を終えた総次は、花咲姉妹と共にフリールームを訪れていた。


「あっ、総次君っ! こっちこっち!」


そこで三人は先に休憩を取っていた陽炎一行と鉢合わせし、麗美が総次達を自分達の席に招いた。


「今日の瞑想は終わりか? 沖田」

「ええ。一応は」


翔の言葉に、総次は相変わらずの無愛想な表情で言葉を返した。


「それで翔さん。腕の怪我は……」

「傷はもう塞がったが、大事を取ってもうしばらく前線には出るなって未菜ちゃんに言われたよ。その間の陽炎の三人のことは聞いてるよな?」


 冬美の質問に応えつつ、翔は夏美に話を振った。


「麗美と哀那はそれぞれあたしと冬美の部隊に、清輝さんは他の部隊に任務に応じて参加ってことになったんですよね?」

「そうだ。こいつらは個人の能力も高いし、この一年で他の部隊との連携も取れているから心配無用だ。それに、麗美と哀那は、七番隊と八番隊と合同で任務になるしな」

「はい。麗美、哀那、清輝さん。しばらくの間ですけど、よろしくお願いするわ」

「こちらこそ、よろしくね」

「勿論よっ! 夏美、冬美」

「俺も力を尽くすよっ!」


 冬美の感謝を聞いた三人は笑顔でそう返した。


「それより総次君、あれはどう見てるんだ?」


 すると清輝は総次に対してフリールームの天井から吊るされているテレビ画面に映し出された相良検事総長を始めとする法務省官僚の不祥事に関するニュースを指さした。


「幸村翼の仕業らしいが、これも奴の正義感故って感じか?」


 清輝は総次にそう質問したが、総次には既にその答えが見えていた。


「間違いなくですね。そしてこれが、翼達の本来のやり方でしょう」


 清輝の質問へ、総次はそう答え、一同は納得した。


「それに奴はそのファックスに、妙な表現を使ってたんだ」

「妙な表現?」


 次の翔の言葉に対して総次はやや首を傾げた。


「相良達のことを、体制の汚染者って書いてたんだよ」

「それが、妙なんですか?」

「奴が何をしたいのかが分からねぇんだよ。あの言葉だって、テロリストにしてはなんかおかしいっつーか……」

「彼らが本気で今の日本を壊そうとしてるのかが分からないということよ。彼らの情報収集能力と武力を考えれば、力づくで国を奪おうって思うのが普通。それをせずにこんな回りくどいことをしてるのが引っ掛かるのよ」


 翔の言葉に続けて哀那が補足した。


「翼は体制の破壊を目論んではいない、ということですね」

「根拠は?」


 尋ねる翔に、総次は長椅子の端に座って答えた。


「一つは、皆さんが仰るように、翼のやり方です。それはこれまでの行動から説明の必要ないでしょう」

「第二は?」

「昨年、青梅で僕と戦った時に言ってたんです。自分には自分の戦う理由があると。当時の大師のやり方には、幾度となく反対していたということをです」

「その思いが本気だから、出来る限り武力行使を避けてるってこと?」


 清輝は総次に確認の為に尋ねた。


「あいつは正義感の塊です。青梅の時の言葉が本当なら、暴力革命を忌避していると見ていいいでしょう」

「つまり、前の大師と同じようなやり方をしないと言いたいのね? 総次君」


 冬美は総次の左隣の席に着きながら尋ねた。


「当面の間は、武力ではなく、この手のやり方で徐々にこちらを不利にしていくのを戦略の軸にするでしょう。同時に、自分達の行為への大義名分も得ることが出来ます」

「まあ、アリーナの蒼炎の時も、民間人に犠牲者が出ないように、いろいろ手をまわしてたみたいだしね」


 総次の説明を聞いた清輝が軽く身を乗り出して尋ねた。


「あいつにとっても、かなりの賭けだったと思います」

「あの行動だけでも、幸村翼の一連の行動への仮説ってことになるな」


 そこまで聞いた翔は、缶コーヒーを一口飲みながらそう結論付けた。


「今後は情報面で、こちらの隙を無くしていくのが必要だが、その辺りは副長さんや麗華達が対策を立ててる。それに大師討ちや警備局長殿もな」


 翔はどこか楽観的な態度でそう言った。だがその直後、総次の表情がより一層暗くなった。


「……正直、大師討ちも、あまり信用なりません……」

「どうして?」


 突然の総次の予想外とも言える言葉に、麗美は首を傾げながら尋ねた。


「渡真利警視長に賛同する派閥の大師討ちが、単にMASTER構成員の知り合いだったり、縁を切った家族を無理やり連れだして拷問にかけたらしいのです」

「お前の耳にも入ってたのか……」


 清輝はそう言いつつ面を総次から反らし、いささか戸惑った表情になった。


「構成員相手にならともかく、関係がないと分かっても尚暴行に及んだ彼らとの連携を、新戦組が取れるか不安で……」

「それは本当なの?」


 驚いた様子でそう言った麗美に、今度は夏美が不愉快と言わんばかりの表情で答えた。


「しかも渡真利警視長はそれを黙殺しようとしてたんです。渡真利派以外の大師討ちメンバーが密告しなければ、永遠に分からなかったでしょう」

「構成員でもない人間へ拷問を黙認してたのは大問題ね」


 哀那は静かに懸念の意を示した。


「隊員達の間にも大師討ちへの疑念が生まれています。そんな状態では、敵に対して攻め込む隙を生み出すことになりかねません」

「だが奴らとの協力関係を解消する訳にもいかない。当分は様子を見るしかねぇな」


 翔は総次の意見に対してある程度の賛同を示しつつも、現状を鑑みて冷静にそう言った。


「しばらくはMASTERに対し、先手を取れる条件を整えることに専念するべきでしょう。局長も上原さんもその辺りを考えての行動を起こしていると思いますし」

「さしあたって俺達は、今出来ることをやるのみだ」


 その言葉を聞いた総次以外の面々は同時に頷いた。

 

「僕自身も、闘気をもう一度使えるようになる為に出来ることをやります。今のままでは、戦場では役に立ちません」


 総次もまた、己の課題を克服戦と決意を新たにした。


「だったら、俺達にも出来ることがあるよな?」


 そう言いながらフリールームに現れたのは、部隊の訓練を終えた佐助と助六だった。


「鳴沢さん、剛野さん……」

「総次殿は、それがしと同様に総合格闘技を使うと聞く。もし刀が使えない状態での戦闘力を高めたいというのであれば、その方面でも協力するでごわす」

「俺も助六も、お前が闘気を取り戻したいって言う気持ちに応えてぇんだ。お前が闘気に対する恐怖心を少しでも和らげることが出来ればってな」

「……ありがとうございます。時間があるときは僕の方からお声がけをします」


 総次は席を立って二人に深々とお辞儀をしながらそう言った。


「……良かったね。総ちゃん」


 夏美はそんな総次を微笑ましそうに見つめてそうつぶやいた。

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